二七話 名物料理
――二年前にルピィさんと食べた、兎の肉の味を思い出していた。
普通の兎の肉は鶏肉のような食感なのだが、その肉は砂を混ぜ込んだようにジャリジャリとして不快感を覚える食感だった事を覚えている……。
味の方も本来の淡泊な味とは異なり、ひと噛みごとに吐き気を催すような味わいで、僅かにしか口に入れなかったが、その後――三日三晩、僕とルピィさんは寝込むことになった。
……僕が治癒術を使えなければ、命に関わる状態だったことだろう。
快復した僕とルピィさんは、顔を見合わせて、今後は焦らずにゆっくりと前に進んでいこう、とお互いに誓ったのだ。
ルピィさんの顔色はまだ悪かったが、その顔がとても愉しそうだったのが印象的だった――
「…………アイス、聞いているのか?」
フェニィがぶすっとした様子で僕に問い掛ける。
僕が考え事に没頭していたせいで、フェニィはむくれているようだ。
「ごめん、ちょっと考え事をしてたんだ。これから合流する仲間の話だったね。……うーん、苦手なことがないくらい、器用で何でも出来る人だよ。料理も上手だし」
あの日食べたトラウマになりかねない兎の肉の味を思い出して、僕はいても立ってもいられない気持ちになる。
このままでは駄目だ、思い出を塗り替えよう……!
「そういえばフェニィ、お腹空いてないかな? コベットで名物料理を食べ損ねたからさ、僕がここで作ってみようか? 兎料理なんだけど、今はなんだか美味しい兎料理が食べたい気分なんだ」
「……食べる」
フェニィはコベットの名物料理に心惹かれたのか、少し機嫌を持ち直してくれたようだ。
――美味しい兎料理が食べたいのもあったが、僕にはもう一つ目的がある。
コベットで買った〔新品の鍋〕を使ってみたかったのだ。
旅では、荷物になるので、基本的に持ち運んでいる調理道具は少ない。
焼く、茹でる、蒸す、あらゆる料理に使える〔鍋〕だけを携行するのが一般的だ。
そして僕がコベットで有り金をはたいて買った鍋は、生産系の加護持ちが作成したという〔焦げない鍋〕なのだ。
これを買わずにはいられようか。
油を引かずとも炒め物が出来るという、夢のような鍋だ。
この手の商品には粗悪品が多いが、魔力が視える僕には、この鍋を薄く覆った綺麗な魔力が視えていた。これは間違いなく「買い」の逸品だ。
調味料、食材、その他を買って、余っていたお金を全てつぎ込んでしまったが、後悔は毛ほどもない。
鍋の性能を考えれば破格の逸品のはずだからだ。
今回の料理は、フェニィに美味しい料理を食べてもらう事も大きな目的の一つなので、怪しい魔獣肉を使うわけにはいかない。
肉は無難にコベットの肉屋で購入した兎肉を使用する。
野菜は幸運なことに無料で譲り受けた野菜を使う。専門店の食材に外れ無しだ。
まずは卵白を使って、ふんわりと焼き上げた卵焼きだ。
炒めた挽肉も混ぜ込んであるので、染みだした肉汁が味わい深い一品である。
それからメインであるコベット名物の〔煮込み料理〕。
玉ねぎ、人参、兎肉をバターで炒めてから水を加えて火にかける。
煮立ったらクリーム、卵黄を投入し、調味料で味を整えてから更に煮込んで完成だ。
小麦や米もコベットで購入しているが、焼くのも炊くのも時間がかかるので、今回はコベットのパン屋で買ったパンで主食は良しとする。
――明日の朝食にも食べられるように多目に作った料理だったが、フェニィは一心不乱に驚異的な速度で食べていく。
釣られて、僕も負けじと急いで食べてしまったのもあって、またたく間に二人で全ての料理を平らげてしまった。
食事を終えた後、フェニィはもう見るからにご満悦といった様子だった。
「……また、作ってくれ」
「うん、もちろん。でも、僕が作るものだけじゃなくても、色々な街で色々なものを食べるのも楽しいよ」
僕の料理を気に入ってくれたのは嬉しいが、フェニィには色々な経験をしてほしかったので、僕はそのように提案する。
「……ああ。コベットにも、また来てみよう」
…………フェニィが起こした事件のほとぼりが冷めたらね、という言葉を――僕は辛うじて飲み込んだ。




