五四話 遠い闘技場
そして迎えた闘技大会当日。
闘技場を中心に露店が立ち並び、港街の空気はお祭り一色となっている。
この港街は交易と漁業が主要産業の街だが、魔獣闘技大会の時期だけは違う。
二十年前から開催されている闘技大会。
この大会には他大陸からも参加者や見物客が訪れることから、港街は一転して観光の街となるのだ。
普段は港街で漁師をしているおじさんも、この時期に限っては露店の店主だ。
「ほらよ、タコの唐揚げだ」
僕はおじさんにお礼を言いつつ、タコの唐揚げが入った紙皿を受け取る。
当然、最近は甘やかし放題のマカにも「ささっ、どうぞ」と紙皿を一つ渡す。
マカは僕の肩の上で「ごくろうニャ」とばかりに一声鳴いて受け取った。
宿を出てから頻繁に買い食いをしているにも関わらず、マカの食欲は一向に衰えるところを知らない。
マカばかりではない、食いしん坊たちは露店を全店制覇するまで闘技場に向かうつもりが無いように感じられる。
フェニィなどは〔焼きサンマ串〕なるサンマを丸ごと串刺しにした串を食べながらご満悦な様子だ。
手軽に食べられるという串物のメリットを全否定するような串だが、見るからに食べ応えのあるビジュアルがフェニィの心を捕らえたようだ。
そこで、レットから皆へ注意の声が飛ぶ。
「おい、そろそろ行かないと間に合わないぞ?」
レットの言葉は正しい。
寄り道前提で早めに宿を発った僕たちだが、数歩歩くごとに立ち止まっているので全く進んでいないのだ。
しかし、どれだけレットが正しくとも常にその言葉が認められるわけではない。
理屈よりも感情を優先してしまう人間は確かに存在するのだ。
「何を言っているレット=ガータス。遅刻しないように早めに出発したことを忘れたのか?」
偉そうな顔で計画的に行動していることを主張するのはアイファだ。
片手にフランクフルト、片手に綿菓子を持っている姿からは、アイファが目に付いた物を片っ端から購入していったことは明らかだろう。
しかも手で持ち切れないのか、首からチュロスをぶら下げているという有様だ。
食べ合わせが全く考慮されていない組み合わせといい、無計画の極みのような姿である。
「いや、レットの言う通りだよ。もうすぐ予選の時間だから続きは予選が終わってからにしよう」
この無計画ガールに計画性を強弁されているレットが気の毒なので、すかさず親友の意見に助勢しておく。
アイファは〔早めに出発したから問題無い〕という謎理論を盲信しているが、相手がそれに合わせて『じゃあ問題無いですね』などと言ってくれるわけがない。
大会参加の申し込み自体は前日までに済ませてあるが、ここで予選に遅刻してしまっては意味がないのだ。
僕が宥めすかしながら食いしん坊たちを説得していると――無邪気にリンゴ飴を齧っていたウルちゃんにトラブルが発生する。
「――獣人が道の真ん中に突っ立ってんじゃねぇよ!」
ウルちゃんは通行を妨げる場所に立っていたわけではないが、この男はわざとウルちゃんへ肩をぶつけるように歩いてきた。
実のところ、この手のトラブルに遭遇するのは初めてではない。
ここ数日間ウルちゃんを連れて歩く機会が多かったが、今回の男のようにウルちゃんを『獣人』と呼んで敵意を向ける人間は少なからず存在していた。
この人国において、ウルちゃんへのネガティブな反応は二種類ある。
『奴隷』と蔑む人間か、『獣人』と敵視する人間かの二種類だ。
ウルちゃんを敵視する人間が存在する背景には、隣の獣国との戦争が長期化していることが要因にあるのだろう。
露骨に敵意を剥き出しにする人間は少数派にしても、人国では獣型神持ちに良い感情を持っていない者が大半を占めていることが現状だ。
だが、差別の背景は理解していても、僕たちが納得など出来るはずがない。
女性陣が動いてしまうと凄惨な未来が待っているので、最近ではウルちゃん関係についてはパーティーの穏健派に対応を一任している。
「――――消えろ」
レットの低い声が、ウルちゃんに絡んでいた男の動きを止めた。
普段は礼儀正しい男ではあるが、子供を虐めるような輩に普段の優しさはない。
「っ……! な、なんだよ、獣人に肩入れしてんじゃねぇよ……」
見るからに強者の気配があるレットに睨みつけられたせいか、男は弱々しい捨て台詞を残して立ち去った。
あの男はレットを危険な相手だと認識したようだが、それでも間違いなくこの親友は穏健派だ。
ルピィなどは逃げる男の背中を薄ら笑いで見送っているが……執念深いルピィなら今夜にでも闇討ちしたとしてもおかしくない。
「あ、ありがとうございました」
ウルちゃんがレットにお礼を伝えると、照れ屋な親友は「いや……」と謙遜するように首を振っている。
どうやら男に偉そうな態度を取ったところを見られたのが恥ずかしいようだ。
ここ数日の専属ボディーガードの影響もあってか、ウルちゃんのレットへの警戒心が薄れているようなのが喜ばしい。
きっとライオンに跨っていた過去も許されたのだろう……うむ、良かった!
しかし猫耳が生えているだけで差別対象になるとは本当に理解できない。
フードや帽子を被って猫耳を隠すことも考えたのだが、ピンと立った自己主張の激しい猫耳は隠しづらいので断念している。
そしてなにより、ウルちゃんは何も悪い事をしていないのだから逃げ隠れさせたくないという思いがあるのだ。……僕の我儘で面倒事を増やしている感があるので心苦しいのだが。
「よし、それじゃあ闘技場に向かおうか」
こうなれば一刻も早く改革を進めるしかない。
まずはサクッと優勝して、国王に奴隷制度の是正について直談判だ。
大会参加者のレベルが読めないのだが、僕とマカの仲良しコンビなら早々遅れを取ることもないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、五五話〔混迷の大会予選〕




