五三話 厚遇される仔猫
僕は国王との接触方法に頭を悩ませていた。
そんな悩める僕に、ルピィが不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「ふふっ、国王と直接話す機会なら作れるよ? 街で面白い噂を聞いたからね」
ルピィとはずっと一緒に行動していたのだが、ご多分に漏れず地獄耳を活かして噂話を拾い集めていたようだ。
しかし……ルピィは中々続きを話そうとしない。
こうして本題を勿体つけているということは、おそらくルピィは僕の反応に期待しているのだろう。
うむ、期待されれば応えずばなるまい。
「さすがはルピィだね! 全員が商会に掛かりきりになっている時にも情報収集を怠らない。いやぁ……いつもルピィには頭が下がるばかりだなぁ」
ここで僕がすべき行動は、もちろんヨイショだ。
煽てられれば煽てられるほどに口が軽くなるルピィなのだから、褒めて持ち上げる以外の選択肢はない。
お望みとあらば、天井を突き抜けるほどに持ち上げてみせよう……!
「ふふん、これくらい当然のコトだよ。ボクは頼りになる正義の味方だからね!」
ルピィの恐ろしいところは、これを本気で言っているところにある。
常日頃から正義の味方を公言しているが、その言動は正義とは程遠いところにあることを仲間全員が知っている。
今日も今日とて、首ポロリ店主の懐からスルっと財布を抜き取っていたのだ。
金銭を着服するつもりなのかと思いきや、実際の行動はもっと酷い。
ルピィは切持ちの男を捕縛する際――財布を男の懐にインしていたのだ!
この行為によって、『らっしゃいらっしゃい、今なら殺人のところを強盗殺人にサービスしとくよ!』という、とんだオマケを付けるというわけである。
果たしてどこの世界にこんな正義の味方が存在すると言うのか?
平然と冤罪を補強しておいて正義を名乗るとは大した厚顔ぶりだ。
もしも人国の司法機関が男を処刑してしまったらどうするつもりなのだろう?
そんな事になったら、僕は…………墓前に花を供えることしかできない!
「それで、正義の味方で頼りになるルピィ先生。国王に近付くにはどうしたらいいのでしょうか?」
「ふふ〜ん、優しくて心の広いボクが教えてあげようじゃないの。――そう、三日後に開催される〔魔獣闘技大会〕に参加すればいいんだよ!」
陰口を叩かれただけで半殺しにするほど心の広いルピィ曰く――人国では毎年〔魔獣闘技大会〕なるものが開催されており、その優勝者は国王から直々に褒美の言葉が貰えるらしい。
つまり、大会で優勝すれば公然と国王に接触出来るというわけだ。
その場の警備が厳重であったとしても、直接会話が出来るチャンスを得られることは大きい。
問題は、これはただの闘技大会ではなく魔獣闘技大会という点だ。
予選を経てトーナメント形式で勝ち上がっていくところは僕の知っている大会と同じだが、魔獣とペアで参加することが前提となっているのがネックだ。
むしろペアでの参加が前提というよりは、大会の名称が表している通り、人間の方は添え物で魔獣の闘いをメインにした大会であるようだ。
人間は魔獣使いという立ち位置だが、実際には魔獣を敵にけしかけるだけという微妙な役割らしい。
この背景には、魔大陸の魔獣事情も関係しているのだろう。
魔大陸の魔獣は、僕たちの大陸の魔獣よりも段違いに手強い。
さすがに神獣と比べると比較対象にすらならないが、人間が一対一で闘って勝つことは難しいとされている。
環境による違いなのか〔神〕がなんらかの手を加えたのかは分からないが、魔大陸で魔獣と闘うとなると複数人で一匹を相手にすることが基本らしい。
だからこそ、ペアでの参加という名目でありながらも実質魔獣だけが闘うことになっているのだろう。
しかし……魔獣とペアでの参加か。
普通の闘技大会なら僕一人で参加するつもりだったが、こうなってしまうと力を借りる必要がある。
自然、全員の視線が一点に集中する。
その視線の先には――ちょこんと畳に座り込み、器用にフォークでキスの天ぷらを食べているニャンコ。
そう、神獣のマカである。
魔獣だけでなく神獣でも参加資格があるらしいので、戦闘向きの神持ちであるマカなら適任だろう。
マカを危険なことに巻き込むのは本意ではないが、この仔猫は常日頃から戦闘訓練を受けているニャンコだ。
並大抵の魔獣や神獣では、このスーパーニャンコの相手になるとは思えない。
しかも僕も一緒に参加するつもりなので、尚更マカに危険な要素はないだろう。
「マカ、ちょっといいかな?」
僕が呼び掛けると、マカはこちらに向き直ることもなくフォークを置いた。
そして、座り込んだ体勢を崩し――――後ろ足で頭を掻いている!
このわざとらしい態度……!?
話を聞いていたのに聞こえていないようなポーズを取っているのは間違いない。
そしてマカの態度が意味するところは明確だ。
「頼み事があるなら、それなりの態度ってものがあるニャ?」というわけだ……!
このニャンコ、明らかにルピィの悪影響を受けている。
先ほど僕はルピィに下手に出て頼み込んでいたが、マカもルピィに倣って勿体つけているのだろう。
「畜生……」
セレンが苛立ちと殺意を込めた呟きを漏らしているが、マカは涼しい顔で「頭の後ろが痒いニャン」などと、わざとらしく頭を掻いているままだ。
これほど堂々とセレンを挑発出来るのは逆に感心するものがある。
何度もセレンによって生命の危機に陥っているにも関わらず、頑なにスタンスを曲げないこの姿勢。
ならば、僕もその意思に応えねばなるまい。
「マカさん……いやさ、マカ先生! ひとつお願いしたい事柄があるのですが……」
仔猫の期待通りにへりくだって近付いていくと、マカは初めて僕に気が付いたかのように「にゃぁ」と顔を向けてくれる。
明らかに僕のアクションを待っていたくせに、この小生意気な態度。
優位な立場に立つと調子に乗るところは、悪影響元のルピィによく似ている。
「三日後に闘技大会が開催されるそうなので、ここでマカ先生のお力を見せて頂きたいと思いまして……ええ、もちろん僕も一緒に参加しますとも!」
もちろん僕は『このニャンコめ……』という感情を表に出したりはしない。
相手の意を汲んで下手に出ることなど日常茶飯事である。
億劫そうに聞いていたマカは、首をくいっと傾けて「にゃ」と一声鳴く。
マカが首を向けた方向には――キスの天ぷらだ。
なるほど、そういうことか。
「おっと、これは気が付きませんでした。ささっ、どうぞマカ先生」
あーんと天ぷらを食べさせると、マカは満足そうな様子でかぶりついている。
よしよし、正解だったようだ。
まさか仔猫に顎で使われる日が訪れるとは思わなかったが、ご機嫌なマカのお世話をするのもこれはこれで悪くない。……ウルちゃんが羨ましそうにマカを見ているので悪影響が広がる懸念はあるが。
いや、ウルちゃんばかりか女性陣には一様に妬ましげな雰囲気がある。
誰しもチヤホヤされたい願望があるのだろう、その気持ちは僕にも分かる。
ルピィなどは『もっと勿体ぶっておけばよかった』と言いたげな悔しげな顔をしているくらいだ。
逆輸入のようなものなのか、今度はマカの行動がルピィに悪影響を及ぼしているらしい。……相乗効果で悪化していかないことを願うばかりだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、五四話〔遠い闘技場〕