五二話 次なる一手
「それでは作戦の成功を祝って――かんぱーい!」
僕の合図に応えて、仲間たちも一斉にグラスを天に掲げた。
宿の一室では料理が所狭しと並べられており、この場は完全にお祝いムードだ。
そう――これは作戦の成功を祝う祝勝会だ。
料理店ではなく宿での宴会となっているのは、僕たちがお尋ね者となっている可能性を危惧してのことだ。
警察の捜査が僕たちに及んでいる可能性はまだ低いはずだが、殺人事件に二度も関与してしまっているのだから目立たないに越したことはない。
それにウルちゃんのこともある。
あの商会ばかりか人国全体で奴隷は蔑まれている存在なので、ウルちゃんにとっては宿の個室の方が落ち着けるだろうという配慮もあるのだ。
「何が作戦の成功だよ……。何も成功してねぇだろうが」
しかしレットだけが否定的な言葉を投げ掛けてくる。
ウルちゃんを虐待していた三人の男たち。
その唾棄すべき男たちを二人成敗して、しかも一人には冤罪まで着せたという完璧な戦果だったのに、レットは何が不満だと言うのか。
「へっほはーはふ! はひを……」
「アイファ、口に物を入れたまま喋ったら駄目だよ」
口に食べ物を入れたままモゴモゴしていたアイファを叱責する。
どうやらレットに文句を言いたかったようなのだが、箸をレットに突きつけていることといいマナーが欠片も感じられない。
幼いウルちゃんに悪影響を与えるような真似は慎むべきである。
「それに焦ってはいけないよレット。ここは軍国じゃないんだから『俺は裁定神持ちだぞ!』と言っただけで全て解決するようなことは無いんだ」
「そんなこと言ったことねぇだろ!」
レットがすかさずツッコミを入れてくるが気にしない。
実際のところ、ここはアウェーとも言える場所なのだから焦りは禁物だ。
成り行きで中商会を一つ潰してしまったわけだが、まだ致命的な段階ではない。
「にぃさまはこれからどうされるおつもりですか? 国王を殺しに行きますか?」
おっと、セレンから過激な意見が出てきたのでウルちゃんが怯えている。
僕には発言の真意は分かっているが、まだ付き合いの浅いウルちゃんはセレンの言葉をそのまま受け止めてしまったのだろう。
この人国は独裁国家なので、僕たちの目標である奴隷制度の撤廃という目的を果たす為には国王と接触することは必要不可欠だ。
セレンの言う通り、国王を殺害するという手段は一つの手ではある。
だが、独裁者である王を排除したところで全てが解決するわけではない。
現国王が死亡したところで、同じ価値観を持った王族が代わりに国王になるだけであるし、人国に根付いている奴隷制度がすぐに消えてなくなるものでもない。
王族を根絶やしにしてしまうという手もあるのだが、無計画に政府を破壊してしまうだけでは人国が大混乱に陥ることになる。
やはり理想としては――現国王を説得して改心してもらうか、正常な倫理観を持つ人間に国王の座に就いてもらうかだ。
後者を実現しようとすると、現王族では絶望的だと思われるので新たにまともな人材を探してクーデター幇助をするという形になるだろう。
……個人的にはレオーゼさんに王となってもらうことが理想的なのだが、彼女は軍国で平和に暮らしているので国の紛争に巻き込むわけにはいかない。
とにかく、まずは国王と直接会ってみないことには始まらない。
もちろん国王が話の通じない人間であったしても、短絡的に殺害するような真似は論外だ。
セレンは『殺す』という解決策を提案しているが、勘違いしてはいけない。
僕の優しい妹は、乱暴な意見を真っ先に挙げることで、逆にこの議論を平和的な方向に誘導しようとしているのだ。
この手の会議では、会議終盤で出された意見の方が印象が強くなる傾向がある。
セレンはそれを狙って廃案にするべき過激な提案を序盤で口に出しているのだ。
それに議論が煮詰まった段階で『国王殺っちゃう?』と意見が出てきたら、幼いウルちゃんに『殺すのは仕方ないんだ……』と思わせることになる。
だが議論の最初に『殺!』という強い意見が出てくると気持ちが引いてしまうので、乱暴な意見に拒絶感が生まれるというわけだ。
ウルちゃんの成長の為に悪役を買って出るとは、相変わらず優しい妹である。
「セレンはいつも優しくて良い子だなぁ……うん、僕には全部分かってるよ」
長い付き合いなのに察しが悪いレットが「どこが優しいんだよ」などと反発的な呟きを漏らしているが、僕は誤解などしない。
しかし、いずれにせよ問題は残っている。
「でも、セレンの言う通り国王と会って話をするにしても、邪魔の入らない形で会うべきだね」
人国の王が〔王宮〕に居ることは分かっている。
しかし人国側の戦力が不透明である以上、王宮に直接侵入するような強行手段を選ぶわけにはいかない。
かつて帝王と会談を果たした際には強引に押し通ってしまったが、帝国とは戦争をしていた過去があったので戦力の見当がついていた。
だが別大陸の国ともなると、僕たちの大陸とは神持ちの種類からして違う。
相手の戦力も分からないのに無謀に突撃していくような真似は愚行だ。
それに、王宮には奴隷の神持ちが大勢いるらしいのだ。
彼らと戦闘になるような事態は避けなくてはならないので、国王との接触方法は慎重に吟味する必要性があるだろう。
しかし問題は、国王に会う方策だ。
中商会の店主なら会談まで持ち込むことは可能だが、相手は一国のトップだ。
帝王の時と状況は似ているが、相手は独裁者ということもあり会談の難易度は上がっていると言えるだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、五三話〔厚遇される仔猫〕




