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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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五十話 手慣れた凶悪犯

 店主自らに案内されて応接室に入った直後――僕は動く。

 部屋に全員が入室したのを見計らって、店主の口を塞いで身体を拘束していく。


「なにをっ……」


 僕が拘束している間に、ルピィが素早く部屋の鍵を掛けている。

 店主の僅かな叫び声が漏れ聞こえたのか、扉越しに店員が「どうかされましたか?」と声を届けてくるが慌てる必要は無い。


『何でもない。私が呼ぶまでは部屋に近付くな』


 その声は店主の声音そのものだが、もちろん店主本人の発言ではない。

 例によってルピィが得意の変声術で返事をしているのだ。


 店員は疑うこともなく「分かりました」と応えて、扉の前から去っていく。

 店主は口を塞いでいる布地越しに何かを喚いているようだが、もちろん遠ざかる足音を呼び止めることなど出来はしない。


 素性の怪しい人間と密室に入った時点で、店主の命運は尽きていたのだ。


 …………おや?

 気のせいか、僕らはタチの悪い強盗集団のような気がしないでもないぞ?


 いや、正義は我にありだ。

 悪党が相手なら多少強引な手段も許されるはずだ。

 僕が店主の口に布を噛ませて椅子へ座らせたところで、ルピィが冷えきった声を掛ける。


「喋れるようにしてあげるけど、大声を出したらダメだよ? ――分かったら頷きなさい」


 ルピィの声を聞いても、拘束されている店主は唸り声を上げるだけだ。

 中商会の店主ともなると、簡単に屈服することはプライドが許さないのかも知れないが、ルピィは相手の心を折るのが得意中の得意なので無駄な抵抗だ。


 ――サクッ。


 ルピィは無言でナイフをテーブルに突き立てた。

 気負いを全く感じさせない表情で、軽い挨拶をするかのような気軽さで――店主の小指を切り落としたのだ!


 な、なんだろう……普段以上に暴力を振るうことに躊躇(ためら)いがないぞ。

 顔には出していなかったが、ウルちゃんが虐待されていた事実に怒りが煮えたぎっていたのかも知れない。


 しかし、いくら憎い相手であってもこれでは乱暴過ぎる。

 幼女の情操教育的にも良くないので、良識人の僕がフォローしなくては。


「まぁまぁ、落ち着いてよルピィ。どれどれ…………よし、これで元通りです。安心してください店主さん、何度指が落ちたとしても何本でも……いえ、何十本でも繋いでみせますよ!」


 店主は布越しにくぐもった叫び声を上げていた。

 僕には店主の気持ちがよく分かる――そう、『指切りげんまんが出来ないじゃないか!』とショックを受けていたのだ。


 ルピィの尋問を邪魔することになっても、これを放って置くわけにはいかない。

 治癒士の一人としては目の前にいる患者の求めに応えるべきなのだ。

 指を繋ぐばかりか、笑顔で今後の保証までしてしまうという安心接続宣言だ。

 

 我ながら甘過ぎるのではないかと思うくらいだが、ウルちゃんに僕たちが悪人だと誤解されるわけにはいかないのだ。


 僕の慈愛精神に感銘を受けたのだろう、ルピィも笑顔で頷いている。

 店主も優しい心に触れて改心したのか、口から布を取り除いても呻き声一つ上げていない。


 しばらく放心したように言葉を失っていた店主。

 だが、突然――何かを思い出したようにまた喚き始めた。


「っ、そ、そうだ。ウル、貴様何をしているッ! さっさとこの連中を殺せ、この無能が!」


 あれよあれよと言う間に指を落とされて忘れていたようだが、少し冷静になって自分に護衛がいたことを思い出したらしい。


 しかしこの男……過去の悪行を悔い改めたかと思わせておいて、実際には全く反省していなかったようだ。

 口角泡を飛ばしながら幼女を怒鳴りつける姿は醜悪そのものだ。


 店主の恫喝(どうかつ)を受けたウルちゃんは身体を震わせている。

 だが、あえて僕たちはウルちゃんの反応を待った。


「…………い、いやです」

「なっ!?」


 ウルちゃんに拒絶されるとは思っていなかったのか、店主は怒りよりも愕然の表情を見せている。


 ウルちゃんが過去を引き摺ることがないように自分の意思で命令を拒絶してもらいたいと考えていたが、見事にウルちゃんは期待に応えてくれたようだ。

 将来的にわだかまりを残さない為にも、自分を虐げていた相手に拒絶の意思を示すという経験は重要だ。


 店主の驚きは激怒へと変わり――そして、震える手で懐から何かを取り出した。


「奴隷がッ、これが見えないのか!」


 それは、石で作られたカマボコ板のようなものだった。

 店主が玄関の表札にも見えるそれを取り出したのは、『私はエゲック商会のゲックなるぞ!』と突きつけてアピールする為ではない。


 これこそが首輪の対となる魔道具――〔操作板〕。

 この板から特定波長の魔力波を飛ばすことで首輪を締める仕組みだ。


 港でウルちゃんを苛めていた男は操作板を所持していなかったが、獣型神持ちを服従させる為には操作板をチラつかせるのが一般的な用途なのだろう。

 使用方法をこの目で確認しておきたかったので店主の行動を止めなかったが、事前に想定していたほどの魔道具ではないようだ。


 僕の見立てでは、この操作板の効果範囲は十メートルも無い。

 ウルちゃんからは、遠くに逃げると首輪が自動的に締まるという話を聞かされていたが、操作板にも首輪にもそのような機構は存在しない。

 他の大陸にでも逃げてしまえば機能しない魔道具となっていたはずなので、奴隷の逃亡を防ぐ為に脅し文句を言っていたのだろう。


 もっとも、ウルちゃんに首輪の機能を検証する余裕があるはずもない。

 ただの脅し文句だと見抜けないのも当然と言えば当然だ。


 そして今となっては、ウルちゃんを苦しめていた(かせ)は存在しない。

 もはや操作板は、ただの石板に過ぎない。


 この部屋でその事実に気が付いていないのは店主だけだ。

 店主はウルちゃんに脅しをかけようとしているのだろう、顔に玉の汗を浮かべながら操作板を作動させようと握り絞めている。

 実際、操作板は正常に作動して魔力波は飛んでいるのだが、肝心の首輪が存在しないのだから徒労という他ない。


「な、なぜだ、故障したのかっ!? いや、今朝使った時は使えたはずだ!」


『今朝使った』とは聞き捨てならない発言だ。

 ウルちゃんが虐待されていたことは分かっていたが、こんな非道な魔道具まで日常的に使っていたとは……胸が悪くなる話だ。


 店主には大商会への紹介状でも書いてもらおうかと考えていたが、この男の紹介を受けるという事実が我慢ならない。

 衝動的に視界から消してしまう前に、さっさと聞きたい情報だけ聞き出して退散した方が賢明だろう。


 だが、僕の考えは甘かった。

 理性的な僕ですら我慢の限界が近かったのだから、刹那的なフェニィに殺人衝動を抑えられるはずがなかったのだ。


 ――ひゅっ。


 ゴトン、と音を立てて店主の首がテーブルに転がった。

 最近の僕が『真っ二つにしたら駄目だよ?』と注意している影響なのだろう、先のトンネル開通キックといい、少しは気を使ってくれているようだ。


 もちろん言うまでもなく、フェニィの気の使い方はおかしい。

〔縦割り〕が駄目なら〔横割り〕にしようなどとは常人の発想では考えられない。

 そして、常識がズレているのはフェニィに限った話ではない。


「あらら、フェニィさんは優しいなぁ」


 ルピィは理解不能な感想を漏らしている。

 眼前で斬首刑が行われたことに動揺していないのは当然として、なぜかフェニィの行動に優しさを感じているらしい。


 この首切り殺人事件のどこに優しい要素が存在するというのか…………いや、痛みを感じる暇もなく殺害しているので、ルピィ基準では慈愛精神に満ち溢れているのかも知れない。

 ルピィの優しさが周囲に溢れたら大量殺人事件が発生しそうなので、その優しさは胸に留めるだけにしてほしいものである。


 しかし……この男からは色々と聞き出したいことがあったのだが、ここまでのお膳立てが全て無駄になってしまったのが残念だ。


「殺したら駄目じゃないかフェニィ。困ったなぁ……僕たちとの会談中に死んだとなると殺人犯だと疑われちゃうよ」


 港でのトンネル殺人事件でも警察が動いているはずなので、ここで罪を重ねてしまうことは実にまずい。

 僕たちの外見が目立つことも問題だ。

 目撃証言を集められたら、同一犯による殺人だと断定される恐れがあるのだ。


「殺人犯だと疑われるもなにも、実際その通りだろうが……」


 レットが呆れたような声で指摘を入れてくる。

 しかしその声調には、フェニィを責めるような響きは感じられない。

 レットも店主に腹を立てていたので、殺害したこと自体は許容しているらしい。


 僕としても店主殺害は構わないと言えば構わないのだが、僕たちに嫌疑がかからないように殺ってほしかったというのが本音だ。

 なにしろ会談の真っ最中での惨劇である。

 これでは死体を焼却して失踪扱いで誤魔化すことも難しい。


 これからどうしたものか、と僕が考え込んでいると――悪巧みを思いついたような笑顔のルピィが口を開く。


「ふっふっふ……ボクに名案があるよ?」


明日も夜に投稿予定。

次回、五一話〔究極のイエスマン〕

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