四九話 ドキドキの商会訪問
後ろ暗い仕事をしているとは思えないほどの立派な門構え。
繁華街に面しているという好条件の立地からも疚しいものは感じさせない。
ただ実際のところ、僕たちの基準では幼女を奴隷にしている悪徳商会という認識だが、この商会は人国の法に反したことをやっているわけではない。
港での殺人事件からしても、むしろ僕らの方が無法者と呼ばれる立ち位置だ。
……新たに加わったトラウマ兄弟のことを思い出すと心がどんよりしてしまうので今は忘れておこう。
「お兄さん……」
因縁のエゲック商会を前にしたせいか、ウルちゃんが不安そうにしている。
自身の不安からか僕を商会に関わらせたくないからなのか、僕の足に固くしがみついている状態だ。
初対面ではしっかりした子だと思っていたが、甘えん坊なところがあるようだ。
境遇を考えれば気を張って生きていくしかなかったとも言えるので、多少動き辛くとも邪険に扱えるはずがない。
ウルちゃんの境遇に同情的になっているのか、セレンからの視線もいつもよりは少しだけ温かい気配がする。……冷たい視線であることには変わりがないのだが。
この子を商会に同行させることなく軍国行きの船に乗せることも考慮したのだが、ウルちゃん本人が『お兄さんと一緒がいいです』と言ってくれたのでその意思を尊重している。
僕としても手元で保護した方が安心なので願ったり叶ったりだ。
「大丈夫だよウルちゃん。平和の伝道師と呼ばれている僕を信じてほしい」
僕はウルちゃんの潤んでいる目を見詰めながら優しく語りかけた。
ルピィが「もうそこからウソじゃん!」などと意味不明な発言をしているが、もちろん僕は気にしない。
僕の真摯な言葉が届いたらしく、ウルちゃんはしがみついていた腕の力を緩めてくれた。……ふふ、信頼に応えてあげようではないか。
――――。
「いらっしゃ……あっ! クソガキてめぇ、どこほっつき歩いてやがった!」
商店に足を踏み入れるのと同時に、店員の男から怒声が飛んできた。
彼らからすれば、監督者の男とウルちゃんが行方不明になっていたわけだ。
あれからゆっくり食事を満喫して数時間は経過しているので、店員が苛立っていることも分からなくはない。
この様子からすると、男が殺害されたという情報は伝わっていないようだ。
目撃者は大勢いたのだが、証拠を消し去っておいたことが幸いしたのだろう。
店を訪れるや否や警察を相手にする可能性もあったので、快調な滑り出しだ。
それでは、予定通りに計画を進めるとしよう。
僕はサッと手を上げて、ウルちゃんに詰め寄ろうとしていた男を止める。
「こちらの用件が先です。店主さんに取り次いでもらえますか? ジンが来たと言えば分かるはずです」
僕は威厳すら感じさせる余裕の態度で取り次ぎを依頼した。
ちなみに『ジン』という名は、人国ではよくある名前の一つだ。
そう、僕は店主と知人のような顔をしているが、当然の如く口からデマカセだ。
これは人国の厳格な階級制度を利用した作戦だ。
この国では奴隷が一般国民に逆らうことを許されていないように、中商会が大商会に逆らうような真似をしても厳罰に処される。
そこで、僕のこの偉そうな態度だ。
中商会を訪れた人間が尊大な態度を取っているわけなので『まさか、大商会の人間?』と疑心を抱かせるのが狙いだ。
雑に扱った人間が上位の階級だったなんて話になれば致命的なので、僕の素性が分からないうちは下手に出ざるを得ないというわけである。
「しょ、少々お待ち下さい」
僕の目論み通り、男は慌てて店の奥へと消えていった。
店にはまだ店員が一人残っているが、僕とウルちゃんの関係性が分からないのでウルちゃんに手を出しかねているようだ。
あとは、今後の展開がどう転ぶかだ。
店員が店主へ来客を告げたところで、心当たりの無い店主からは不審の念を抱かれることになるだろう。
そこで活きてくるのが、人国では一般的な『ジン』という名前だ。
中商会の店主ともなれば顔が広いはずなので、ジンと名の付く知人が一人くらいは存在していてもおかしくない。
万が一のことを考えれば、僕の顔を確認しないわけにはいかないはずだろう。
この階級制度の隙を突いた作戦によって、無理矢理押し通ることもなく平和的に店主との対面が果たせるというわけである。
しかし……完璧な作戦に穴を開けるかのように、食後でご機嫌となっているアイファが余計なことを喋り出す。
「『ジン』とは誰の事なのだ?」
ふむ、アイファは事前の打ち合わせを全く聞いてなかったようだ。
偽名を名乗っている時に大声でクリティカルな質問をしてくるあたり、さすがは教国が誇る残念ガールである。
『ジン』を『ヘンジン』の略だと思っているのか分からないが、アイファは首を捻りながら仲間たちを見まわしている。
どうやら変人である自分を棚に上げてジン候補を探している様子だが、僕が間違いなく言えることは――『ザンネン』とは君の事だ!
「おい、無視するなアイ……もごっ!」
店員が不審そうにこちらを見ていたので飴を突っ込んで黙らせる!
うむ、商会を訪れる前に飴を買っておいて正解だった。
当然の事ながら、物欲しそうなフェニィたちにも飴を配るのを忘れない。
商会の空気に萎縮しているウルちゃんにもあげると、ピンと張っていた猫耳を緩めて笑顔を見せてくれた。
店員がますます不審そうな顔をしているが、もはや店主を待つばかりという状況なので無理に取り繕う必要も無いだろう。
……残念アイファは大声で騒いでいたので止めざるを得なかったが。
「アイス君、店主が『視察の予定は夕方からのはずだろう』って言ってるよ」
ルピィが小声で僕に報告してくれた。
店の奥で交わされている会話であっても、地獄耳のルピィには筒抜けなのだ。
話から察するに、元々店主には来客の予定があったようだ。
しかも視察という言葉からすると、中商会の同格以上の存在――大商会が訪れる予定だった可能性がある。
ふふ……ならばこの流れに乗らない手はない。
「――お待たせしました。エゲック商会の店主を務めているゲックです。ご用向きをお伺いしてもよろしいですか?」
店主は僕たちの顔を見て訝しげな表情を見せたが、仮面を着けたかのように笑顔の表情を貼り付けた。
『ジン』と名乗っている僕たちに見覚えが無く、しかもまだ年若い人間ということで素性を怪しんでいるようだ。
そして店主が巧妙に仮面を被ったところで、僕はこの男の本質を知っている。
店主が顔を見せただけでウルちゃんが震えているのも無理は無い。
この子の痩せ細った身体には、日常的に暴力を受けていた痕跡が残されていた。
港で男がウルちゃんを蹴飛ばしていたが、あのような所業を頻繁にやっていたという事になる。
商会を訪れる前には身体の治療は済ませているが、ウルちゃんを苛めていた主犯が目の前に立っていると思うと僕の心もザワつく。
店主には然るべき報いを受けさせるつもりではあるが、今はまだ時期尚早だ。
この店内には一般客も存在しているので、ここで暴れて無実の人間を巻き込むわけにはいかないのだ。
何はともあれ、こちらの素性を疑っている店主を言い包めることが先決だ。
「おやおや、今日の視察の件を聞いていないのですか? これはいけません、いけませんよゲックさん」
そう、今の僕は視察官……!
何を視察しに来たのかは不明だが――立派に職務を遂行してみせよう!
僕の咎めるような言葉に、店主は僅かに顔色を変えた。
客観的に見ても僕たちは怪しい集団ではあるが、少なくとも視察のことを知っている人間ということで油断ならない相手だと認識したようだ。
「申し訳ありません……夕方頃にお越しになると伺っておりましたので。ところで……」
「――おっと! 店頭で話し込むのは止しましょう。まずは部屋に案内してもらえますか?」
こちらの素性を詮索する気配を感じたので、僕は強引に店主の言葉を遮る。
いくら僕が会話巧者であっても、長く話せばボロが出ることは避けられない。
まずは邪魔の入らない場所に移動すべきだ。
店主は僕の言葉に迷う素振りを見せていたが、僕の傍らにいるウルちゃんに視線を飛ばしてから口を開く。
「これは失礼致しました。すぐに部屋へご案内します。――おい、お前も同席しろ」
僕たちのことを怪しんではいるようだが、神持ちのウルちゃんが護衛に付いていれば問題無いと判断したらしい。
居丈高にウルちゃんに命令する声には苛立ちを覚えてしまうものの、今は我慢して雌伏すべき時だ。
店主は気が付いていないが、この男は既にウルちゃんへの強制力を失っている。
店主がウルちゃんの首輪が外れていることに気付かないのも当然だ。
この人国で首輪を着けていない獣型神持ちは警戒対象になるので、僕がオシャレな〔首輪風チョーカー〕を手作りしてプレゼントしたのである。
そう――この国で首輪を着けていないと、敵国である〔獣国の神持ち〕だと誤認されてしまう恐れがあるのだ。
僕は獣国に関する情報はあまり持ち合わせていないが、人国と獣国が戦争状態であることは分かっているし、獣国の主力が獣型神持ちであることも分かっている。
人国で首輪無しの獣型神持ちとなると、獣国の人間だと思われるのは自然だ。
この人国の獣型神持ちは例外なく首輪付きなので、現状では目立たない為に欺瞞工作をせざるを得ないのだ。
ウルちゃんに首輪のような物を着けることを要請するのは心苦しかったが、幸いにも『お兄さんからのプレゼント、嬉しいです……』と、はにかみながら喜んでくれたので安堵する思いだった。
明日も夜に投稿予定。
次回、五十話〔手慣れた凶悪犯〕




