四八話 方針会議
心ゆくまで食事を楽しんだ後、僕たちは部屋で寛いでいた。
やはり個室のある店を選んだことは様々な点で正解だった。
堂々とテーブルで食事していたマカもご機嫌だ。
部屋の隅でお腹を見せて寝そべっている姿からは、野生時代のギラギラしていた警戒心を微塵も感じさせない。
マカのこともあって個室での食事は好都合だったが、この人国で奴隷扱いをされているウルちゃんの為にも都合が良かった。
聞くところによれば、奴隷の身分では飲食店の利用すら難しいらしい。
実際、お店の従業員はウルちゃんを僕たちの奴隷だと思っていた節がある。
従業員側の認識では、一緒に食事をするという事ではなく身の回りの世話をさせる為の入店ということだ。
お店の人間は悪人ではないようなのだが、むしろ正常な人間がこの異常な状態に違和感を抱いていないことの方が問題だと言えるだろう。
百年単位で培ってきた奴隷制度という悪習は、社会基盤の一つとなっている。
強引に改革を進めれば国を滅ぼすことに繋がりかねないので、僕たちとしては慎重にことを進める必要性がある。
レオーゼさんから人国について情報を得られていたのは僥倖だった。
予備知識もなく魔大陸を訪れていたら、奴隷制度のことも首輪のことも知らないままに致命的な失敗を犯していた可能性もあったのだ。
……既に中々のミスを犯していると言える状態なのだが、いたいけな少女を救う為なのでやむを得ない。
そしてそう、実はレオーゼさんは人国の出身だ。
人型神持ちに分類されるレオーゼさんなら人国では優遇される存在であるはずだが、実際には少し違う。
馬鹿馬鹿しいことに、獣型か人型かで差別しているだけではなく、人型神持ちの種類の中でも差別が存在しているらしいのだ。
元々ある身体の部位が変化しているケース――耳が長いなどの特徴を持つ神持ちに比べて、レオーゼさんの第三の眼のような〔部位が多いケース〕は蔑まれる傾向があるとのことだ。
だが人国の階級の序列からすると――下の階級から、奴隷、一般人、それからレオーゼさんのような神持ちという順番になるので、国全体の序列から考えれば迫害されるようなことはない。
しかし、レオーゼさんが人国の〔王の家系〕であったことが災いした。
そう、あの謙虚なレオーゼさんがまさかの王族だ。
神持ち以外の子供が生まれると処分されるという非道な家柄らしく、必然的に家族は上位の神持ちで構成されていたらしい。
優劣思想の根強い人国の王族。
その中で、一族では蔑みの対象となる第三の眼を持つレオーゼさんだ。
レオーゼさんの自信不足ぎみの性格から考えても、彼女が家族から迫害されて育った可能性は極めて高い。
そしておそらく、彼女が王族から疎まれていた要因は他にもある。
レオーゼさんは奴隷の待遇改善について近しい人に訴えかけていたらしいので、そのことも迫害の要因になっていたと僕は推察している。
結局は王家から除籍されて〔国外追放〕という形で僕らの大陸にやってくることになったのだから、王族にとって目障りな存在だったことは想像に難くない。
レオーゼさんは恨み言を漏らす人ではないので僕の推察による補完が混じっているのだが、人国のウルちゃんに対する扱いを見る限りでは王族の人間性に問題があるのは明らかだ。
「――それでアイス君。これから国王でも殺っちゃう?」
今後の作戦会議に移行した直後、ルピィから不穏な意見が飛び出した。
飲み物を注文する際、『グレープフルーツジュースにしちゃう?』と聞いてきた時と同じ声調というところにルピィの倫理観の欠如を感じさせる。
この人国の奴隷制度を撤廃することが目的ではあるが、問答無用で国王を殺害するような真似は論外だ。
僕は軍国を代表する平和主義者。
当然、いつもの如く話し合いによる無血解決を目指すつもりだ。
「ノーノー、それはいけないよルピィ。まずは言葉で諭すことから始めようじゃないか。大船に乗ったつもりで僕に任せておきなよ」
僕の交渉手腕を発揮すれば、非道な人国の王を反省させることも難しくはない。
国王も二言目には『俺のボディにインしてくれよ!』と言ってくれるはずだ。
……おや、なにやら既に死んでいるかのような?
僕の自信に満ちた宣言に対して、ルピィは今後の展開に期待しているかのように笑みを浮かべているが――レットが無粋な反論を返す。
「どこからその自信が出てくんだよ。いつも大船で特攻してるようなもんじゃねぇか」
むむっ、失礼な男だ。
ウルちゃんにまだ怯えられているので僕を逆恨みしているに違いない。
猫の支配者疑惑を掛けられていたので、『あそこで寝てるマカもレットにね……いや、何でもない』と思わせぶりなフォローしてあげたのに!
うむ、気が付けばレットを陥れる側に回っていた気もする……!
しかし、ウルちゃんに僕の交渉力を疑われてはいけないので、レットの発言はしっかり否定しておくとしよう。
「おいおいレット君、最終的にはいつも犠牲なく解決出来ていることを忘れたのかい?」
僕が不敵な笑みでレットに事実を再認識させていると、ウルちゃんが尊敬しているような眼差しを僕に送ってくれる。
僕の平和主義に感銘をうけていることに加えて、全猫の敵であるレットに偉そうな態度を取っていることも関係してそうだ。
親友を利用するような真似は褒められたことではないが、新しい妹の前で良いところを見せるくらいは許してもらおう。
ライオンマスターのレット、恐るるに足らず……!
そのレットは「犠牲なく?」などと僕の発言の揚げ足を取ろうとしているが、もちろん気にすることなく聞き流す。
「今回も国王に会うまでが難しいはずだから、帝国の時と同じ要領でいってみようか」
かつて帝王との会談の場を設ける為、領主に接触してから帝王に紹介してもらうという計画を立てた経緯がある。
今回も近い状況だと言えるので、過去の例に倣ってしまうというわけだ。
ちなみに人国の王は、血筋では〔レオーゼさんの兄〕に該当する人間だ。
だがレオーゼさんの話しぶりからすると、家族に苛められていたかのような雰囲気が感じられたので、彼女に紹介してもらうという手段は最初から検討外である。
……レオーゼさんの敵だと思うと成敗してやりたくもなるが、国民の皆さんが迷惑を被ることになるかも知れないので我慢だ。
帝国と同じ要領という言葉を早とちりしたレットが「やっぱり特攻じゃねぇか」と勘違いをしているが、帝城に不法侵入することになったのは最終手段だ。
レットは途中までは順調に進んでいたという事実を忘れているのだろう。
『ゴッドハンドの名を君に譲ろう。帝王にも紹介しよう!』と言われたことを忘れているとは……まったく、薄情な男である。
「ちょうど話もあったし、手始めにウルちゃんがいた商会――エゲック商会から攻めてみようか。もちろん、攻めるというのは比喩であって暴力で解決するわけじゃないからね?」
攻めるという単語に仲間たちが目を光らせたので、すぐに誤解を解いておく。
純粋な誤解なら仕方ない面はあるが、ルピィなどは僕を困らせる為にわざと曲解するという悪辣な性質を持っているのだ。
そして商会の話題が出た直後――ウルちゃんが身体を小さく震えさせた。
首輪が外れて自由の身になったとは言え、商会から虐待されて育っていた子だ。
エゲック商会の存在にウルちゃんが怯えているのも無理はない。
よしよし、ここは僕が安心させてあげるとしよう。
ここぞとばかりにウルちゃんの頭を優しく撫でてあげつつ、さりげなくセレンの頭にも手を伸ばすと――サッと躱された。
どうやらウルちゃんのついでのような扱いが気に入らなかったらしい。
ルージィたち姉妹には両手に花ならぬ〔両手に妹〕を実現出来たのだが、プライドの高いセレンが相手となると一筋縄ではいかないようだ……。
だが実際のところ、仮にエゲック商会と全面戦闘になったとしてもウルちゃんなら一人でも圧倒出来るはずなので、この子が古巣を恐れる必要性は無い。
それでもウルちゃんが商会を恐れているのは、おそらく幼少期から染み付いた苦手意識によるものが大きいのだろう。
そう、エゲック商会にはウルちゃんの相手になるような存在はいない。
商会の抱えていた神持ちは、ウルちゃん一人だけだったのだ。
この人国は――国王の直下に少数の大商会があり、大商会の下に中商会、更にその下には多数の小商会という仕組みで成り立っている。
商会の事業内容は多岐に渡っており、母体が同一ということもあって商会間の競争も少なく、良い意味でも悪い意味でも安定している国だ。……国を支える労働力として奴隷が酷使されているという大きな問題があるのだが。
全ての商会のトップに国王が君臨している形だが、奴隷制度の仕組みも国王が中心となっている。
国王の一存によって、大商会や中商会の一部に〔貸与〕という形で獣型神持ちが送られているらしいのだ。
ウルちゃんも物心ついた時には、中商会に相当するエゲック商会で奴隷として生活していたとのことだ。
僕の計画の大まかな流れは――エゲック商会に乗り込み大商会への足掛かりをつけて、最終的には国王との会談に至るというものだ。
人間を道具扱いするような国王の説得は難しいかも知れないが、平和を愛する者としては対話を試みないわけにはいかない。
それに昔の帝王のように、神に非道な所業を強制されている可能性もあるのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、四九話〔ドキドキの商会訪問〕