四七話 ジャングル王
僕たちは港街で評判のステーキ専門店を訪れていた。
しかも金に物を言わせて個室席のある高級店だ。
ここは港街ということで魚料理を扱う店が多いのだが、当初予想していたよりは肉料理店の数は多かった。
僕たちがそうであったように、長い航海を終えた船乗りが肉料理を求めることは珍しくないのだろう。
「お兄さんたち、皆さん神持ちなんですか……」
食事を始めたところで、猫耳幼女ことウルちゃんとも自己紹介を交わしている。
ウルちゃんの言葉の響きに疑念が感じられるのも当然だ。
この子も含めると、七人と一匹の神持ちが一堂に会していることになる。
魔大陸でも神持ちは希少な存在なので、これだけの数の神持ちが揃うことは早々あることではないのだ。
神持ちが相手だからという訳ではないみたいだが、ウルちゃんは仲間たちに怯えるように僕の近くに身を寄せている。
どうやら意外にも人見知りをする子であるようだ。
凶悪殺人事件を目撃しても悲鳴を上げなかったので物怖じしない子だと思っていたが……考えてみれば、虐げられて育ってきた子なのだから他人を恐れるのも無理からぬ事だ。
そして僕の仲間たち側にも問題はある。
フェニィとアイファは簡単な自己紹介を済ませると、ウルちゃんには目もくれずに肉食動物のようにステーキに襲いかかっているのだ。
それでなくともフェニィは凶悪犯として怯えられていたので、このような有様では打ち解けられるはずもない。
そしてセレンは、一見するとウルちゃんに確執を感じさせない物腰だが、どことなくその態度には冷たさが感じられる。
僕がウルちゃんを妹のように扱っている上に、この子も『お兄さん』と懐いてくれているようなので、本家妹としては心穏やかではいられないのだろう。
黒髪のセレン、銀髪のジーレ、青みがかった髪のルージィたち、そして金髪のウルちゃんを加えることで〔レインボーシスター計画〕を密かに目論んでいるので仲良くしてほしいところである。
本来なら庇護者向きであるレットは、厳つい容姿が災いしているらしく臆病なウルちゃんからは距離を取られている。
あまり笑顔を見せる男ではないので、その点でもマイナスに働いているようだ。
しかし……レットは頼り甲斐がある男なので怯えられたままでは勿体ない。
有事の際には、僕の次くらいには頼ってほしい人間なのだ。
よし、ここは僕が一肌脱ぐところだろう。
「ウルちゃん、レットは顔こそ怖いけど優しい男なんだよ。ほら、このカードを見てごらん」
こんな時の為に僕が持参しているのは、お馴染みの裁定神カードだ。
普段は中々笑わないレットなので、笑顔の素敵な一枚をチョイスである。
「そんなもん旅先に持ってくんなよ……」
レットは不満の声を上げているが、ウルちゃんの緊張を解きほぐすには悪くない手段だと思っているのか、その語気は渋々ながらも僕の行動を容認するものだ。
しかし、カードを見たウルちゃんの表情は優れない。
「猫に、乗ってる……」
はて、猫……?
このカード――〔ジャングル王レット〕は、笑顔のレットがトランクス一枚という野性的な姿でライオンに乗って疾走している絵だ。
ウルちゃんの言う猫とは、このライオンのことだろうか?
もしかしたら魔大陸ではライオンは身近に存在せず、ウルちゃんにとっては大きな猫に見えているのかも知れない。……ライオンもネコ科なので間違いではないのだが。
思わずこちらも笑顔になるようなカードだが、しかしなぜウルちゃんは青ざめた顔をしているのだろう?
猫耳を持つ者として、ネコ科の動物に乗っていることが許せないのだろうか?
そこで、成り行きを見守っていたルピィが挟まなくてもいい口を挟む。
「安心してよウルちゃん。レット君はそんなに重くないからウルちゃんでも乗せられるって」
「ひっっ……」
そうか、そういうことか……!
このカードは見ようによっては、笑顔のレットが『猫は俺の乗り物でぃ!』と言っているように見えなくもない!
猫耳のウルちゃんは、自分も乗り物にされることを恐れていたのだ……!
「ち、ち、違うぞ。俺はそんな事はしないぞ!」
慌てたレットが不安そうなウルちゃんに弁明している。
しかしドモっているので――嘘を吐いて誤魔化そうとしているかのようだ!
そんなレットへ追い打ちをかけるようにルピィが畳み掛ける。
「ネコに乗らせたらレット君は……っぐ」
咄嗟にルピィの口へ――サイコロステーキを押し込む!
レットを陥れるだけなら問題無い。
だが、ウルちゃんを不安にさせるような真似を放っておくわけにはいかない。
怒れるルピィが「なにすんのよ!」と僕の耳を引っ張ってくるが、それはこちらの台詞である。
そして長い付き合いなので、理不尽なルピィへの対策も確立済みだ。
「ごめんごめん、美味しいステーキだったからルピィにも食べてもらいたくてね。ほら、あーんして」
押しが強いルピィではあるが、押しに弱い面を兼ね備えている人でもある。
強引な形で口を開かせると、ぶつくさ文句を言いながらも素直に従ってくれた。
まだ怒っているのか少し顔が紅潮しているが、機嫌自体は悪くなさそうだ。
レットを陥れることを忘れたような顔でもぐもぐしているので一安心だ。
「ウルちゃんも好きなだけ食べていいんだよ? ほら、あーん」
ついでにウルちゃんにも食べさせてしまう。
ウルちゃんは遠慮しているのか、皆に比べて食の進みが遅かったのだ。
僕の笑顔に釣られたように、ウルちゃんも顔を綻ばせている。
「お肉を食べたのは初めてです……」
うっっ、重い……!
明らかに栄養不良な体つきをしているとは思っていたが、奴隷生活は僕の想像以上に悲惨なものだったのだろう。
儚い幼女の一言には涙腺が刺激されてしまうものの、ここで空気を悪くするわけにはいかないので僕は努めて笑顔を維持する。
奴隷制度への義憤が改めて湧き上がってくるが、今は沈めておくべきだ。
よし……ここは癒しの存在に癒してもらって心の安定を図るとしよう。
卑しいならぬ癒しの存在であるマカ。
テーブルに座り込み、ナイフとフォークを使って器用に肉を切り分けている。
僕の視線を追ったウルちゃんが「この子、本当に猫なんですか?」と、種族偽装を疑ってしまうのも当然である。
マカがナイフとフォークの扱いを習得したのは最近の事だ。
爪を出すのが精一杯であるはずの小さな仔猫の手。
この小さな手で、どうやってこれほどの難事を実現しているのか?
その答えは魔術――――〔吸術〕だ。
物を身体に吸着させるだけという使い道の少ない魔術。
僕はこの吸術に目をつけた。
そう、マカが吸術を体得した暁には小さな手でも箸を使えると考えたのだ。
これは僕の個人的な希望ではない。
マカはプライドが高いので皿から直接食べるような真似は嫌うのだが、仔猫の身体では両手でフォークを持つのが精一杯だった。
そこで僕が吸術を体得するメリットをマカにプレゼンしたところ――『にゃあ』と同意の鳴き声を返してくれたので特訓の日々が始まったのだ。
実際のところ、マカは戦闘訓練に比べて魔術の練習は好んでいる傾向がある。
鍛錬嫌いのマカを戦闘訓練に引き込む際には、甘い言葉で巧みに誘惑するという苦労をしているのだが、魔術訓練となればマカは積極的だ。
しかもマカは魔術系の神持ちだけあって上達も早い。
訓練意欲の高さと魔術センスの高さにより、またたく間にマカは上品な食事作法を身に付けたというわけである。
さすがに箸はハードルが高いのでまだ練習中の身だが、遠からず華麗な箸捌きを披露してくれるはずだと確信している。
明日も夜に投稿予定。
次回、四八話〔方針会議〕