二六話 嘘
本日は三話投稿予定です。
静かな時間が過ぎてから、僕らは一度街を出た。
このまま街に居続けるのは、危険だと判断したのだ。
領主がフゥさんをルピィさんだと誤認して処刑したのか、ルピィさんではないことに気付きながらも、名分を満たす為に処刑したのかは分からない。
仮に前者であれば、このまま街にいてルピィさんの生存が広く知れ渡るようなことがあれば、フゥさんの死が無駄になってしまう――それだけは避けなければならなかった。
領主がどうやってフゥさんが〔盗神の加護持ち〕であると軍に納得させたかは分からない。
ルピィさんの加護を調べた教会の人間に証言させたのもしれない。
或いはルピィさんがここに生きて存在している以上、軍国にも〔盗神持ち〕はいない事になるので、〔盗神持ち〕に盗まれたというのは軍国に対して、それなりに説得力があったのかもしれない。
――軍も領主も、そんなことは、実際にはどうでも良かったのかもしれない。
家宝を盗まれたので、窃盗犯を捕縛して処刑した。
それで片を付けて終わりというわけだ。
……だが、残された僕らの気持ちは容易には終われない。
フゥさんの遺言が無ければ、領主の首をフゥさんの首の代わりに置いておきたいぐらいだが、フゥさんの最後の願いを反故にするのは忍びない気がするのだ。
行き場を失った感情を持て余しながら、僕は潜考を深めていく。
裁定神の予知では、裁定神持ちの行動によって一人は必ず助かる。
今回のケースではルピィさんを助ける為には、〔フゥさんがルピィさんの身代わりになる事〕、さらに言えば〔予知の内容をフゥさんに話す事〕がルピィさんを助ける条件だったのだろうと――僕は遅まきながら気が付いた。
ならば僕らが取るべき行動は、フゥさんに〔裁定神の予知〕について話さずに行動する事だったのだろうか? ……しかし全ては遅きに失している。
――――フゥさんは、もういないのだ。
「フゥさんの首を取り返しにいきましょう」
僕が言った言葉に、反対の声は上がらなかった。
日が落ちた今も、フゥさんの首は広場に晒され貶められているのだ。
フゥさんの首にもう意志は宿っていない。
だが、僕の気が済まないのだ。
――フゥさんの首を広場から奪取するのは、拍子抜けするほどに簡単な事だった。
ほとんど打ち合わせもしていないにも関わらず、僕ら三人は、まるで一つの兵器のように息がぴたりと合っていた。
四人の哨戒兵たちは、誰にやられたどころか、何が起きたのか分からないうちに意識を失っていたことだろう。
それから僕らは、街から離れた小高い丘にフゥさんの首を埋めた。
穴を掘っている時も、首を埋めている時も、僕らは終始無言だった。
……言葉を発すれば、僅かに残った気力さえも失ってしまうような気持ちだったのだ。
もう夜も遅くなっていたので、ひとまずここで野営をして、朝になってから今後の方針について考えよう、と僕らは少ない言葉で話し合った。
ルピィさんが先に床に就いて、僕とレットだけがまだ起きていたが、眠りにつく前にレットと話をしておきたい事がある。
レットは元々それほど口数の多い男ではないが、フゥさんのことがあってからは普段以上にほとんど口を開いていない。
今のレットは――罪責感に押し潰されそうになっているように見える。
「レット、少しいいかな?」
――――。
――――――アイスは俺に言う。
「今回の結果は、二人亡くなっていたところが一人だけになったんだから、それほど悲観する必要もないと思うよ。最悪の結果ではないんだ、そうだろ?」
アイスは嘘吐きだ。
俺でなくても、すぐに嘘と分かる顔と声音で、俺を元気づけようとしている。
今にもまた泣き出しそうな顔をしながら、俺に嘘を吐く。
アイスの嘘は他人には優しいが、自分を傷付ける嘘だ――まったく、俺に嘘は通じないと何度言ったら理解するのだこいつは。
アイスは家族を失ってから、常に強い人間であろうとする。
打算的で何事にも動じない人間であろうとするアイスは、泣くことを弱さの表れと考え、本当は泣き虫のくせに、いつも泣くまいとしている。
俺は心の何処かでこんな結末になるのを予想していた。
過去に裁定神の予知から逃れられた人間はいないのだ。
俺はそれを分かっていて、この結果を一人で受け止めるのが恐くて……アイスを巻き込んでしまった。
――弱いのは俺だ。自分の卑劣さに反吐が出そうだ。
「俺は明日から、アイスとルピィさんとは別行動を取るつもりだ」
これ以上アイスを俺の事情に巻き込むつもりはない。
こんな情景を見続けていたら、すぐに他人に感情移入してしまうアイスの心は、遠からず壊れてしまうはずだ。
「なんでだよ? 一人より数人で行動した方が効率的じゃないか」
アイスが反対するのは分かっていた――それに対する答えも決めていた。
「家族を失ったばかりのルピィさんに、同じような情景をまた見せるわけにはいかねぇだろ」
「……」
ルピィさんをダシに使って言えば、アイスは反論できなくなる。
思惑通りだが……汚ないやり方だ。
「別行動するって言っても、そんなに遠くには行かねぇよ。ちょくちょく顔を見せることになると思うぞ。いつでも連絡つくようにはしておくつもりだしよ」
沈みこんだアイスを見て、つい余計な事を言ってしまう。
アイスたちの動向を気にかけておいて、戦力が必要な時だけ、顔を見せて手を貸そうと思っていたが……こいつはすぐに泣きそうな顔をするからやりづらい。
「……分かったよ。でも、僕はもう大丈夫だけど、レットは頼りないから心配だなぁ……」
アイスは最後に、また嘘を吐いた。
――――。
翌朝、レットが別行動をする旨をルピィさんに告げたが、ルピィさんは驚くような事もなく、全てを察したような様子で「そっか……分かったよ」と、だけ言った。
レットと別れた僕は、僕の目的の為に、神持ちを探す為に、色んな場所を見て回るつもりだ。
……ルピィさんには、無理に付いてくる必要はないと何度も言ったが、頑として聞き入れてくれることは無かった。
有耶無耶なうちに旅を始めて数日経ったある日、僕は気になる魔獣を見つけた。
それは毒を持った個体だった。長い尻尾をとぐろのように巻いた、毒々しい魔力を発している兎だ。
「ルピィさん、あの魔獣ですが、多分体に毒を持っていると思います」
「たしかに、見るからに毒を持ってそうなヤツだね。兎なのに尻尾が怖いくらいに長いし」
ルピィさんは「それがどうしたの?」と言いたげな視線を僕に向ける。
「あの兎の肉を少し食べてみませんか? 毒に少しづつ体を慣らしていけば、僕らに毒耐性が得られると思うんです。……睡眠薬だって効かなくなるくらいの」
僕らに睡眠薬が効かなければ、あの出来事の結果も変わっていたかもしれない。
そう思っての提案だった。
「ぷっ、あははっ……アイス君のそういう前向きなところ、結構好きだよ」
ルピィさんはおかしそうに笑いながら洩らす。
――それは、フゥさんが亡くなってから、初めて見たルピィさんの笑顔だった。




