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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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四六話 直される歪み

 それにしてもフェニィがやり遂げた顔をしているのは本当に不可解だ。

 因果応報キックは確かに凄かったが、僕が事前に『目立ってはいけない、殺してはいけない』と注意したことを完全に忘れている。

 というより、事前の注意に真っ向から反発している所業だ。


 正直に言えば、あの男は殺ってしまってもいいかな……と、心の片隅で考えていたことは否定できないが、言われた通りに殺してやったぞと言わんばかりの態度は理解に苦しむ。


 いや――今はそれよりも優先すべき事がある。


 なぜかふんぞり返って『どうだ!』とアピールしているフェニィを褒めるのは論外として、呆然としている猫耳幼女を放って置くわけにはいかない。

 僕は猫耳幼女へ爽やかに名乗りを上げる――


「風にたなびく平和の旗――そう、僕はアイス=クーデルン。きみの友達さ」


 仲間が凶行を披露してしまったので殊更(ことさら)に平和をアピールだ。

 もちろん、友達宣言をすることで猫耳ガールの警戒心を解くことも忘れない。

 僕の自己紹介を聞いて我に返ったのか、幼女はハッとしたように居住いを正す。


「お、お兄さん! すぐに逃げて下さい、このままでは大変な事になります!」


 はい、僕が君のお兄さんです!

 いやぁ、妹は何人増えても良いものだなぁ……。


 しかしこの子……明らかに異常な状況下にも関わらず、真っ先に僕のことを心配してくれている。

 フェニィが無言でこちらを見ているので僕も関係者だと当たりを付けたようだが、残虐行為を目撃した直後にこの気遣いは中々出来ることではない。


「うん、そうだね。もちろん逃げる時は君も一緒だよ?」


 大変な事になるというか、既に手遅れなほどに大変な事になっているが、このままここに残っていたら警察が駆けつけてくる可能性が高い。

 これ以上取り返しがつかない事態になる前に撤退するのが正解だろう。

 当然、ここに残るつもりだったらしい幼女も連れて行くつもりだ。


「……ありがとうお兄さん。でも、私には()()があるから」


 幼女は寂しげな笑みを浮かべて自身の首を指し示した。

 そこにあるのは――〔首輪〕だ。


 フェニィが穴を開けてしまった男は加護無しの一般人だった。

 本来ならば神持ちを相手に力で従わせることは難しい。

 それを可能にしているのが、この首輪――呪いの魔道具だ。

 魔道具と呼ぶよりは〔呪具〕と呼ぶべきだろうか。


 人国で獣型の神持ちが生まれた場合、物心つく前にはこの首輪が嵌められる。

 もちろんこれは、ただの趣味の悪い装飾品などではない。


 監督者の意思次第で()()()()()()()()()()()()()という恐ろしい首輪だ。

 強引に取り外そうとしても締めつけられるというこの呪具。

 この首輪の存在こそが、魔大陸の歪みの象徴と言えるだろう。


 僕はこの歪みに酷似したものを知っている。

 当人の意思を無視して強制的に従わせるという所業。

 そう――洗脳術だ。


 この首輪による支配の仕組みは、洗脳術による支配とよく似ている。


 そして神持ちにも強制力を発揮するような呪具ともなると、一般的な魔道具の常識を完全に超えている代物だ。

 呪神の洗脳術の代用となるような異常な魔道具。

 この首輪の存在が人国と獣国の関係悪化に繋がっているという事実からも、この首輪には〔神の存在〕が絡んでいる可能性が高い。


 呪神はこの首輪を僕らの大陸では使っていないが、その理由は検討がつく。

 呪神本人が洗脳術で支配出来るということも首輪を使用していない要因の一つかも知れないが、おそらくそれだけではないだろう。

 管理者の視点から考えれば、使い勝手の良い呪具を使わない理由はない。


 それでも首輪が魔大陸にしか存在していないのは〔神の遊び心〕によるものではないか、と僕は推察している。


 神々は僕たちを観察することを娯楽にしているという話なので、大陸ごとに特色を付けた方が面白みがあるので首輪を魔大陸のみに限定しているのではないか、という推察だ。


 僕の根拠の一つとなっているのが、大陸の違いによる神持ちの差異だ。

 大陸の違いで神持ちが異形になるとは、考えるまでもなく不自然極まりない。

 神持ちの異形化も、神の意思によるものだと考えた方が自然だろう。

 つまり、差別の元凶自体が神の作り出したものということになる……まったく、なんて連中なんだ!


 証拠も弱いのに決めつけで断じたところはあるのだが、なんとなく僕の直感的には的を得ているような気がしている。


 ……いや、その事は今はいい。

 それより今は、猫耳幼女の首輪のことが重要だ。

 監督者を殺害して大騒ぎになってしまった以上、もはや目立たないように行動することは絶望的になっている。


 しかし逆に言えば、僕たちの行動制限が無くなったとも言えるのだ。

 ならばもう猫耳幼女を奴隷に甘んじさせておくつもりはない。

 この子は首輪の存在を絶対的なものだと思い込んでいるようだが、何事にも例外は存在する。


 現に、解呪不能と目されていた洗脳術も僕の手によって解かれている。

 そう――僕には解術がある。


 僕のアドバンテージは高い魔力を有していることだけではない。

 僕の眼には、首輪の仕組みが()()()()()


 視たところ、特定の波長の魔力を受けると首輪が縮む仕組みらしい。

 物理的に首輪を取り外そうとしても縮むようだが、外部から魔道具の魔力回路を押し流すだけの魔力を送り込みさえすれば、首輪を作動させることなく破壊することが可能なはずだ。


 一点に集中して膨大な魔力を送り込むことは容易ではないが、これは解術を行使する時と要領は同じだ。

 この程度、フェニィに解術を行使することに比べれば児戯に等しい。


「ちょっと失礼」


 僕は一言だけ断ってから猫耳幼女の頭を撫で始めた。

 一際目を引くのは、幼女の金髪からピョコンと飛び出している猫耳だ。


 ふむ……この白さといい形状といい、うちのマカちゃんにそっくりな猫耳だ。

 僕は猫耳を丹念に調べながら優しく撫で撫でしてしまう。


「あ、あの、お兄さん……」


 猫耳を触られるのが恥ずかしいのか、幼女は顔を赤らめて困惑した声を出す。

 辱める意図は無かったのだが、この子には申し訳ない事をしてしまったようだ。

 だが――もうこれで終わりだ。


「ごめんね。はい、()()()()()()

「えっ、えぇっ!?」


 頭を撫でて幼女の気を引きつつ、その裏で解術を行使していたのである。

 初対面の男が『君の首輪を外してあげるよ』などと言っても胡散臭いだけだ。

 この首輪は絶対的な魔道具として知られているので、『外せる』と言っても信じてもらえるはずがない。


 そこで、幼女に警戒させることなく『肩にゴミが付いてたよ?』とばかりに自然に取ってあげたというわけである。


「うんうん、これで問題は解決だね。じゃあ僕たちと一緒に食事に行こうか。そうだ、この辺りで肉料理の美味しい店を知らないかな?」

「に、にく? え、えっ?」

 

 幼女には僕の質問を理解するだけの余裕が無いようだ。

 考えてみれば、この子にとっては生まれた時から自分を縛っていた首輪だ。

 その絶対的な首輪が、頭を撫でられている間に取れていたわけである。

 猫耳幼女が動揺しているのも当然と言えば当然かも知れない。


 監督者の男が死んだ時は驚くよりも呆然としている感じだったが、外れた首輪を目にしている幼女は驚愕と混乱の極致にいるように見受けられる。

 おそらくは……男の死に方が非現実感なものだったことに対して、首輪の方は普段から見慣れたものだっただけに現実感が強いのだろう。


 しかし、ここで悠長(ゆうちょう)に説明する時間的余裕は少ない。

 殺人現場には僕たち以外の人間はいなくなっているが、警察が到着するまでに全てを終わらせなければならない。


 ちなみに、この場に野次馬すらいない状況になっているのはフェニィの影響だ。

 フェニィの活躍を褒めることもなく幼女の頭を撫でていたので、彼女は苛立ちの感情を全身から発しているのだ。

 凶悪犯が不機嫌オーラを振り撒いているので野次馬が逃げ出すのも無理はない。


 しかし……褒めまい褒めまいと思ってはいたものの、フェニィの蛮行の結果として一人の幼女を救い出せていることは事実だ。

 幼女を見過ごすことには歯痒い思いを感じていたので、今の僕が解放的な気持ちになっていることも否定できない。


 最終的に僕は利益を得ているとも言えるのだから、ここでフェニィ一人を悪者にすることは間違っているのではないだろうか……?

 それでは汚れ仕事だけをやらせて切り捨てているようなものではないか?


 果たしてそんなことが許されるのか……?

 否、許されて良いはずがない……!


「それにしてもさっきのフェニィは凄かったね! いつの間にあんなことが出来るようになったの? まったく、フェニィからは目が離せないなぁ……」


 遅ればせながらフェニィを大絶賛だ。

 それでも『偉いね』と褒めることは僕の挟持(きょうじ)が許さなかったので、褒めている声調でありながら発言内容は批判にも取れる内容となった。

 いわば条件付き賛成のようなものとも言えるが、ここが僕の妥協点だ。


「…………当然だ」


 だがフェニィは嬉しそうだ。

 結果的には勿体つけたような格好になっているので、一層喜びも大きくなっているような気配だ。

 下げて上げるような手口が〔女性を食い物にするヒモ男〕のようで嫌なのだが、猫耳幼女に妙な誤解をされないことを願うばかりである……。


「さて、食事前にお片付けといこうか。フェニィ、いつものやつ頼めるかな?」

「……いいだろう」


 絶叫の表情を浮かべたまま死亡している男の死体を処分しなくてはいけない。

 驚くべきことに、死体はまだスタンディングポジションを保っている。

 もはや〔奇跡の死体〕と呼んでも過言ではないほどだ。


 ふむ……お腹の穴に手を入れればご利益がありそうな気もするな。

 僕と同じことを考えたのだろう、ルピィも「フェニィさん凄いじゃん!」などと言いながら笑顔で穴に手を突っ込んでいる。


 しかし、笑いながら死体に手を入れるのは人としてどうなのか?

 前々から思ってはいたが、ルピィには死者に対する敬意が足りていない。


 死体とはいえ身体に手を突っ込むわけなのだから『ボディにインしてもいいですか?』と礼儀正しく問い掛けるぐらいの気持ちが大切だ。

 そうすればきっと『イン!』と快く了承してくれることだろう。

 うむ、実は生きていたかのようである……!


 ――――。


 そしてフェニィの手が死体に(かざ)され――炎の棺が出現した。

 今回はスタンディング死体ということで縦型の箱だ。


 この場に目撃者はいないので完璧な証拠隠滅だと言えるだろう。

 これでもし警察が駆けつけてきても――『殺人事件? やだなぁ、白昼夢でも観てたんじゃないですか?』と、しらばっくれることが可能になる。

 

 炎術を初めて見る幼女は目を見開いて後退りしている。


「これ、を……いつも?」


 むむっ、これはいかんな……。 

 馴染みのお店で注文するように『いつものやつ』とフェニィにお願いしてしまったので、日常的に殺人を繰り返しては証拠隠滅しているように誤解されている。

 しかし、完全に誤解とも言い切れないのが恐ろしい……!


明日も夜に投稿予定。

次回、四七話〔ジャングル王〕

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