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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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四四話 見過ごせない光景

 僕たちは交易船の皆に別れを告げて船を離れた。

 帰りは民国か帝国へ向かう船に便乗させてもらうつもりなので、次の再会は軍国ということになるだろう。


 ちなみに――軍国初の交易船にも関わらず、この船は手間取ることなく流れるように人国の港へ入港している。

 これはナスルさんによる根回しの賜物(たまもの)だ。

 軍国から交易船を送り出す前には、民国経由で人国と綿密な打ち合わせを済ませているという周到ぶりだ。


 ナスルさんは愛娘が絡まなければ優秀な人ではあるので、この程度は驚くにも値しないことだと言えるだろう。

 ジーレが絡むと目を覆いたくなるようなポンコツ王になってしまうのだが、その辺りは周囲の人間がフォローしていくしかない。


「それにしても……人国でも最大の港だけあって人が多いね」


 港には荷運び人から商人に至るまで多種多様な業種の人間がいるようだが、多彩なのは職種だけではない。

 人々の髪の色だけを見ても、黒から赤、金髪など色とりどりだ。


 この港には、僕たちの大陸のみならず様々な大陸から人間が訪れているらしい。

 これだけ多様な人種が集まっているということは、人の波に紛れて行動したい僕らにとっては好都合だ。


 そう――目立つことなく人込みに紛れているのは理想的だ。

 なにしろ僕たちは、乗船名簿に名前の無い密航者という扱いである。


 入国審査があればこっそり上陸することも検討していたくらいだが……港には人の出入りが多いおかげなのか、乗船名簿と乗員を照らし合わせるようなこともなく、僕らはあっさりと上陸を果たしている。

 お隣の獣国と戦争中ではあっても、他大陸への警戒心は強くないようだ。


「まずはこっちに行ってみよ……」


 食事場所を探すべく皆を誘導する途中、僕は言葉を止めた。

 僕が動揺で絶句したのは、ある異常な光景が視界に入ってしまったからだ。


 しかし周囲の喧騒に不穏なものは感じられない。

 僕にとっては見過ごせない信じられないような光景であっても、この人国においては珍しくもない光景だからだ。

 事前にレオーゼさんから聞いて覚悟はしていたが……実際に目の当たりにしてしまうと、心の動揺は避けられない。


 僕が目を留めたのは、荷運び人の中の一人だ。

 筋骨隆々とした男たちが荷を運ぶ中、〔五歳にも満たないような幼女〕が大人に混じって大荷物を運搬しているという異様な光景だ。

 あの幼女が人並外れた力を持っていることは一目瞭然だろう。


 小さな幼女の不自然な点は怪力だけではない。

 幼女の頭には、獣のような耳が付いている。

 そう――あの子は魔大陸の神持ちだ。


 魔大陸の神持ちは異形だが、その異形は二種類に大別される。


 一つは、人間の外見がベースとなっている異形。

 耳が長い、鼻が高いなどの特徴がある神持ちがこれだ。

 一応はレオーゼさんの第三の眼もこのタイプに該当する。


 そして神持ちのもう一種類の異形が、獣タイプだ。

 あの幼女のように、人間の身体に獣のパーツが付いているという外見になる。

 あの子は猫の耳のようなものが付いているが、人によっては犬から狐まで様々なバリエーションに富んでいるらしい。


 そしてこの二種類の特徴が、魔大陸の歪みに繋がっている。


 魔大陸を東西に分ける人国と獣国。

 簡潔に言ってしまえば、西の人国では〔人型至上主義〕、東の獣国では〔獣型至上主義〕がまかり通っているらしい。

 人国では耳の長い神持ちが実権を握っており、獣国では獣耳の神持ちが国の上層部を占めている、といった具合だ。


 魔大陸の抱える問題の最たるところは、劣等とされる神持ちの扱いにある。

 人型至上主義の人国で、獣の耳を持つ神持ちが生まれた場合はどうなるのか? 

 あの猫耳幼女の現状が、その答えだ。


 ボロボロの服を着て働いている幼女の身体は痩せ細っている。

 どう贔屓目に見ても、あの幼女が劣悪な環境で生活をしていることは明らかだ。

 そう――あの娘は〔奴隷〕として扱われているのだ。


 僕は奴隷制度そのものが悪だと断じるつもりはない。

 今でこそ全廃されているが、過去には僕たちの大陸にも存在していたのだ。

 住み込みの仕事に近い形で働いている経済奴隷、罪を償う為に労役を課せられる犯罪奴隷など、社会を成り立たせる為に奴隷が必要な時期は存在した。


 だが、魔大陸の奴隷はそんなものではない。

 この大陸の奴隷は――()()によるものだ。


 ここ人国を例に挙げれば、人型の神持ちが尊い存在とされることに対して、獣型の神持ちは卑しい存在として蔑まれている。

 外見の違いで優劣を決めるなど馬鹿馬鹿しいとは思うが、この魔大陸ではそれが当然の事になっているのが現状だ。


 僕たちの目標は魔大陸の歪みを直していくことなので、実は〔奴隷制度の撤廃〕を当面の目標としているのだ。


 しかし……あの幼女のことは気掛かりだが、人国の情報が少ない現状で迂闊に動くのは避けるべきだろう。

 目の前の幼女を助けることが無意味とは言わないものの、元凶となっている存在に警戒されて大勢の奴隷を救け損ねてしまっては元も子もない。


 僕が心苦しくもその場を離れようとすると――ふと、幼女と目が合った。

 重そうな荷物を運び終えた後、大きく息を吐いてこちらに視線を向けたのだ。


 こちらがまじまじと観察していたので幼女の気を引いてしまったのだろう。

 不思議そうにじっと見詰めてくるその眼は好奇心に溢れている。

 参ったな……目が合うと情が移ってしまうものがある。

 このまま立ち去るのはなんだか後味が悪いなぁ……。


 僕が心中で葛藤していると、心の迷いを断ち切らせるかのように事態は動いた。


「なにトロトロしてやがるクソガキっ!」


 動きを止めていた幼女に痺れを切らしたのか、監督者らしき男が怒声を上げた。

 そればかりか、幼女の無防備な背中を後ろから蹴り飛ばし――幼女は小さな悲鳴を上げて倒れ込んだ。


 なんてやつだ、許せない……!

 あまりにも酷い光景に僕の頭が瞬間的に沸騰する。


 ……いや待て、ここは落ち着かなくてはいけない。

 僕たちは騒ぎを起こすわけにはいかない立場だ。

 感情のままに男を成敗してしまうことは避けるべきだ。


 それでなくとも一般人に暴力を振るうのは許されないので、ここはぐっと激情を堪えるべきところだろう。

 幸いというべきか、幼女は神持ちだけあってダメージを負った様子はない。

 むしろ本来なら一般人の蹴り程度で倒れるようなことは無いはずだが、幼女は生活環境が劣悪なのか身体が弱っているように見受けられる。


 あの子の環境を思うと怒りが再燃しそうになるが、ここは気を静めて冷静にならなくてはいけない。

 暴力は良くないので、あの男を厳しく叱責するだけで我慢しておくとしよう。

 もしかしたら、相手が怒って暴力的反応を返してくるかも知れないが、その時は残念ながら仕方がない――正当防衛の成立だ!


明日も夜に投稿予定。

次回、四五話〔港での出会い〕

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