四三話 思い出の肩パッド
「ほ、本当にお迎えに上がらなくて宜しいんですか?」
「はい、どれくらい時間が掛かるか分からないですからね」
交易船は港に到着し、船長さんたちとの別れの時が訪れていた。
心なしか初対面時より船長さんが余所余所しくなったような気もするが……いや、ただの被害妄想だろう。
ちなみに船員の皆さんたちに関しては、気のせいではなく関係は悪化している。
航海中もそうだったが、荷下ろしをしている現在も僕たちに視線を向けないようにしているのが分かる。
恐れを知らぬ屈強な海の男とは思えないこの態度の原因は、言うまでもなく航海初日の肩パッド事件の影響によるものだ。
遠く離れた場所で陰口を叩いていた、という罪とも言えない罪で逆さ吊りにされた上、拘束された状態で魔獣だらけの海に落とされているわけである。
しかも救出された仲間には〔肩パッド〕が装備されているというオマケ付きだ。
救出後には場を和ます為に『肩パッド、似合ってますね!』と笑顔で褒めたのだが、引き攣った顔でお礼を言われるという反応が返ってきただけだ。
あの場の空気が重かったのは、もう一人の被害者の存在も大きかったのだろう。
もう一人の船員の頭部には、ヘビのような魔獣が噛みついていたのだ。
防御力の低そうなスキンヘッドに大きなヘビをぶら下げているという惨事だ。
なにしろ血流が多い頭部への攻撃である。
頭部の怪我は出血しやすいのでヘビ効果で大量出血となることは必然だ。
仲間の容態が危険ならば『わいがファッションリーダーや!』などと言っている場合ではない。
肩パッドどころか、ヘビが頭に乗っかって〔ちょんまげ〕のようになっていたが、カッコ良さを競っている余裕など無いのである。
彼は血を失い過ぎていたので、早急に治療する必要性があったのだ。
そう、彼は一刻を争う状態だったのだ――『一大事でござる!』
そして、治療こそ問題なく終えたのだが、肩パッド事件以降は船員さんたちとの関係が絶望的なものとなってしまったのだ。
僕たちが食堂を訪れるだけで会話が止まり、張り詰めた雰囲気が漂う有様だ。
うっかり失言したら肩パッドを強制装備させられるかのような緊迫感である。
僕らがオシャレを強制するような事をやるはずもないが、如何せん肩パッド事件のインパクトが強過ぎたのだろう。
航海中に親しげに接してくれたのは、厨房の料理人を除けば一人しかいない。
「アイス。私の船で働く気になったら声を掛けてくれたまえ」
誰あろう不動の副船長たるアオさんである。
最終的に天気予測の的中率は二割を切ってしまっているが、当のアオさんは悪びれもせずに堂々としたものだ。
部下から苦情が上がらないのかな? と、僕の方が心配になるくらいだ。
だが普段の仕事ぶりを見る限りでは、天気予測以外の事柄では優秀で面倒見が良い人なので、部下からは慕われているらしい。
「ありがとうございます。そのうち王都の僕の家にも遊びに来て下さいね」
「ほほう、私に挑戦するとは良い度胸だな。首を洗って待っているがいい」
何がどうなって挑戦するという話になっているのかは不明だが、僕らの会話が噛み合わないことは日常茶飯事なので気にしない。
そしてこのアオさん、僕が帰国した時には当然のような顔でクーデルン邸に住んでいそうな図太さがあるので少し心配だ。
帰国までにはクーデルン邸が完成していることは間違いないが、『アイスの部屋は私が使っているぞ』などと涼しい顔で言われかねない。
しかし……僕が親しくなる人間は奇天烈なタイプが多いような気がする。
レットは一般乗組員の人たちとは良好な関係を築いているが、アオさんのことは苦手そうにしている。
逆に僕の方は、今回の船旅で最も仲が良くなった人はアオさんだと断言出来る。
もちろん奇天烈で非常識な友人となれば、ルピィやフェニィたちも文句なしに該当することだろう。
類は友を呼ぶということなら分からなくもないが、常識人である僕の友人が非常識揃いとは実に不思議なことだ。
……いや、待てよ。
考えてみれば、今回の旅は良い機会かも知れない。
故郷の大陸ではミンチ王子などの悪い噂の影響もあって、僕に対して偏見意識を持つ人間が少なくなかった。
だが、この魔大陸では違う。
悪い噂が付きまとっていることはそれだけで大きなハンデとなっていたが、今の僕は背負っていた重荷から解放されている。
今回の旅は、まともな友人を大勢作る絶好のチャンスだ。
これは、僕個人だけの問題ではない。
朱に交われば赤くなる――周囲に非常識な人間ばかりが存在していると、正常な人間も非常識に染まってしまう恐れがあるのだが、その逆もまた然り。
常識的な友人を増やしていくことで、周囲の常識人比率を上げていくのだ。
この〔常識人希釈〕が上手くいけば、手の施しようがない仲間たちですらモラルを身に着ける日が到来するかも知れない。
ふふ……なんだか魔大陸旅行が楽しみになってきたなぁ。
おっと、船を離れる前に大事な事をするのを忘れるところだった。
僕は荷下ろしをしている船員さんを呼び止める。
僕が呼び止めた二人の船員さん。
彼らは他でもない、航海初日にルピィが酷い目に遭わせてしまった人たちだ。
「いやぁ、いつぞやは僕の仲間が失礼しました。ささやかなお詫びも兼ねて、今回の航海記念にコレをお受け取り下さい!」
そう、お詫びの品をプレゼントだ。
先の事件は彼らにも非があったにせよ、いくらなんでも陰口を言われたくらいで逆さ吊りにして魔獣に襲わせるのはやり過ぎだ。
そこで常識人の僕としては、非常識な仲間のアフターケアをするというわけだ。
本当は航海中に渡したかったが、僕が近付くだけで著しい動揺を見せていたので航海中は遠慮しておいたのだ。
足場がしっかりしている陸地ならば、彼らの精神も安定していることだろうという行き届いた配慮である。
「うっ……あ、ありがとうございます」
しかし船員さんの反応は優れない。
なんとか喉から声を絞り出しているかのようなお礼の声だ。
もしかして、プレゼントが気に入らなかったのだろうか……?
熟考に熟考を重ねた贈り物なので拒絶されるとは思えないのだが……。
高価な物を渡したら萎縮されるかも知れないということで、低予算で彼らが喜びそうな物をチョイスしたのだ。
そう、丹精込めて仕上げた僕の絵をプレゼントである。
絵の内容については彼らの好みが分からなかったので頭を悩ませたが、無難にそれぞれの自画像としている。
自分で言うのも烏滸がましいが、中々に格好良い絵だ。
船の帆先に片足を置いて水平線を見つめる船員さん。
そしてその肩には当然のように――――魚型肩パッド!
どことなく海賊団の船長みたいな雰囲気があって、ワイルド感溢れる逸品だ。
もう一人の船員さんには〔蛇型ちょんまげ〕を被せてある絵を渡している。
船旅中のお大尽という様相を呈しており、こちらもまた味のある絵だ。
旅の思い出を巧みに取り入れた力作なのだが、彼らの反応は想定より淡白なものなので少し悲しい気持ちは隠せない。
『大儀でござる!』のようなリアクションを期待していただけに肩透かしだ。
だが考えてみれば、自分の絵というのは照れる面もあるのかも知れない。
個人的には望ましくないのだが……僕の描いた絵は高値で取り引きされているという噂を聞いたことがあるので、最悪でも売りに出してもらえれば謝罪の品としての役割は果たしてくれることだろう。
しかし、一体どのような層が僕の絵を買い求めているのだろうか……?
僕が描く絵は一個人をモデルにしたものがほとんどなので、市場に出回っている絵の大半はその類が多いことになる。
レットのような有名人の絵ならともかく、他人の似顔絵を手に入れたところで扱いに困りそうなものである。
普段の様子からすると、ロールダム兄妹は僕の絵を購入しているのだろうか?
二人の家に遊びに行って〔ナスルさんの絵〕が飾られていたら嫌だな……。
ナスルさんが絵を売ったことが自動的に判明してしまう上に、兄妹がナスルさんの熱狂的な信奉者のような印象を受けてしまうものがある。
明日も夜に投稿予定。
次回、四四話〔見過ごせない光景〕