四一話 疑惑の予測
好物と公言するだけあって、満足そうにイカをついばんでいるアオさん。
そして不意に、思い出したような顔で気になる事を告げる。
「そういえば明日は嵐になるはずだからな。今日という日にイカを大量に確保出来たのは大きいぞ」
「それはひょっとして、〔空の加護〕による予測ですか?」
空の加護。空神のジェイさんのように空を飛び回るような派手な空術は使えないが、明日の天気が予測可能という船乗り向きの加護だ。
この船では、船長さんが乗持ちでアオさんが空持ちということなので、船員向きの加護持ちが二人も存在していることになる。
軍国初の交易船だけあって人材にも力を入れていることがよく分かる。
「その通りだアイス。私の天気予測は六割の的中率を誇る」
微妙……!
空の加護持ちは明日の天気がなんとなく分かると聞いてはいたが、思っていた以上に精度が低いぞ……。
果たして的中率が六割とは誇っていいものなのだろうか?
しかし、これほど誇らしげに言われてしまうと指摘することも難しい。
空気を読まない仲間たちでさえ何も言えないほどの自信過剰ぶりだ。
いや、謙遜しているだけで実際は八割くらいの的中率があるのかも知れない。
まだ判断するには早計というものだろう。
――――。
翌日は雲一つない快晴だった。
もちろん僕が天気についてアオさんへ言及するはずもない。
初めからアオさんは六割と言っていたのだから、天気予測が外れたところで不思議でもないのだ。
僕たちは昨日と同じように海で泳ぎ、やはり同じように食堂で船長さんたちとテーブルを囲む。
快晴の空に触れることなくイカフライを食べながら談笑していると――アオさんが自信たっぷりの顔で宣言する。
「嵐の前の静けさか。ふむ、明日は嵐が来るな」
またまたの嵐宣言である。
『明日は』というより、『明日こそは』と言った方が正しいと思ったが、空気の読める僕は何も言わない。
的中率が六割と考えれば、明日あたり本当に嵐が来るのかも知れない。
――――。
そして翌日も、雲一つない快晴だった。
ここで僕はある疑惑を抱く。
的中率の六割という数字は謙遜したものではなく、むしろサバを読んで盛っていたのではないかという疑惑だ。
その根拠の一つとなっているのが、船長さんの態度だ。
アオさんから嵐が起きると言われているのに、船長さんには動揺が見られない。
僕が話し掛けただけでも挙動不審になるような人なのに、嵐と聞いても『はぁ、そうですか』と気のない返事を返すだけだ。
だが、別に天気予測が外れたところで僕たちに実害があるわけでもない。
「空気が湿っている。明日は嵐か」
だからアオさんによる三度目の嵐宣言にも、イカと大根の煮物をつつきながら大らかな心で聞くのみだ。
天気予測を連続で外しているのに、アオさんの自信は全く揺らいでいない。
このメンタルの強さは正直羨ましいものがある。
むしろ船長さんの方が申し訳なさそうな顔をしているくらいだ。
――――。
そして翌日も、雲一つない快晴だった。
遂に三連続で外してしまった天気予測。
というより、僕は未だ予測が的中したところを見たことがない。
空の加護の存在価値が怪しくなるレベルではある。
だが晴れなら晴れで好都合ということで、本日は素潜り大会の開催だ。
最も深く潜った人間が優勝という催しだが、鍛錬の一環でもあるので他者への妨害が認められている点がポイントだ。
自分が深く潜るよりもライバルを蹴落とした方が効率的、という現代社会の縮図のような大会である。
そう、隙の多いアイファが開始十秒で失格になってしまうのも当然……!
僕が戻った時にはアイファが寂しそうに海面を漂っていたので罪悪感に襲われたのだが、これもアイファの成長の為だ。
だから開始早々にアイファへ攻撃を仕掛けたからといって、海上に出た僕に襲い掛かるようなことをしてはいけないのだ。
そして素潜り大会は――僕やルピィが争いを繰り広げているうちに、身体能力を活かしたフェニィが最大深度を叩き出して優勝している。
妨害工作を行っていないフェニィが優勝したわけなので、自身の行いを反省させられるという実りの多い大会に終わったと言えるだろう。
大会後には当然のように船が視界から消えていたので、またまた船まで泳ぐことになったのも自然な流れだ。
考えてみれば、船で進んだ距離より自分で泳いだ距離の方が長い気もする。
船に帰還して食堂でイカスミスパゲッティを食べていると、もはや恒例のように不敵な態度のアオさんが口を開く。
「なるほどな。明日は嵐か」
何がなるほどなのかは分からないが、アオさんは三連続で予測を外しているとは思えないほどの自信に満ちている。
居心地が悪そうな船長さんが消え入りそうな声で「す、すみません……」と詫びているのが不憫でならない。
船長さんが謝罪する必要性は皆無だが、しかしその日の食卓は普段とは違った。
「なにが『なるほど』だ! 全く当たってないのに偉そうな態度を取るんじゃない!」
アイファが食卓をドンと叩いてアオさんを責めたのだ。
素潜り大会では記録的速度で失格となっていたので、アイファはフラストレーションが溜まっていたのだろう。
だがアイファの言い分は分からなくもないが、看過するわけにはいかない。
天気予測が外れたからといってアオさんを叱責することは間違っている。
ここは僕の方からアオさんに謝罪すべきだ。
「すみませんアオさん。彼女は少し口が悪いところと少し残念なところはありますが、決して悪い子じゃないんです」
「おいアイスっ! 私のどこが残念だと言うのだ!」
僕のフォローにアイファは一瞬で激昂した。
いやはや、自覚が無いとは恐ろしいことである。
よし、ここは論より証拠だ。
僕はテーブルのナプキンを手に取り……彼女の口元に付いていたイカスミソースを拭ってあげることを答えとした。
無言のままナプキンで拭き拭きしてあげると、アイファは恥じ入るように顔を真っ赤にして「ぬぬぅ」と唸っている。
だが、これだけは言ってやりたい――恥ずかしいのは僕の方なのだ!
イカスミを口周りに付けたままアオさんを糾弾する姿は、これ以上無いほどにアイファの残念ぶりを露呈していたのである。
毛だらけで条件的に不利なはずのマカの方が行儀良く食べているくらいだ。
この仔猫ちゃんは相変わらず海に入ることなく甲板でぐうたらしていたので、僕としては褒めるわけにもいかないのだが。
海に雷撃が落ちると甚大な被害が出そうなので参加させづらいという事情もあるが、最近のマカは怠惰生活が板に付いてきている。
運動もしないで食事量は据え置きなのだからマカの健康が心配でならない。
それに、怠惰な存在を嫌うセレンがマカを見る眼差しは日に日に厳しくなっているのだ。
このままでは強制的に深海へ連行される日も遠くはないだろう……。
今もテーブルを叩いてお代わりを要求するマカに、セレンは冷たい視線を送っている……おや、なぜか僕が冷たい眼で見られている?
……いやそうか、分かったぞ。
特に意識はしていなかったが、またアイファを甘やかしてしまったからだ。
僕がセレンの口元を拭ってあげたことなどないのに、手の掛かる子供のようなアイファに対しては頻繁に世話を焼いてあげているのだ。
公平を期す為に、汚れていないセレンの口をフキフキしてあげても構わないのだが、それをやれば僕の骨がボキボキにされかねない。
まったく……平等という行為は難しいものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、四二話〔魔大陸〕