三八話 船上の海水浴
僕とレットは水着に着替えて甲板へ出る。
早く来すぎたせいか、女性陣はまだ着替え中のようだ。
しかし女性の着替えに時間が掛かるのは仕方ないが、甲板の船員たちから僕とレットに視線が集中しているので居心地が悪いものがある。
……魔獣ひしめく大海原で泳ごうというのだから、正気を疑うような目で見られるのも分からなくはないのだが。
ちなみに常識人であるレットも水着に着替えているが、これは自由な仲間たちを放置して船が沈む結果になることを危惧しているからだ。
レット本人が『アイスたちは放っておくとロクなことしねぇからな』と、失礼な発言をしていたので間違いない。
まったく嘆かわしいことだ……乗っていた船を沈めたことなんて一度しかないのに、僕たちは全く信頼されていないのだ。
しかし、僕が筆頭格みたいに言われているのはともかく、結果的にレットも一緒に泳ぐことになっているのだから悪くない流れだ。
レットを仲間外れにするわけにはいかないので、仲間たちと協力して強引に海へ引きずり込むというプランも検討していたのだ。
本人が自主的に参加を表明してくれたことには胸を撫で下ろす思いである。
マイペースなマカだけは甲板で寝そべって日向ぼっこをしているが、孤高のニャンコは海上生活を満喫しているらしいので構わない。
前回の海水浴でも砂浜で遊んでいたし、海で泳ぐことには関心が無いのだろう。
マカはお風呂の浴槽で泳ぐことは好きなので、海という危険な場所を回避しているという可能性もあるが……寛ぎきっている姿を見る限り、ダラけている方が好みであるようだ。
「――あれ、レット君も泳ぐんだ?」
ほどなくして、女性陣も甲板に現れた。
ルピィは開口一番に意外そうな声を出しているが、これは『なに、レット君のくせに泳ぐの?』とレットを否定しているわけではない。
レットは海水浴に否定的な空気を醸し出ていたので、ルピィは純粋に意外な感を受けているだけだろう。
「当たり前じゃないかルピィ。海と言えばレット、レットと言えば海だよ?」
もちろん僕は即座にレットを擁護する。
レットが『俺はいらない人間なんだ……』と誤解してしまったら大変なので親友として全肯定してあげるのだ。
親の心子知らずのように「ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ」とレットは文句を言っているが、見返りを求めているわけではないので気にしない。
「それにしても皆は相変わらず綺麗だね。目のやり場に困るとはこの事だよ」
そして当然、女性陣を褒めることも忘れない。
胸の内の感想を表に出すことは重要だ。
少し照れるものがあるのは否めないが、これしきの羞恥で仲間が喜んでくれるなら安いものだ。
そう――女性陣はそれぞれ異なる形ではあるが、一様に喜んでくれている。
分かりやすいルピィは「何言ってんのこの女ったらしは!」と罵倒しながら僕の背中をバンバン叩いているが、その顔はこの上なく嬉しそうだ。
いつも偉そうな態度のアイファは、意外にも素直に褒められることに弱い。
初めて水着をお披露目した時と同じく、顔を赤らめて俯いている。
うむ……以前と寸分違わぬ全く同じ反応だ。
もしかしたらアイファは過去の記憶が欠落しているのかも知れない。
少なくとも水着姿で槍を持参しているあたり、槍の重みで溺れかけた過去の失敗を忘れていることは明白である。
セレンは一見呆れているように見えるが、そこはかとなく満足げな様子だ。
僕がセレンを褒め称えると『そうですか』や『ありがとうございます』などの素っ気ない反応が返ってくることが多いが、セレンの表情が少し緩んでいることはお見通しなのだ。
フェニィは日差しが眩しくて目を細めているように見せかけておいて、実は照れているということが分かる。
模擬戦では、僕が光術で目くらましを図ってもフェニィに通じた試しはない。
光術が効かないのに、これしきの日差しでフェニィが動じるはずもないのだ。
見目麗しい仲間たちの水着姿は、甲板の船員たちにも注目されている。
仲間として誇らしくはあるが、複雑な気持ちを隠せないのが正直なところだ。
さすがに露骨にジロジロこちらを見るような人間は少ないものの、にやけた顔で仲間たちが見られるのはモヤモヤしてしまうのだ。
そして船員の中には、僕たちを恐れているようにこちらに視線を向けない人たちもいたが…………結果的に彼らは正しかった。
「ボクに喧嘩を売るなんて良い度胸じゃないの」
女性陣を見ながらニヤニヤと何かを話していた男たち。
その男たちに無法者のルピィが絡み始めてしまったのだ。
笑顔のルピィからは言い知れぬ迫力を感じるので、彼らが逆鱗に触れてしまったことは間違いない。
おそらくは……彼女のスレンダー過ぎるボディに言及してしまったのだろう。
件の男二人は蒼白な顔になって弁明しているが、ルピィに下手な言い訳が通じるはずもない。
体格が大きいとは言えないルピィに屈強な船員たちが恐れおののいているわけだが、僕たちの評判は広く知れ渡っているので彼らが怯えるのも当然だ。
周囲を見れば、他の船員たちは仲間を助けるどころか目を逸らしている。
目が合っただけで絡まれそうな空気なので、妥当な判断だと言わざるを得ない。
もちろん僕も――当然のように視線を逸らしている!
彼らの自業自得であるようだし、いくらルピィでも船員を殺害したりはしないだろう……多分。
明日も夜に投稿予定。
次回、三九話〔制裁の格差社会〕