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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 最強の神獣
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三四話 動き出した悪意

 先日、ケアリィ一行は慌ただしく帰国してしまった。

 もう少し軍国を案内したかったのだが、あれで聖女という立場は忙しいようなので仕方がない。


 姉妹たちも石像を運びながら馬車についていったが、途中で『重い!』とレット像が捨てられないことを願うばかりである。


 ルージィたちは軍国を気に入ってくれた様子だったので『将来はルージィたちも軍国に住むのはどうかな?』と誘ってみたら、彼女たちは激しく動揺しながらも強くは拒絶しなかった。


 もしも移住が実現した暁には、またしても聖女の護衛を引き抜くことになってしまうのだが……本人たちの希望であるならケアリィも納得してくれるはずだろう。

 ケアリィは僕への殺意が強いことを除けば善良な子ではあるのだ。


 そして聖女一行と入れ替わりで――レットの母親であるシークおばさんが王都を訪れて、裁定神御殿での生活を始めている。

 おばさんとは手紙のやり取りはしていたが、直接会うのは約三年ぶりだ。


 僕だけではなく、僕の父さんにとってもシークおばさんの存在は大きい。

 不可抗力とはいえ……父さんはシークおばさんの夫であったバズルおじさんの命を奪っているし、その後は僕とセレンの面倒まで見てもらっていることになる。


 感情が読みづらい父さんではあるが、シークおばさんへの『世話になった』という言葉には万感の思いが込められていた。

 おばさんは笑顔で『いいのよ』と一言で片付けてしまったが、クーデルン家の一員としてはただただ感謝するばかりだ。


 そしてもちろん、僕の仲間たちのこともシークおばさんに紹介している。

 おばさんは『話には聞いてたけど、アイス君の周りは可愛い子ばかりだねぇ』などと言っていたので、どこから聞いた話なのかと思えば――おばさんが住んでいる山奥の村でも、僕がハーレムを形成しているという噂が流れているらしい。


 実を言えば、現在建築中のクーデルン邸の設計図には〔仲間たちの部屋〕が記載されているので、噂を助長することになりかねない恐れがある。

 家長の父さんが見守る中でクーデルン邸の構想について協議していると、当然のように『ここはボクの部屋ね!』などと主張が始まり、あれよあれよと言う間に仲間たちとの共同生活が決定してしまったのだ。


 着々とハーレムの既成事実化が進んでいることが気掛かりだが、仲間たちが嬉しそうに部屋割りを決めている中で拒絶することなど出来るはずもない。

 もちろん仲間たちの同居に父さんが反対の声を上げるはずもなく、意外なことにセレンも黙認していた。

 皆が心を躍らせているなら、妙な噂が広がる程度は許容すべきだろう。


 ちなみにシークおばさんには、入れ違いで帰国していったケアリィについても『レットは聖女のお気に入りなんですよ』と報告済みだ。


 将来的にレットとケアリィの関係がどうなるのかは分からないが、二人が結ばれる可能性はゼロではない。

 つまりケアリィがおばさんの〔義娘〕になる可能性があるのだ。

 万が一を想定して事前に母親へ報告しておくことは当然の義務だろう。


 仮にレットが他の女性を選んだとしても、聖女と無関係ではいられない。

 ケアリィならば逆恨みで刺客を送り込んできても不思議ではないので、レットの新妻を守るべく心構えをしておく必要があるのだ。 

 ……なぜか八つ当たりで僕に刺客が送り込まれる気がするが。


 シークおばさんは聖女と会えなかったことを残念がっていたが、あのケアリィなら理由を付けて何度でも軍国にやって来るはずなので、これから先にいくらでも対面の機会はあるはずだろう。


 ――――。


 僕たちの帰国から十ヶ月が経過して、心配していたレオーゼさんの軍国での生活も安定しつつある。

 そろそろ魔大陸に旅立つ時ではないか? と思案しながらも、居心地の良い生活に後ろ髪を引かれる毎日だ。


 その日も、僕は仲間と一緒に街を歩いていた。


 王都民から敬遠されていたジーレやシーレイさんも最近は大人しくしている。

 以前とは違い、一緒に歩いていても人々が血相を変えて逃げ出すことはない。

 ……そもそも王女や軍団長の顔を見て逃げ出す状態が異常だったのだが。


 昼食を取ったらクーデルン邸の建築現場にでも向かおうかな、と僕が呑気に考えながら歩いていると――――ルピィが異変に気付く。


「アイス君、イヤな感じがするよ」


 もちろん『アイス君ってイヤな感じ!』と罵倒されているわけではない。

 ルピィの顔はいつになく真剣なものだ。

 彼女が真面目に注意を促してくれていることは明らかだ。


 賑やかな大通りは平和そのものだが、ルピィが何かを感じ取ったということなら油断するわけにはいかない。

 ルピィに詳細を聞いても「なんとなくイヤな感じ」としか返ってこないが、おそらくは無自覚で得ている情報により異常を察したのだろう。


「うん。それじゃあ、気を付けて先に進もうか」


 この先に良くないモノがあるとしても、それを避けて通るわけにはいかない。

 王都に危険が存在するなら、戦力的余裕がある僕が率先して取り除くべきだ。


 それにルピィの真似をするわけではないが……なんとなく、僕に関わりがあるトラブルのような気がしてならない。


 仲間たちも前進に同意してくれたので、僕らは普段通りに大通りを進んでいく。

 この場にレットがいたら慎重論を唱えたかも知れないが、今日は好戦的な女性陣しかいないので退くという意見が出てくるはずもない。


 しばらく歩を進めてみても、街の様子に異常は感じられない。

 街の人々からの挨拶に笑顔で応えながら、僕は全方位に意識を向けながら歩く。


 そして――()()を見つけた。


 正確に言えば、それは見えない。

 見えないが〔視える〕というのが正しい表現だ。


 現に僕以外の誰もそれに気が付いていない。

 王都民はもとより、警戒しながら歩いているはずの仲間たちでも気が付いていない……いや、セレンは気が付いたようだ。


 僕は仲間たちだけに聞こえる声で警鐘を鳴らす。


「左前方四十メートル、壁の前に()()()()()()()。要警戒で」


 そこには人間が一人存在した。

 壁の前には身を隠すような物は無いが、間違いなく人間が隠れている。


 僕が小声で警戒を伝えた意を汲んでくれたらしく、仲間たちは視線を向けることなく対象を確認しようとしているが、やはり見えていないらしい。

 しかしそれも無理からぬことだ。


 僕も自分の眼で視ていて違和感が凄まじい。

 僕には人間をかたどった魔力の塊が視えている。

 だが逆に言えば、()()()()しか視えていない。



 顔も分からなければ生物としての気配もない。

 視えてはいるのに魔力の気配も皆無だ。……ルピィは何を感知してこの存在を察したのか不思議なくらいだ。

 おそらくは魔術の類だろうが、このような魔術は過去に見聞きした例がない。


 しかもこの潜伏者は魔力量から察するに、()()()だ。

 自身を透明にする術だと仮定すると〔透神〕の透術だろうか?

 ……そんな術が存在するかどうかも不明なので憶測の域を出ないが。


 そしてこの状況での最大の問題は――潜伏者の目的は何か、ということだ。

 天下の往来で神持ちが隠れ潜んでいるわけである。

 何か良からぬ企みがあるのでは、と勘ぐってしまうのは当然だ。


 だが、ここで対応を誤ってはいけない。

 問答無用で先制攻撃を仕掛けた挙句――『隠れて人間観察をするのが趣味の善良な人間だったのに!』なんて結果になってしまったら目も当てられない。


 街中で気配を殺して潜んでいる人間が善良であるかはともかくとして、まずは相手の意図を確かめる必要がある。

 下手に刺激して往来で暴れられても困るので、とりあえずは気が付かないフリをしてやり過ごそうというわけだ。


 さりげなく僕が先行する形で歩いて近付いていくが、対象に変化は無い。

 しかし、僕が潜伏者の目の前を通過した直後――――空間から矢が現れた。


 厳密に言えば、空間から矢が現れたというのは僕の推測だ。

 僕が通り過ぎた状態からの攻撃であり、矢が現出する瞬間が視認できなかった。


 無論、最大限に警戒していたので死角からの攻撃であっても問題は無い。

 僕は前を向いたまま、後頭部に飛来する矢をパシッと掴む。

 まったく……声も掛けずに狙撃してくるとは酷い人間もいたものだ。


 もっとも、無粋な暗殺者は既にその報いを受けている。


 矢が見えた瞬間にルピィは動いていたのだろう。

 僕が矢を掴んでから数瞬後には、『ズドン!』と爆発音が響いていた。

 矢の飛んできた方向に視線を向けると――全身が穴だらけになった男が壁に打ちつけられている。


 なるほど……見えない敵を仕留める為に、()()()()()()()()()()()()

 点ではなく面での攻撃をすることで、標的を確実に仕留めているというわけだ。

 襲撃者の身体を突き抜けて壁にまで穴が開いていることから、対象が即死しているのは疑いようがない。


 完全に気配が無かったので物理攻撃が効かない可能性も考えていたが、この無残な死体を見る限りではそんな事は無かったらしい。

 もしかしたら、敵が攻撃した瞬間だけ物理干渉が可能になっていたのかも知れないが、攻撃とほぼ同時に迎撃しているので防ぐ術はなかったはずだ。


 しかし、これはまずい。

 この死体を見る限りでは、放っておくと不都合が生じる可能性がある。

 僕が今後の懸念を抱き始めた直後――「えいっ!」と、元気な声が響いた。


 ――ぐちゃっ!


 おぉぅ、もう完全に死体となっていたのに、死体蹴りならぬ死体潰しが発動してしまった……!

 おそらく敵の攻撃を確認した直後には、ジーレも重術を発動していたのだろう。


 ルピィの投擲があまりにも早過ぎたが故に、ジーレの重術が一手遅れてこのような結果になったというわけだ。

 想定外のオーバーキルではあるが――――これは僥倖だ。


 襲撃者の死体が跡形もなくミンチになったのは好都合という他ない。

 もちろん『ミンチ最高ぅー!』という猟奇的な意味で喜んでいるわけではない。


 僕が好都合だと判断しているのは他でもない。

 この襲撃者の死体を人目に触れさせたくなかったからだ。

 なにしろこの男の指は――〔六本〕あったのだ。


 神持ちで異形の肉体を持っているとなれば、この襲撃者は〔魔大陸の出身〕だと考えるのが妥当だろう。

 しかし、魔大陸の神持ちが暗殺を目論んだという噂が広がるのはまずい。


 なにしろ魔大陸出身の神持ちは極めて珍しい存在だ。

 そう――調神のレオーゼさんと同郷の者が犯行に及んだとなると、彼女にまで嫌疑がかけられる恐れがある。


 僕やレオーゼさん本人が無関係を主張したとしても、レオーゼさんを色眼鏡で見る人間が出てくる可能性は否定できないのだ。


 だが男の死体はあっという間にミンチになったので、男の身体が異形であったことに気が付いた人間はいないはずだ。

 ジーレは意識していなかっただろうが、結果的には見事な証拠隠滅となった。


 なにしろこの場にはミンチ死体が残っているのみだ。

 この惨状からでは、身体が異形だったことを判別するどころではない。

 これでは男女の判別すらできない――ある意味ルピィのようじゃないか……!


明日も夜に投稿予定。

次回、三五話〔誕生する俳人〕

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