三三話 破壊する親友
裁定神御殿の落成式から数日。
レット会いたさに無理のあるスケジュールを組んでいたのか、聖女一行は早くも帰国の日を迎えた。
今は屋敷に馬車を駐めて、聖女一行の下働きの人たちが荷物を積み込んでいる。
数日間の滞在でしかなかったが、旅の道中で必要なのか大量の荷物だ。
その荷運びの光景はレット邸の家財を根こそぎ奪っているかのようである。
ちなみにケアリィは、軍国の王であるナスルさんの元へは訪れていない。
これは彼女が非礼であるというよりは、聖女として政治的な事柄に関わりたくないからのようだ。
教国でも象徴的立場ではあっても国家運営には関わっていない立場なので、今回も〔友人の元を訪れただけ〕というスタンスを崩さないのだろう。
レットの仕事ぶりを観覧する為に王城を訪れてはいても、王城の主であるナスルさんには会わないという徹底ぶりだ。
国に関わりたくないのに王城を訪れているのはどうなのだろう? と思わなくもないが、レットの活躍を見たいのであれば仕方ない。
なにしろ――僕だってレットの活躍を見たいのだ!
聖女を案内するという名目で、僕たちも練兵場を訪れてしまうのも当然である。
もちろん僕たち一行には、軍団長であるシーレイさんも混じっていた。
レットに仕事を代行させておいて、シーレイさんがそれを観覧しているという点には道義的問題を感じなくもないが、ご機嫌な彼女に『本来はシーレイさんの仕事ですよ』と正論を言えるはずもない。
最近のレットはシーレイさんの後任の育成に力を注いでいるので、近い内にシーレイさんが軍団長の座を退く日もやってくることだろう。
……レットが後任の育成をするという事に疑問を抱いてはいけないのだ。
レットが稽古をつけている姿にはケアリィもご満悦だったので、結果的にこの状況は悪くなかったはずだ。
――――。
「ケアリィ、軍国来訪の記念にお土産があるんだ」
「いいでしょう。わたくしに見せてみなさい」
帰国準備に追われている聖女一行だが、お土産に渡しておきたいものがある。
僕の言葉に珍しくケアリィが素直な応えを返しているが、これは過去の実績のおかげだろう。
以前、僕が教国を訪れた際にプレゼントした〔レットの絵〕は大好評だったので、今回もケアリィは期待してくれているのだ。
ふふ……友人の期待に応えてみせようではないか。
僕はレット邸の小屋に秘蔵しておいた〔ある物〕を庭に運び出す。
馬車に荷物を積み込んでいた人たちも興味を引かれたように足を止めている。
彼らが気になるのも当然だ。
僕が運び出した物は、梱包されて中身は見えないが二メートル近くもある。
華々しくお披露目するべく梱包を解いていくと、周囲から期待と好奇の熱が伝わってくる。
なぜかレットだけが不安そうな顔をしているが、これを一目見れば喜色に変わることだろう。
「それじゃあいくよ――ジャジャジャーン!」
剥がされたシートから登場したのは、皆さん期待通りのレット!
そう、これはレットの石像だ……!
裁定神御殿の建築と平行して、僕は毎日これをコツコツと彫っていた。
都合良くフェニィたちが小屋を作ってくれたので、サプライズの為に隠れて製作するにはもってこいの環境だったのだ。
そう考えてみると、使い道がないと思っていた庭の小屋もアトリエとして利用価値があるのかも知れない。……一軒ならともかく三軒もあるのだが。
しかし旅のお土産で石像を貰えるなんてことは中々珍しいはずだ。
これは我ながら卓抜したセンスだと言わざるを得ないだろう。
そして、このレット像に誰よりも早く反応したのは当の本人だ。
「アイス! お前また勝手に変なもん造りやがったな!!」
おかしい、レットが怒っているように見えるぞ。
渾身の力作だと自負しているので怒られる要因はないはずなのだが……?
実在の人物をモデルにした作品において、最も重要な事も抑えてある。
その重要な事とは言うまでもなく――――〔顔〕だ。
体型やポーズよりなによりも、この手の像は顔の造りが全てだ。
このレット像はその点では完璧だ。
目立たせる為に体格は本人より一回り大きく造ってしまったが、顔の造りに関しては、本人と遜色ないほどに厳めしく彫りの深い顔をしている。
両腕を組んで荘厳と立つその姿は、まるで人気飲食店の頑固店長のよう――『てやんでぇ! 冷める前にとっとと食いやがれぃ!』
これだけの完成度を誇る作品なのにレットは何が不満なのか?
飲食店を営む店主ならば、大金を積んででも欲しがるほどの逸品だ。
まるでレットが店長を務めているかのような誤解を招く恐れはあるのだが。
……いや、待てよ。
これは逆だ。完成度が高過ぎたのがいけなかったのだ。
そう、お土産に渡すのではなく――手元に置いておきたくなったに違いない!
「レットの気持ちは分かってるよ。僕だって〔レットの兄〕のように思ってる像だからね」
「違ぇよ! 勝手に俺の兄弟を捏造するんじゃねぇ!」
素直になれないレットの真意は分かっている。
一回り大きいレット像を他人のように思えないでいるのだ。
しかし遠慮などする必要はない。
恥ずかしがらずに『ラット兄さん!』と呼んでほしい……!
「お待ちくださいレット様。これだけの物を無為にしてしまうには惜しまれます。わたくしが責任を持って大聖堂に展示いたしましょう」
まさかのケアリィからの助け舟だ。
大層な事を言ってはいるが、レット像を欲しがっているだけなのは明白である。
だがしかし、これは素晴らしい提案だ。
大聖堂には外来客が多く訪れるが、そんな場所にレット像が飾られていれば〔教国で偉業を成し遂げた人物〕であるかのように知らしめることが出来る。
教国の歴史コーナーにでも展示してもらうのが望ましいところだ。
そうすれば、教国の建国王として誤認させることも夢ではない……!
「い、いや、しかし……」
物欲に支配されたケアリィの勢いにはレットも困窮している。
レットは女性からの押しに弱いので陥落するのも時間の問題だろう。
そしてもちろん――その予想は外れなかった。
観念したレットは妥協の声を絞り出す。
「……目立たない場所に置いてほしい」
「はい、自室に置きますわ!」
僕としてはドーンと目立つ場所に設置してほしかったところだが、レット本人の要望ならば致し方無い。
しかし、巨大な石像を自室に置くのか……。
そうなると居住スペースを著しく圧迫しそうだが良いのだろうか?
しかも腕を組んだ厳めしい石像である。
自室にそんな物があれば精神的にも圧迫感を受けそうだ。
いや、ケアリィは人並み外れた図太い神経を持っているので問題は無いのかも知れない。
「ケアリィが喜んでくれて嬉しいよ。――あの馬車に運び入れれば良いのかな?」
重い石像なので気を利かせて僕が運んであげようというわけだ。
ケアリィの「作品に罪はありませんわ」という引っ掛かる言葉を背中に、僕は石像を持ち上げる。
まるで僕には罪があるような言い方をされてしまっているが、彼女の口が悪いのはいつもの事なので気にしない。
そして、僕が石像を車内に置くと――バキバキッ、と馬車が悲鳴を上げた!
なんてことだ、石像の重さに耐えかねて床を貫通してしまった……。
そう、暴れん坊なレットが馬車を破壊している……!
三トンはある石像なので、馬車で運ぶには文字通り荷が重かったようだ。
僕は重術で軽くして運んでいたから気にならなかったが、冷静に考えてみれば荷を引く馬にとっても重労働だ。
うむ……旅のお土産に石像が選ばれない理由を発見してしまった。
「お、お前、こんなのどうやって運んでたんだ!?」
ルージィが馬車の床を貫いている石像を持ち上げようとしているが、想定以上の重さなのか石像を動かせずに苦戦している。
僕は重術を行使して軽々と運んでいたのでハリボテだと勘違いしていたようだ。
頑固店主と化したレットは強情だ――『俺はこの場から一歩も動かん!』
だがこれは困ったことになった。
馬車の底が抜けるほどの重量ともなると、教国まで持ち帰ることは困難だ。
残念ではあるが、石像のお土産は諦めてもらうしかないだろう。
ケアリィも同様の結論に達したのか、「仕方ありませんわね……」と嘆いて諦めようとしている。
「――ルージィ、ロージィ。教国まで二人で運びなさい」
なっ!? ば、ばかな……!?
諦めるかと思いきや、護衛姉妹を荷運び人に任命している!
ここから教国までどれだけ距離があると思っているのか。
パワハラ聖女の本領、ここに極まれり……!
「ま、待ってよケアリィ。きみが非常識なのは今に始まったことじゃないけど、それはさすがにどうかと思うよ」
「お黙りなさい慮外者っ!」
やんわりと友人の暴挙を諫めようとしたものの、聞く耳持たずで痛烈な罵声を浴びせかけられてしまった。
しかし、これはまずいぞ……。
これではまるで、僕が姉妹たちに嫌がらせをしたような恰好だ……!
このままでは間接的に僕が恨まれてしまう事になる。
帰国の道中、重さに耐えかねる度に『あいつのせいで……』となるのも必定だ。
これは恐ろしい……離れた場所にいるのにヘイトを稼げてしまうではないか。
しかし、僕が尚も姉妹たちを庇おうとすると――ルージィが僕らの間に入る。
「だ、大丈夫だ。私とロージィの丁度良いトレーニングになるからな」
「えぃ!?」
僕たちの言い争いを見かねたように、ルージィがお持ち帰りを宣言した。
姉の決意表明にロージィも『えいえい、おー!』と声を上げて応えている。
その顔が困惑しているように見えるのは気のせいだろう。
たしかに戦闘系の神持ちである二人なら不可能なことではない。
仕方ない……ここは二人の意思を汲んで声援で送り出すしかあるまい。
しかし話が纏まりかけたところで、石像のように黙っていた男が口を挟む。
「待ってく……」
「レット!」
僕は手を上げてレットを制止した。
レットは苦境に挑もうとしている姉妹を助けようとしたのだろうが、ここでレットが姉妹を庇う発言をすると最悪の結果を招きかねない。
この親友は人の心というものを甘く考えている。
レットが姉妹たちに味方する発言をしてしまったら、ケアリィが『あの小娘、わたくしのレット様に色目を使ってますわ!』と気分を害してしまうことになる。
そんな事態になれば大変だ。
教国への帰国後には、姉妹たちに受難が待ち受けることだろう。
そう、姉妹を守る人間がいなくなったところで――『サービス残業を強制してやりますわ!』と、得意のパワハラに励んでしまうこと間違い無し……!
第二部【再会に次ぐ再会】終了。
明日からは第三部【最強の神獣】の開始となります。
次回、三四話〔動き出した悪意〕