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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 再会に次ぐ再会

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三二話 回復してしまう混沌

 落成式を終えた後、ケアリィ一行は当然のように裁定神御殿への滞在を決めた。


 本来なら家具の揃っていない新築の家よりも王城に泊まるべきところだが、聖女当人の希望となれば異議の声を上げられるものはいない。

 裁定神御殿が国賓用のゲストハウスのようになりつつあるのが心配なので、僕や仲間たちも当然のようにレット邸に宿泊だ。


 女性陣は自分で庭に建てた小屋に泊まることを希望するかと思っていたが、彼女たちは迷わず本邸の客室へと向かった。……小屋の存在意義が分からなくなるばかりだ。


 しかしこれは、僕にとって好都合な展開ではある。

 ちょうど個人的に聖女へお願いしたいことがあるが、レット邸に宿泊が決まってケアリィは見るからに上機嫌だ。

 これほど高揚した精神状態なら、怨敵扱いとなっている僕の言葉でも聞いてくれるはずだろう。 


 もちろん依頼内容は言うまでもない。

 軍国の治癒士が(さじ)を投げた――ロブさんの言語障害についてだ。


 過去の模擬戦での事故により後遺症を残してしまったロブさん。

 その事故原因の一端を担っている僕としては、この千載一遇の機会を見逃すわけにはいかない。


 今の僕は軍国随一の治癒士になっている自負がある。

 だが、その僕であってもロブさんの治療には未だ成功していない。

 時々マッサージついでに治療術を行使しているのだが、いつも終わった後には『アリガトヨ!』と言われて、お礼を言われた満足感と治療に失敗した失望感に襲われているのだ。


 だがしかし、〔治癒神の加護〕を持つケアリィなら快癒の可能性がある。

 単純に治癒術の才能だけで言えば大陸最高峰であることは間違いない。


 そして、ケアリィへの治療依頼ならレットに仲介してもらうのが確実だが……僕は最初から親友の力を借りるような真似はしない。

 事の経緯を鑑みれば、まずは僕の方から話を通すのが筋というものである。


 覚悟を決めた僕は客室へと(おもむ)く。

 部屋の中には、ケアリィとレットの二人だけだ。


 僕の訪問にレットは安堵した顔を見せるが、ケアリィは忌々しそうな顔だ。

 二人きりになる為に護衛姉妹を追い出していたくらいなので、完全に僕は邪魔者扱いのようだ。


 幸先は微妙だが、彼女に敵対視されているのは平常通りだ。

 憎しみのこもった視線なんかに僕は挫けたりしない。


 僕は腹をくくり、ケアリィに精神誠意を尽くしてお願いをする――


「――貴方の不始末をわたくしに処理させようと言うのですか? 身の程を知りなさい慮外者!」


 もちろん僕のお願いは一刀両断だ……!

 ケアリィの言に一理あるのは確かだが、しかしここで諦めるわけにはいかない。


 依頼料として大金を提示しても動くようなケアリィではないので、プライドを捨てて最終手段に打って出るしかないだろう。


「ロブさんの為に、レットからも言ってあげてよ」


 そう、レットだ!

 僕一人では火力が足りないのならレットに援護射撃をしてもらえばいい。

 小石のような僕の火力に対して砲弾のようなレットの火力となるが、援護射撃には変わりがない。


 もちろん、レットが人倫(じんりん)(のっと)った救援要請を断ることなどあり得ない。


「ケアリィさん。俺からも頼む」

「お任せ下さいレット様!」


 うむ、分かってはいたが二つ返事である。

 この一連の流れで無駄に僕の心が傷付けられただけのような気もするが、これは通すべき筋なので受け止めるべきだろう……。


 ――――。


「ッタク……アイスハ、ゴウインダゼ」

「まぁまぁロブさん。せっかく聖女が軍国に来てるんですから」


 僕は気乗りしていないロブさんを連れて、ケアリィの客室へと向かっていた。


 聖女来訪から翌日。

 ケアリィによる治療の約束を取り付けたわけなので、矢も楯もたまらずロブさんを連れ出してきたのだ。

 本人は『オレニ、ワルイトコナンザ、ネエゼ』と自己申告していたが、僕の熱心な説得によりケアリィの治療を受けることを承諾してもらっている。


 以前からロブさんに聖女の治療を受けてもらうことを目論んではいたが、自覚症状の無いロブさんを教国まで治療に連れていくのは難しかった。


 だが現在は、聖女の方から軍国を訪れている。

 この降って湧いたような好機を見過ごす僕ではない。


「――オマエガ、セイジョカ」

「なんですのこの野卑な男は。慮外者の関係者だけあって礼節の欠片もありませんわね」


 礼儀知らずなケアリィが自分を棚に上げてロブさんを侮辱している。

 一般の人々は聖女という存在を敬う傾向があるが、神持ちともなれば聖女を歯牙にもかけない人間が多い。


 もちろんそれはロブさんも例外ではない。

 自分と同じ〔神持ち〕なのだから、特別に扱う必要は無いということだ。


 むしろ年下の女の子が高慢な態度を取っているわけなのだから、ロブさんからすれば『ナンダコイツ』となるくらいだ。

 一方のケアリィは聖女を敬わない人間には不快感を覚える傾向がある上に、僕の友人ということでマイナス補正が激しい。


 ここは共通の友人である僕が間に入るしかあるまい。


「ロブさん、彼女の非礼は許してあげてください。ケアリィは常識を知らぬままに育った子というだけで、その本質は悪い子ではないんです」

「お黙りなさい慮外者っ! 貴方に非常識呼ばわりされるほどの屈辱はありませんわ!」


 僕のフォローは一蹴(いっしゅう)されてしまった。

 ケアリィの心無い発言によって『悪い子ではない』という僕の言葉に説得力が無くなっている……。


 これは良くない雰囲気だ。

 心の広いロブさんでさえ眉を(ひそ)めているし、ケアリィも心を込めて治療してくれるような態度ではない。


 ここは最終兵器の出番だ。

 照準良し――レット砲、発射!


「ケアリィはロブさんに対して失礼過ぎると思わないか? レットからも一言言ってやってよ」


 僕の言葉に間違いはない。

 仮にも年長者であるロブさんに対して、ケアリィの態度は無礼そのものだ。

 公平さを重んじる僕の親友ならビシッと言い聞かしてくれることだろう。


「ケアリィさん……」

「も、申し訳ありませんレット様……」


 さすがは最終兵器レット砲。

 本当に一言だけで傲岸不遜なケアリィを反省の渦に叩き込んでしまった。


 レットの言葉にケアリィはすっかり反省して落ち込んでいる。

 よしよし、ここは僕が明るく話題を流してあげよう。


「なぁに、反省してくれればそれで良いんだよ。はははっ、あーはっはっはっ!」


 寛大な心で非礼を許しつつ、爽やかに笑って場を明るくしようというわけだ。

 もちろん、僕の気の利いたフォローの効果は抜群だ。


 ケアリィも僕に流されて笑いそうになっているのだろう、歯が砕けそうなほどに歯を食いしばり「ぎぎぎ……」と不気味な音を発している。

 見ようによっては怒り狂っているようにも見えるが、僕は友人の心情を誤解したりはしないのだ。


「アイス、お前はもう黙ってろよ……」


 ふむ、レットから『ここは黙って治療に専念させてやろうぜ』と言われたからには黙っているとしよう。


 僕が口を閉ざすと、ケアリィが気を落ち着けて治癒術の行使を始める。

 ロブさんも静かに身を委ね、しばらくすると……ケアリィが息を吐いてから治療の終わりを告げた。


「終わりましたわ、レット様」


 治療対象のロブさんではなく、レットに向かって治療完了を伝えるケアリィ。

 レットに笑顔を向けた直後には、僕の方へ見下したような視線を送ってくる。


 この態度から察すると、僕に治せなかった患者を治療出来たということで『ワタクシ、オマエヨリ、ウエ!』と、勝ち誇っているようだ。

 ……彼女が治癒術の腕を磨いていた理由を考えれば自然な反応と言えるだろう。


 病人の治療を行うことで治癒術の練度を高めていたケアリィ。

 だが本人は〔レットの役に立つ為〕だと放言していたものの、その動機の発端となっているのが僕の存在なのだ。


 かつてのケアリィは治癒神持ちでありながら治癒術をまともに行使したことがなく、僕よりも治癒術の技量で劣っていた。

 そこで僕は彼女を発奮させる為に『おや、レット。怪我をしているじゃないか。よし、ケアリィより治癒術が上手な僕に任せてよ』と煽っていたのだ……!


 友人を煽るのは心苦しいのだが、彼女の成長を思えばこそ憎まれ役を買って出たわけだ。

 結果的にケアリィが立派な聖女に成長してくれたことを思えば、僕が殺意を向けられることなど軽いものである。


 そして、ロブさんが晴れ晴れとした顔で口を開く――


「――オゥ、スッキリシタゼ!」


 治っていない……!?

 ば、ばかな……ケアリィが自信満々な様子だったから成功したと思っていたが、予想に反して全く変わっていないではないか。


 ロブさんはスッキリと言っているが僕のモヤモヤは溜まるばかりだ……!

 なにしろ治ってもいないのに、ケアリィから『わたくしと貴方では格が違いましてよ』と言わんばかりの見下された目で見られてしまったのだ。

 これでは〔蔑まれ損〕も甚だしい!


 まったく、とんだインチキ聖女じゃないか……!

 ……いやいや、駄目だ。そんな考えは良くない。


 こちらが治療を依頼した側なのだ。

 失敗したからといってインチキ呼ばわりしてはいけない。


 それに、スッキリしないスッキリ発言にはケアリィも唖然とした様子でいる。

 おそらく彼女にとっても想定外の結果なのだろう。


「ヤルジャネカ、ジョウチャン」

「と、当然ですわ」


 ロブさんの称賛の声に対しても、ケアリィの声には戸惑いが混じっている。

 むしろこの結果で『当然』と言えるケアリィの神経の太さに感服である。


 しかし、本当にどういうわけなんだろう……?

 プライドの高いケアリィが成功の確信も無いのに威張っていたとは思えない。

 このように、結果が失敗に終わった時には赤っ恥となってしまうのだ。


 そしてなにより、ロブさん本人もスッキリしたと言っている。

 つまり……これは、本当に成功しているのではないだろうか?


 ロブさんが片言のままなのは言語障害が治ってないからではなく〔クセになっている〕からではないか、ということだ。

 かれこれ一年近くは片言で過ごしていたのだから可能性はある。


 そう、大陸最高峰の治療を受けて治らないわけがない。

 これは決して、僕がそう思いたいからそう主張をしているわけではない!


「ありがとうケアリィ、きみならやってくれると信じてたよ!」


 僕が手放しで褒め称えると――なぜかケアリィから睨みつけられた。

 おかしいな、まるで僕がケアリィに皮肉を言ったかのような反応だ。


 レットまでもが『えっ』と言いたげな複雑な顔をしている。

 ロブさんは完全に復調したというのに、まったくもって不可解な二人である。


 いや、二人のことよりも今はロブさんだ。


「それではロブさん、お祝いということで今夜は宴会といきましょう。僕が腕によりをかけて晩ご飯を作りますよ!」

「ソイツァイイナ!」


 完治祝いの提案にはロブさんも大乗り気だ。

 先日の落成記念パーティーにはロブさんは不参加だったので、埋め合わせの意味でも連日の宴会は名案だと言えるだろう。


「そうと決まれば、僕と一緒に買い出しに行きませんか? 今夜はロブさんの好きな物を何でも作りますよ」

「ソハオハニガナ!」


 ロブさんが嬉しそうだから僕も嬉しいなぁ……。

 よぉし、今夜はソハオハニガナで決まりだ……!!


明日の投稿で第二部は終了となります。

次回、三三話〔破壊する親友〕

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