三一話 加速する勘違い
「レット様。庭に三軒も小屋がありますが、あれは何の為に設けられているのですか?」
「俺にも分からないんだ……」
ふむ、レットとケアリィは仲良くやっているようだ。
この二人は置いておいて、そろそろ姉妹たちを食事のテーブルに連れて行ってあげるとしよう。
「それじゃあ、僕たちも食事にしようか?」
ゲストの姉妹たちをエスコートするべく手を差し出すと、ルージィが「うぁっ!?」と驚きの声を上げて尻餅をついてしまった。
なぜ手を差し出しただけでこれほど動揺させてしまうのか……?
そして護衛がこれほど簡単に座り込んでしまって良いのだろうか?
個人的に思うところはあるが、とりあえずルージィを引き起こしてあげようとして――予想外の物を発見したことで僕は固まってしまった。
それはルージィが倒れた拍子に落とした物なのだろう。
その〔カード〕にはとても見覚えがあるが、それも当然の事だ。
なにしろこれは――――アイス=クーデルンカード!
しかもレアカードの〔天穿ちとアイス〕ではないか……!
天穿ちを大地に刺し、剣の柄に両手を置いて傲然と立っている僕の絵。
僕のイメージにそぐわない光景ではあるが、可愛い妹のリクエストともなれば描かないわけにはいかない。
僕の心情とは裏腹に、巷では一番人気のカードらしいのだが……なぜルージィがこのカードを持ち歩いているのだろう……?
僕が驚きで硬直しているのを怪訝に思ったのか、ルージィが座り込んだまま僕の視線を追う。
そして落としたカードに気付き――ルージィの全身が真っ赤に染まった。
「ち、ちがう、ちがう、これは違う!」
「ぃょっ!?」
突然大声で否定を主張するルージィだが、僕には何が違うのか分からない。
そしてお姉ちゃんの動揺する姿に奇妙な声を上げているロージィだが、彼女の言葉が意味するところも分からない。
ここは冷静になって考えてみよう。
軍国ばかりか他国でも驚異的に売れているカードなので、教国のルージィがカードを手に入れていること自体は不自然ではない。
問題は、なぜこのカードをわざわざ持ち歩いていたかということだ。
カードの所持をアピールすることで友情アピールをしているのだろうか?
いや、ルージィのこれは『見られてしまった!』という反応だ。
激しく動揺している姿からすると、友情アピールとは違う気がする。
どちらかと言えば……ルージィが僕に好意を持っていて、密かに肌身離さず持っていた僕のカードを見られてしまったという反応だ。
だが、それはいくらなんでも自惚れが過ぎるだろう。
こんなカードを自分で描いている時点で〔ナルシスト臭〕が甚だしいのだから、これ以上自惚れを重ねるような思考をしてはいけない。
それに僕とルージィは兄妹に近い関係性だ。
彼女が僕を異性として見ているわけがない。
いや、待てよ……兄妹?
そうか、そういうことか……!
僕とルージィが兄妹のような間柄だと考えれば答えは明白だ。
このカードは実妹であるセレンの発案によるものだ。
つまり、妹的存在であるルージィの心もガッチリ掴んでしまったのだ。
そして彼女は僕のカードを肌身離さず持っていた。
それが意味する所は――――『いつもお兄ちゃんと一緒!』
これは参ったな……セレンに知られたら不機嫌になってしまいそうだ。
となると、『ちがう、ちがう』とルージィがリズミカルに連呼していたのはただの照れ隠しだろう。
――いや、待てよ。
リズム……そうか、そういうことか!
妹のロージィが発していた謎言語についても分かってしまった。
そのヒントはお姉ちゃんの言葉にあったのだ。
『ちがう、ちがう、これは違うYO!』――そう、これはラップだ!
ここまで分かってしまえばもう答えは出ている。
ロージィは『ぃょっ!?』という奇声を発していたが、もはやその言葉の意味は明らかだ。
姉がラップをしているなら妹としては盛り上げるしかない――そう、お囃子で!
つまり、『いよぉ〜、ポン!』と彼女は言っていたのだ……!
すごいな……日常会話でお囃子を取り入れる子は初めてだ。
ラップ調で弁明する姉も大したものだが、お囃子で盛り上げる妹もまた見事。
この姉妹、甲乙つけがたい。
とにかく、称賛の意味も込めてお礼を告げなくてはならないだろう。
「きみの気持ちは伝わったよ。ありがとう……すごく、嬉しいよ」
「……う、嬉しい、のか?」
真っ赤な顔を上げられないように俯いているルージィ。
しかし妙な質問だ、兄のように慕われて嬉しくないはずがないのだ。
いや、もしかしたら僕のカードを持っていたことで、僕に引かれるのではないかと心配しているのかも知れない。
うむ、憂いを取り除いてあげるのは兄の役目だろう。
「当たり前じゃないか。嬉しいに決まってるよ」
喜びを肯定する思いを込めて頭を撫でてあげると、ルージィは耳たぶまで赤くしながら「ぅぅ……」と唸って喜んでいる。
おっと、これはいけない。
お姉ちゃんだけ贔屓しては姉妹間の不仲に繋がってしまう恐れがある。
周囲をキョロキョロしながら「はわわわ……」と呟いているロージィも褒めてあげなくては。
「ロージィも良い仕事だったね。思わず感心しちゃったよ」
「ぅえっ!?」
前代未聞のお囃子を披露してくれたロージィも褒めてあげると『ウェーイ!』と喜びの声が返ってきた。
意味が分からず大混乱しているようにも見えるが気のせいだろう。
ロージィも姉と同様に頭を撫でてあげると、お姉ちゃんと全く同じように俯いたまま動きを止めた。
そして、静かになった場に――――氷柱のような声が刺し込まれる。
「お楽しみのようですね、にぃさま」
しまった……!
仲間たちはケアリィを嫌って離れていたので油断していた。
知らない間に、仲間たちが僕の背後を取っている。
他所に妹を二人も作っていたとなれば、嫉妬深いセレンちゃんがお怒りなのも納得である。
「そういえばアイス君。これだけ立派なお屋敷なんだからさぁ、人柱の一つくらいは必要なんじゃないかな?」
ルピィが物騒な事を言い始めた……!
普段は信仰心など欠片も無いはずなのに、なぜ無根拠な迷信を口にするのか。
しかもこのタイミングでの発言だ。
僕の身に不穏なものを感じざるを得ない。
「か、神に媚びるような提案とはルピィらしくもないね」
人柱。神に命を捧げることで、建造物を災害から守ってもらおうという迷信だ。
古い村落でも廃れたような風習であるし、将来的に神と争いになる可能性がある僕たちにとっては尚更無用な儀式だろう。
「先人の知恵を無碍にするのは良くないからね! ほらほら、おいでよアイス君」
人柱は先人の知恵などではない。
そもそもルピィは先人を敬うような人間ではない。
しかも『おいでよ』と言いつつ――もう僕の身体はロープで拘束されている!
拒否権が感じられないのも問題だが、明らかに僕が〔人柱候補〕にされていることが何より問題だ……!
だが、ここで僕が逃げるわけにはいかない。
ジーレが義妹ライバルの存在に「むーーっ!」と唸っているし、シーレイさんは「ぐるるっ……」と獣のような唸り声を上げて姉妹に襲いかかりそうになっている。
シーレイさんの人間性の喪失は心配だが、ここで僕が逃げ出したら姉妹が強制的に人柱にされる恐れがあるので非常に心配だ。
食いしん坊組のフェニィとアイファがこちらに気が付いていないことは、僕にとって幸運なのか不運なのか。
ここで救けを求めればあの二人が味方に付いてくれる可能性はあるが、この戦力差では分が悪いはずだ。
そして何より……敵側に加担する可能性が否定できない。
ここはフェニィたちに声を掛けない方が無難だろう。
僕は仲間の手によって家の中へと引きたてられていく。
外される床板、掘られる地面。
そして、僕の身体は闇に埋められる――
あと二話で第二部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、三二話〔回復してしまう混沌〕