三十話 始まった落成式
レオーゼさんの来訪から一カ月が経っている。
記録的大ヒットとなったアイスカードに登場していたということもあって、軍国を訪れる前から話題になっていたレオーゼさん。
彼女の特異な容姿についても、期待していた以上に人々へ受け入れられている。
この王都には〔ミンチ王女〕や〔狂犬軍団長〕という悪名高い神持ちが存在していることの影響も大きい。
三つの眼を持っていても人畜無害なレオーゼさんより、人間をミンチに変えてしまう王女の方がよほど恐ろしいということである。
最近のレオーゼさんは第三の眼を隠すことなく生活しているが、それでも王都民は彼女を忌避することはない。
むしろ大教会での仕事の日には長蛇の列となるほどの人気ぶりだ。
ゆくゆくは大教会の神官長になるのでは? とも言われているので、過去に僕の母さんが神官長を務めていたことを思うと感慨深いものがある。
教会という施設が〔神を崇める為に造られた施設〕であることを考えれば複雑なところはあるが、現状では医療機関としての側面の方が強いので気にする必要も無いだろう。
ちなみに、今日は教会関係者にとっては歴史的な日だ。
教国の象徴的存在である聖女。
その聖女が、歴史上初めて軍国を表敬訪問しているのだ。
そしてその歴史的訪問の目的は――裁定神御殿の落成式への出席だ。
そう、ついにレットの家が完成したのである。
教国の聖女であるケアリィ、彼女はレットに会う為の口実を探していた。
そんなところに裁定神御殿の落成式となれば、ケアリィとしては好都合だったということなのだろう。
レットの家を建築していることを知らせてもいなかったのに、なぜか教国から落成式参加の書状が送られてきた次第だ。
軍国の政権交代時には無関心だったのに、レット邸の落成式に参加する為に軍国を訪ねてくるあたりは流石のケアリィである。
結婚式の招待状を送っていない相手から『参加します』と連絡が来たようなものだが、あの図太い聖女であれば全く不思議ではない。
相変わらずレット情報を収集していたということにも驚きなど欠片もない。
そして今日の午前中には、ケアリィ一行は王都に到着している。
初の国外訪問ということで、容易には近寄れないほどの大人気ぶりである。
ケアリィばかりか友人である護衛姉妹たちとも旧交を温めたかったが、未だ挨拶一つもできないままとなっているのだ。
しかし、焦る必要はない。
午後からの落成式で顔を合わすことになるのだから、その時にでも積もる話に花を咲かせればいいだけだ。
「――しかしこの家、いくらなんでもデカ過ぎじゃねぇか?」
「何言ってるんだよレット。本当なら王城より大きい〔レット城〕を造る予定だったんだよ?」
完成した裁定神御殿にレットが引いているので窘める。
そしてそう、当初に計画していた〔レット城計画〕は予算を大幅にオーバーしてしまったので諦めざるを得なかったという経緯がある。
外見だけを城のように整えることも検討したのだが、そんなハリボテのような家にレットとシークおばさんを住ませるわけにはいかないのだ。
「なんだよ城って……スケールダウンしてこれなのかよ」
レットは文句を言っているが、なんだかんだで裁定神御殿の主になることには了承してくれている。
やはりシークおばさんの入居が決まっているという事実が大きかった。
情の深いレットが、大邸宅に母親を一人で置いておけるはずがないのである。
そもそもからして、裁定神カードの売り上げで建てられた家なのだからレットが気兼ねする必要など無いのだ。
そう、レットが収益の受け取りを拒否することは論外だ。
そんな事をされたら――僕が親友を金儲けに利用したゲス野郎ということになってしまうのだ……!
それにいずれは、クーデルン邸が隣に建造されることになる。
最終的には僕も一緒に住むようなものだとも言えるだろう。
――――。
来賓が集まり、落成式という名目の立食パーティーが始まった。
そうなると聖女の動きは早い。
「レット様!」
飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってきたかと思えば、レットがのけぞるほどの至近距離で祝辞を捲し立てている。
もちろん僕に対しては、再会の挨拶も無ければ一瞥すら寄越していない。
だがケアリィは到着早々から教会関係者に囲まれていたこともあって、レットと話したいのに話せないというジレンマを抱えている様子だったのだ。
レット本人を前にして周囲が見えなくなっているとしても、それを責めるような事はできない。
それに――ケアリィの相手をレットが務めて、護衛姉妹の相手を僕がする方が、友人相性的にも理に適っている。
ほぼ一年ぶりの再会なので、彼女たちはもう十五歳。
軍国では珍しい青みがかった髪であることに加えて、瓜二つの姉妹だ。
可愛らしい姉妹ということもあって、自然と周囲の視線を引いている。
「やぁルージィ、ロージィ。息災にしてたかな?」
「ふ、ふん。お前に言われるまでもない」
「お、お姉ちゃん……」
姉のルージィは喧嘩腰ではあるものの、昔と変わりのない反応とも言える。
妹ちゃんに至っては目も合わせてくれないが、これも昔と同じ反応ではある。
そう、これは決して僕が嫌われているというわけではない。
……昔から嫌われていたという可能性も微少ながら存在するが。
姉妹の固く閉ざされた心を開く為にアイファの力を借りたいところだが、彼女は立食パーティーの食事に夢中になっているので期待はできない。
心なしかアイファは昔より意地汚くなったような気もするが、長い旅生活でハングリー精神が鍛えられてしまったのだろうか……?
いや、アイファの手を借りて友人ヅラをするのは邪道とも言えるので、この場にいないのは却って好都合だ。
四人で仲良く談笑しているつもりが、僕が喋りだした途端にピタッと会話が途絶えてしまったら目も当てられない。
『なんで友人のような顔をして会話に混じってるんだろう?』的な悲しい思いはしたくないのだ。
ここは僕一人でもホスト役をこなせることを証明してみせよう。
和やかな場を実現する為にも、まずは姉妹のニーズを読み取ることが肝要だ。
僕の話したい事柄ではなく、彼女たちの求める話題を提供しなくてはならない。
――僕は姉妹を観察する。
姉のルージィは、少し緊張した様子で視線を泳がせている。
久し振りに再会する友人に何を話せばいいのか迷っているようだ。
妹のロージィは、何かを探すように周囲をキョロキョロ見回している。
――隙あり!
僕はロージィの求めるモノを明確に察した。
この局面では妹ちゃんの方から話題を広げていくのが最善だろう。
「ひょっとしてマカを探しているのかな? マカなら僕のフードの中でお休みしてるよ」
「ぁぅ、ご、ごめんなさい……」
なぜかロージィに謝られてしまう僕。
理由も無く謝罪されてしまうと心が傷付いてしまうのは何故だろう……。
いや、繊細な心にダメージを負っている場合ではない。
今日は落成式という名のパーティーが開催されているおかげか、食いしん坊のマカが僕の手元にいるのだ。
アイファの代わりにマカを話題に利用するようで心苦しいが、もうパーティーも始まっている上に、訪問客のロージィもマカに会いたがっている。
そろそろ寝坊助のニャンコを起こしてあげるべきだろう。
「マカ、ご飯の時間だよ。それにマカの友達も遊びに来てるよ」
「……にゃ」
寝起きの悪いマカが這い出てくると、たちまちロージィが目を輝かせている。
お姉ちゃん以外とはまともに喋らない子ではあるのだが、可愛いマカのことはお気に入りなのだ。
「マカちゃん。ほら、お土産持ってきたよ」
そう言ってロージィが取り出したのは、スルメだ。
それもスルメを裂いた物ではなく、一杯丸々の形である。
仔猫に持ってくるお土産のセンスとしては中々に挑戦的だ。
だが一般的な仔猫ならともかく、マカの好みに合致していることは確かだ。
マカは鼻をひくひくさせながらロージィの手に持つスルメを凝視して――――あっという間に奪い去る!
「あっ……」
ロージィの悲しげな声にもマカは頓着しない。
仔猫ちゃんは大きなスルメを咥えたまま僕のフードに飛び込んだ。
うむ、これは…………友達感ゼロ!
教国でロージィと会ったことを忘れているとしか思えない行動だ。
見知らぬ他人から食料を奪う野良猫のような行動に、場の空気は気まずいものとなってしまっている。
僕のフードからイカの香りが漂ってくるが、マカはお礼を言うわけでもなく咀嚼音だけを響かせているのだ。
これはいけない……。
マカを起点に会話が弾むどころか空気が重くなってしまった。
「マカ、お土産を貰ったんだからお礼を言わないと駄目だよ」
常識を重んじる僕が非礼を見過ごせるわけもない。
マカをフードから取り出して挨拶をさせようとするが、両脇に手を入れられ持ち上げられているにも関わらず、マカは意地でもスルメを手放そうとはしない。
まったく……なんて食い意地の張った仔猫なんだろうか。
スルメを食べているマカを見てロージィが嬉しそうなことだけが救いだ。
あと三話で第二部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、三一話〔加速する勘違い〕