二八話 新たなるカード
王城のとある一室。
部屋の中には僕の仲間たちが一堂に会していた。
ロールダム兄妹にも来てもらっているが、取り立てて重大な内容ではない。
これから開催されるのは重大性など欠片もない、ただのお披露目会だ。
かねてより製作が進められていた〔アイス=クーデルンカード〕。
このカードのサンプル品が完成したという報せを受けて、このお披露目会と相成っただけである。
ちなみに過去のカードの例からすると〔神殺しカード〕と読んで然るべきなのだが、あまり大々的に吹聴することが望ましくない加護なので一般には伏せている。
それに商業的観点から考えても知名度の高い〔クーデルン〕の姓を使わない手は無いだろうということで、僕のフルネームを前面に押し出した格好だ。
裁定神カードが大陸を股にかけて大ヒットしたおかげなのか、僕が帰国後に商会へ持ち込んだ原画は二つ返事で採用され、晴れて商品化の日を迎えたのだ。
「――光ってる! アイス君が光ってるよ!」
ルピィが腹を抱えて笑っているカードは、カナ=ロールダムさん発案による〔全身が光り輝いているアイス〕だ。
ルピィ発案である拷問シリーズを提出直前に差し替えていた、という事があったのでルピィは不満を垂れていたのだが、すっかり機嫌を取り戻している。
……さすがに僕が首を吊っている絵を提案すれば精神状態を疑われてしまうので、勝手に差し替えることもやむを得ない。
代替の絵として、ルピィに改変される前の仲間の案を採用しているので他の仲間たちの反応も上々だ。
フェニィの案などは〔僕が料理をしている絵〕から〔僕が釜茹でにされている絵〕に悪改変されていたわけである。
原案に戻したところで仲間から文句が出るはずもない。
善意で提案されたカナさんの案はそのまま採用せざるを得なかったが……カナさんもナンさんも大喜びしているので良しとするしかない。
「……俺のカードと比べるとまともなやつが多いな」
おっと、まさかのレットからの不平の声だ。
裁定神カードは全力で取り組んだ案件なのだが、隣の花は赤く見えるというやつなのだろう。
おそらく新しいカードを見ている内に『俺だって身体を光らせたかったのに!』と、羨ましくなってしまったに違いない。
「何言ってるんだよレット。裁定神カードの方が気合いを入れて製作したくらいだよ?」
「気合い入れてアレかよ……俺のカードはイロモノばっかりじゃねぇか。アイスのせいでお袋からも笑われたんだからな」
裁定神カードの勢いは留まるところを知らない。
過去に僕たちが住んでいた山奥の村でさえ人気になっているらしいのだ。
どうやら同じ村に住んでいた子供が〔カードデビュー〕をしているわけなので、村人たちの関心を引いたらしい。
幼少期にレットが差別的扱いを受けていたことを思えば複雑な心境ではあるが、今のレットが肯定的に受け入れられているなら喜ぶべきだろう。
しかし……レットが言う『イロモノ』とは何を指しているのか?
もしかしてノーマルカードの〔戦隊のレット〕のことだろうか?
赤い全身タイツで仁王立ちしているレット、青い全身タイツで寝転んでいるレット、黄色い全身タイツで片手を地について斜めの体勢を取っているレット……これら五種類のカードを集めると〔扇〕の形が完成するという戦隊のレットだ。
五色の虹をイメージしているカードであり、子供に大人気のカードでもある。
だが完璧に見えるカードにも欠点が存在する。
なにしろ顔まで覆う全身タイツなので――レットの顔が分からないのだ……!
イロモノと言われれば確かに色物だが、決して手は抜いていない。
むしろ僕の〔戦隊のアイス〕の方が、裁定神カードと構図もそっくりなので手抜きと言われても否定できないくらいだ。
同じく顔が見えないので、戦隊のレットと混ぜても違和感が無いのだ。
「シークおばさんを笑顔に出来たなら、僕はクリエイターとして嬉しい限りだよ」
レットの「いや、なんか違うだろ」という照れ隠しは聞き流す。
街を歩けば子供たちから『変身ポーズやってよ~』などと頼まれて困った顔をしている親友ではあるが、本心から迷惑そうな様子には見えない。
裁定神カード計画は大成功だと言えるはずだろう。
僕が胸中で成功を噛み締めていると――突然、場の空気が変わった。
突如としてシーレイさんが血相を変えたのである。
笑顔でカードを見定めていたシーレイさんの豹変だが、彼女の精神状態が変化しやすいことには最早慣れたものだ。
僕は動揺することなくシーレイさんに声を掛ける。
「おや、どうしましたかシーレイさん?」
「坊っちゃん! 誰ですかこの女は!?」
興奮状態のシーレイさんはバンッと〔あるカード〕をテーブルに叩きつけた。
なんだろう……まるで浮気の証拠を見つけられた夫のようだ。
ポケットに女の名刺が入ってるじゃないですか! みたいな雰囲気である。
残念ながら、僕は不貞を働くどころか決められた相手すらいないのだが。
しかしシーレイさんの旦那さんになる人間は、羨ましくはあるが大変そうだ。
なにしろ些細な誤解を解くことに失敗してしまうだけで命の危険がある。
感情論が優先されることも多いので、テロリストとの交渉より難易度が高いのではないだろうか……?
そしてシーレイさんが問題としているカード。
レアカードであり、このカードを発売する目的の一つでもあるカードだ。
「そのカードの女性は調神のレオーゼさんという方です。帝国で知り合った友達なんですよ」
このカードの発売目的は大きく分けて二つある。
一つが、クーデルン邸の建設費用を稼ぐ為の資金集めだ。
父さんはナスルさんから受け取っている給金を持て余しているので経済力には余裕があるのだが、父さんばかりに負担させるのは申し訳無い。
軍国では十六歳から成年扱いだ。
未成年のセレンはともかく、社会人の僕が資金を出さないわけにはいかない。
そして、発売目的の二つ目が何よりも肝要だ。
僕とレオーゼさんが仲良く並んで立っているというレアカード。
このカードを世に知らしめることが大きな目的となっている。
そう――彼女が三つ目を堂々と晒しているカードだ。
レオーゼさんは異形の容姿を持っているが、その容姿が原因で魔大陸では迫害を受けていたと思われる節がある。
普段は額に包帯を巻くことで第三の眼を隠して生活しているが、悪い事をしたわけでもないのに引け目を感じていることは、僕としては納得がいかない。
もう数カ月もすると軍国へ移住予定となっているレオーゼさん。
そんな彼女の為に、このような形でレオーゼさんの眼を周知しておくことにより、軍国では眼を隠すことなく自然に生活出来るようにするというわけだ。
時の人となっている僕との笑顔のツーショットなので、レオーゼさんへの忌避感を和らげることになるのは間違いない。
僕と仲良しなのが明らかな絵であることから、レオーゼさんへの差別行為は僕を敵に回すことになるという警告の効果もあるのだ。
もちろん、カード化の件については手紙で了承を得ている。
そう、勝手にカード化するようなプライバシーを無視した行為は許されない!
しかし僕の説明にも関わらず、シーレイさんからは納得の気配がしない。
……犯罪者の罪を暴こうとする検察官のような目をしている。
そして相変わらずのルピィが、燃え盛るシーレイさんに油を注ごうとする。
「その人はね、アイス君の帝国での現地づひゃぅっ!」
だが、そんな悪辣なルピィにも僕は慣れた対応だ。
おそらく『現地妻』などとデマを吹き込んで僕を脅かせようとしていたのだろうが、いつもいつも思い通りにさせはしない。
ルピィが不穏な単語を口にする前には、凍術と風術の合わせ技による〔冷風〕で口を塞いでしまった。
やり過ぎると仲間想いのセレンから骨を折られてしまうのだが、これくらいなら許容範囲のはずだろう。
しかも一瞬の冷風なので証拠も残らないというオマケ付きである。
もし問い詰められても『風のイタズラじゃないかな?』と誤魔化せるわけだ。
「――なにすんのよ!」
だがルピィには道理が通じなかった……!
証拠も無いのに一方的に僕を犯人扱いして頬を引っ張っている始末だ。
こうした安易な決め付けが世界に冤罪を生んでいくのだろう。
いやはや……実に嘆かわしいことである。
「坊っちゃん!」
「アイス様!」
イジめられる僕に、すかさずシーレイさんとカナさんが助けに入ってくれる。
この二人を同時に相手取るとなれば、ルピィといえども引かざるを得ない。
悔しそうにルピィが頬から手を離すと、代わりに二人の温かい手が添えられる。
「坊っちゃんの顔がこんなに赤く……」
「アイス様……」
慈しむように二人で僕の頬を撫でているという甘やかしぶりである。
すごい、すごいぞ……なんというチヤホヤ感だ。
そうだ、僕の理想郷はここにあったんだ……!
「酷いじゃないかルピィ。罪の無い僕を一方的にイジめるなんて許されないことだよ!」
調子に乗ってルピィを糾弾してしまう僕。
チヤホヤされて気が大きくなったので仕方がない。
うんうん、珍しくルピィが歯噛みしている姿を見るのは気持ちが良いなぁ……おっと、いかんいかん。
気分良く挑発していたが、他の女性陣からも険悪な空気を感じる。
さすがにこの人数差では分が悪い。
仕方なくシーレイさんたちの手を顔から外すと、ピリピリしていた部屋の空気は緩和された。
一手遅ければ手遅れだったが、僕が空気を読むことに長けていたおかげで助かったようだ。
まったく……たまに甘やかされることくらいは許してほしい。
しかし、僕に厳しい現状を悲観する必要は無い。
僕の明るい将来は約束されていると言っても過言ではないのだ。
なにしろレオーゼさんが移住してくれれば〔甘やかし三人衆〕の揃い踏みだ。
下準備も順調に進んでいることであるし、レオーゼさんが移住してくれる日が楽しみだなぁ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、二九話〔待ち望んだ再会〕