二六話 無作為訪問
僕たちが帰国してから数カ月。
この数カ月という期間に周囲の環境は大きく変化している。
軍国移住を約束していた友人たちが約束通りに軍国を訪れて、それぞれの新しい生活を始めているのだ。
その友人たちとは、ロールダム兄妹や研究所に囚われていた人々の一部だ。
研究所組の全てが軍国を訪れたわけではなく、中には帝国に残った者もいる。
それでも大多数の神持ちが軍国にやって来たわけなので、各国の軍事バランスでは軍国が圧倒的な存在となっていることは間違いないだろう。
もっとも、彼らを軍事利用することなど微塵も考えてはいない。
元より僕や仲間たちがいるだけで軍国の戦力は群を抜いていた。
そういった意味では、彼らが加わって戦力が増大したところで何も変わっていないとも言えるくらいだ。
あとは調神のレオーゼさんが軍国に来てくれさえすれば、事前に約束していた人たちが全て揃うことになる。
頻繁に手紙のやり取りをしてはいるが、まだ仕事で数カ月は掛かるらしい。
レオーゼさんの来訪を待ちわびつつ――今日も僕は平和な生活を謳歌していた。
「それでは、また遊びに来ますね!」
僕とフェニィは笑顔で民家を後にした。
僕たちが昼食をご馳走になっていた民家。
実はここは、以前に僕とマカが屋根からお邪魔した老夫婦の家だ。
そう――僕がジーレの重術で撃墜されて大穴を開けてしまった家である。
帝国旅行中に老夫婦の家は再建を終えていたらしく、元々は平屋だった家が〔二階建て〕になって復活を遂げているという変貌ぶりだ。……非礼のお詫びに渡した金貨をフル活用してくれたようだ。
そんな老夫婦の家に僕たちが訪れていたのは、ただの好奇心からではない。
お婆さんの手料理が食べたかったという理由は否定できないが、それでなくとも近頃の僕は無作為に他人の家へ訪問することをライフワークとしている。
もちろん、全く面識の無い人間が相手でも物怖じしない。
『やぁやぁ初めまして。今日の晩ご飯はなんですか?』などと、二言目にはその家の子供のように溶け込んでいるのだ。
初期の頃は『な、なんで私の家に?』と狼狽される事も多かったが、最近では自宅訪問の噂が広がってきたのか『う、うちにも来た!?』と、ごく自然に暖かく歓迎されている。
僕が大歓迎されている要因としては、僕が王都ではそれなりに人気者であるという事実と、訪問先への行き届いた配慮によるところが大きい。
大勢の仲間を連れて行くような非常識な真似は当然していない。
自宅訪問に連れて行くのは常に一人だけと決めている。
もちろん僕の配慮はそれだけではない。
なにしろ予告もなく他人の家へ訪れるわけなので、必然的に食卓のおかずが不足してしまう懸念が出てくる。
良識人である僕が人に迷惑を掛けるような事をするわけがないので、おかず不足対策として〔食材の手土産〕を欠かさないのだ。
金にモノを言わせて高級牛肉セットを持参したりしているので、近隣住民がちゃっかり食事会に混じってしまうことだって珍しくない。
そしてこの自宅訪問には様々なメリットがある。
各家庭の味を楽しみたいという僕の趣味もさることながら、僕の仲間たちのイメージ改善効果が大きい。
とくに、王都民に恐れられているジーレとシーレイさんだ。
彼女たちを少しずつ人々に馴染ませていくことにより、王都民の恐怖意識を和らげていこうというわけである。
立場が人を作る、という言葉がある。
役職に付けられた人間がそれに見合うように努力して自分を高めていく、といったようなものだ。
僕のやろうとしている事はこれに近い。
王都民に『この人たち意外と取っ付きやすくて良い人だぞ?』と刷り込んでいくことにより、ジーレたちにもその印象に見合った振る舞いを心掛けてもらおうという策略だ。
王女や軍団長という地位では何も変わらなかった二人だが、好意的な印象を持たれていればそれを裏切ることには抵抗が生じるはずだと見込んでいる。
そもそも二人は悪人というわけでは無いのだ。
時間さえ掛ければ、身内以外にも彼女たちの善性が伝わるはずだと信じている。
そして、ジーレたちのイメージ改善活動は重要な事ではあるが、この自宅訪問においては副次的な目的に過ぎない。
この無作為訪問の主目的は〔下地作り〕だ。
下地作りとは他でもない――裁定神の予知夢のことだ。
裁定神カードの大ヒットもあってレット個人を差別するような人間は王都には存在しないが、裁定神の予知夢に対するネガティブな印象は未だ根強く残っている。
予知夢の回避に成功している、と大々的に知らしめているにも関わらずだ。
何十年にも渡って凝り固まっている価値観なので、仕方ないと言えば仕方ないところではある。
そういった事情もあって――現状では、裁定神の予知夢を知らされた人間が早まった行動を取ってしまう可能性が否定できない。
もちろん予知夢がまた始まった際には、教国の護衛姉妹の時のように本人には知らせずに対処する予定ではある。
だが彼女たちのように親しい間柄であれば自然な形で身辺警護も出来るが、赤の他人ともなると予知夢の事を説明しないまま張り付くのは難しい。
そこでこの下地作りが生きてくるわけである。
常日頃から他人の家に上がりこんでいるような行動を取っていれば、いざという時も違和感無く『一番風呂いただきますね?』と予知夢対象の家に転がり込めるというわけだ。
そう、この自宅訪問は趣味と実益を兼ね備えた周到な計画だ。
もちろんレットや仲間たちには僕の行動の真意を説明していない。
気を使わせるような事は本意では無いし、これは万が一に備えての保険だ。
予知夢を観ることが無いようであれば、それに越したことはないのだ。
この計画の唯一の欠点を挙げるならば……僕があちこちの家でご相伴に預かっているわけなので、人々から〔稀代の食いしん坊〕だと誤解されている事くらいだ。
しかし、この評判とて悪い事ばかりでも無い。
むしろ道を歩いているだけで食べ物を貰えるので――得をしているくらいだ!
ちなみに老夫婦の家だけは、目的を二の次にして足繁く通っている。
お爺さんとお婆さんからは孫のように可愛がってもらっているので、子供のいない老夫婦の為にも訪問しないわけにはいかないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、二七話〔裁定神御殿〕