二五話 カウンセリング
半年ぶりの帰国から翌日。
僕はジーレとシーレイさんと連れ立って王都の街を歩いていた。
他の仲間たちが同行していないのは、今日という日は留守番を強いてしまっていた二人への埋め合わせを目的としているからだ。
それに昨日、再会したばかりのジーレを叱責してしまったので償いをしたいという気持ちもある。……たとえそれが自業自得だったとしてもだ。
今日は女性陣だけでなくフードのマカも不在となっている。
天敵であるジーレたちと一緒に行動するよりは、マカにとっても久し振りである王都の街を自由気ままに散歩する方を選んだようだ。
途中まではマカとも一緒だったが、『別行動ニャ』とでも言うように尻尾で僕の頭を叩いて街の喧騒に消えていったのだ。
マカと街中で別れたことは過去にも度々あったので心配はいらないはずだ。
神獣のマカを害することが出来る存在は限られているし、筆頭格であるセレンは僕に無断でマカを殺処分したりはしない。
ジーレは僕の目の届かないところでマカを闇に葬りかねない子だが、僕が動向を見張っているので何も問題は無い。
見張っているどころか――今はジーレたちと手を繋ぎながら歩いている。
僕の左右を固める形で、ジーレとシーレイさんだ。
一見仲睦まじい光景のようにも見えるが、内実はもちろん違う。
これは昔のフェニィへの対処と同じだ。
手を繋ぐという行為により、彼女たちの行動を制限しているのだ。
もちろん、ジーレは手を翳さなくとも重術を放てるし、シーレイさんの狂暴性は片手を塞いだところで防げるものではない。
だがいずれにせよ、咄嗟に取る行動の起点は〔手〕だ。
病気の発作のような衝動で他者を傷付けてしまう二人なので、起点を制限しておくことには大きな意味がある。
本音を言えば、二人の両腕をロープでぐるぐる巻きにしたいところだったが……拘束した状態の王女と軍団長を連れ歩いていては僕の評判が地に落ちてしまうので諦めたのだ。
それに、埋め合わせで遊びに出掛けているのに、厳重に拘束して不自由な思いをさせてしまっては本末転倒だ。
――――。
「あらアイスちゃん、今日は……ひぃっ!?」
行きつけの甘味処を訪れるや否や、店員のお姉さんに悲鳴を上げられた。
お姉さんの視線の先を追うまでもない。
ジーレとシーレイさんが同行していることが原因であるのは明白だ。
街中を歩いていても誰からも声を掛けられなかったので、やはりこの二人の悪評は相当なものだと考えるべきだろう。
……普段なら親しげに声を掛けてくれる人も見て見ぬフリをしているのだ。
無邪気にスイーツを食べている二人からは危険性を感じないが、小さな切っ掛けで暴発してしまうところに問題がある。
だが、この状況に甘んじているままで良いはずがない。
僕には仲間として彼女たちを正しく導いてあげる義務がある。
折よくご機嫌な二人と話せる機会なのだから好都合だ。
軍国一の交渉人であり、カウンセラーとしても一流である僕の話術をもってして、この機会に問題児二人の更生に尽力してみるとしよう。
まずは問題点を精査するところからだ。
ちょうど軍国を留守にしていた間の話も聞きたいと思っていたところだ。
ここ半年間の彼女たちの行状調査がてら、問題の洗い出しといこう。
常識人である僕が『それはまずいよ!』と指摘してあげつつ、優しく二人の狂暴性を矯正してあげようというわけだ。
「ところで二人とも。この半年の間、軽々に人を殺傷するようなことは控えてくれたかな?」
直情的な二人に対して婉曲な問い掛けなどしない。
ストレートに尋ねるのみである。
一応、僕が出立する前に言い含めてあるのだ。
相手が悪人であっても、なるべく人を殺さないようにしましょう――と、当たり前のこと過ぎて常人に忠告しようものなら僕の正気が疑われるような内容だ。
ちなみに『悪人であっても』などと言い置いているのは、ジーレやシーレイさんの場合は〔気に入らない人間=悪人〕という一方的な決めつけで殺ってしまう恐れがあったからだ。
それならば最初から全ての相手に不殺生を心掛けてもらう方が正しい。
手加減をする事で身の危険に繋がってしまう可能性はあるが、この二人に限ってはそのような心配はいらない。
ジーレは王女という立場から危険な目に遭う方が難しい環境であるし、シーレイさんに至っては手加減しても不覚を取ることが想像できないほどの実力者だ。
血神という強力な戦闘系の神持ちでありながら、物心付いた時には第一軍団――僕の父さんによる常軌を逸した訓練をその身に受けている。
シーレイさんに膝をつかせるような人間は、身内以外では想像もつかない。
僕の置き土産である宿題の確認に――シーレイさんの表情が華やいだ。
おっと、これは予想外の反応ではないか。
『その質問を待っていました』と言わんばかりの反応だ。
これは成果に期待出来そうだぞ。
「フフ、もちろんですよ。私が坊っちゃんとの約定を違えるはずがありません。精々十人くらいしか処断していないですよ」
ふ、ふむ……笑顔のシーレイさんから飛び出した不穏な言葉に僕は考え込む。
落ち着かなくては、まずは冷静に話を整理してみる必要がある。
殺傷することを控えてくれたかな? という質問に対して『もちろんですよ』と自信満々で答えておきながら〔二桁勝利〕を収めているとはどういう事だろう?
それに『十人くらい』とは――処断した数すら正確に把握していない!
シーレイさんの倫理観が垣間見えるものがあるな…………いや、待てよ。
これだけシーレイさんが自信に満ちているということは、彼女が処断した人間は情状酌量の余地が無いほどの大罪人であったのかも知れない。
しかし、それにしては数が多過ぎるような気もする。
普段のシーレイさんは引ったくり犯のような小物であっても問答無用で処刑してしまうので、少し殺人ボーダーを上げたと見るべきだろうか。
いや、そもそも悪人でもなるべく殺傷しないようにと言い含めていたはずだ。
一人や二人なら〔うっかりミス〕で片付けられるものの、十人ともなると異常と言わざるを得ないだろう。
だが、このシーレイさんのやり遂げたような顔から判断する限りでは、本人の意識としては僕との約束を遵守したつもりのようだ。
そうなると頭ごなしに否定することは避けるべきだ。
一流のカウンセラーたるもの、相手を肯定していきながら導いていかなくては。
――ここは発想の転換だ。
半年で十人の殺傷と聞くと多く感じられる。
だが、一月当たりに換算すると二人にも満たないことになる。
月によっては一人も殺してない月だってあるかも知れない……おや?
なんということだろう、考えようによっては全く殺してないじゃないか……!
「それは頑張りましたねシーレイさん。僕は自分の事のように嬉しいですよ!」
僕はシーレイさんを色眼鏡で見ていたようだ。
彼女はすぐに人を殺傷してしまうという先入観を持っていたからこそ、必要以上に多く殺害しているように感じてしまっていたのだ。
これはまったくもって汗顔の至りである。
「坊っちゃん…………私も嬉しいです」
功績を正当に評価されたシーレイさんも嬉しそうだ。
シーレイさんは花が咲いたような笑顔を浮かべて僕の頭を撫でている。
むしろ僕が撫でる側だろうとは思うが、僕に年上のお姉さんを子供扱いするような真似が出来るはずもない。
しかしこの構図からすると、まるで僕が褒められる事をしたかのようだ。
『半年で十人しか殺さなかったね、おめでとう!』というわけか…………駄目だ、深く考えてはいけない!
そんなことより、ジーレの戦果も確認しなくてはならない。
最要注意人物だったシーレイさんが期待に応えてくれたのだ。
僕らを羨むような顔で見ているこの子も、課題を達成していることだろう。
「ジーレはどうだったのかな? ぐちゃっとしたりなんかしてないよね?」
「えへへ、覚えてないよ〜っ」
この笑顔……!
眩い笑顔に騙されそうになるが、私情を抜きにして考えれば中々の暴言だ。
この様子では、僕に宿題を出された事すら覚えていなかったに違いない。
しかも『覚えていない』という事は、犠牲者の数を忘れてしまうほどに虐殺している可能性がある。
恐ろしい……半年で十人殺害のシーレイさんが可愛く見えてきたではないか。
僕の戦慄を感じとったのか、クレイジー先輩であるシーレイさんが苦言を放つ。
「貴方は救いようがない無能ですね」
辛辣過ぎる……!
ジーレが言い付けを忘れていた事に呆れているようなのだが、シーレイさんの苦言からは優しさが微塵も感じ取れない。
そもそも十人殺しの彼女にそれだけの事を言える権利があるのだろうか……?
「シーレイちゃんヒド〜いっ!」
さすがにジーレが文句を言っている。
たしかに辛辣な発言ではあったが――ジーレの発言内容も相当酷かったことを忘れてはいけない!
しかしこの二人、ちょっと見ない間に仲が良くなっているようだ。
ジーレは不満を訴えてはいても本気で怒っているわけではないし、シーレイさんも呆れてはいるが蔑んでいるわけではない。
二人とも留守番組だったせいか、不満を共感して仲良くなったのかも知れない。
元々シーレイさんは人間嫌いの傾向が強いものの、その本質は優しい人だ。
一度懐に飛び込んでしまえば良き隣人となってくれることだろう。
ジーレはジーレで変人と相性が良い傾向があるが……シーレイさんなら申し分無しである。
明日も夜に投稿予定。
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