二三話 仔猫の逆襲
僕がジーレが苛めたという場の空気。
悪くないのに『ごめんなさい』と謝ってしまいそうになるほどのアウェー感だ。
しかし、僕が孤立無援で逆風に曝されていると――正義の男が立ち上がる。
「ナスルさん、今回ばかりはアイスの方が正しいと思います」
不条理を許さない男、レットだ。
『今回ばかりは』という言葉は余計だが、親友の援護射撃に僕の心は震える。
周りが敵だらけだったせいで、本当は僕が間違っているのではないか? と不安になっていたところだったのだ。
よく見れば僕の味方はレットだけではない。
僕の父さんも無言ではあるが、レットの発言を支持するように頷いている。
これは僕の正当性を認めていることもあるだろうが、それだけではない。
意外にも父さんは、マカに好意的な感情を持っているところがあるのだ。
……初対面の印象が悪いのでマカからは避けられているが。
父さんにはもう少し声高に味方をしてほしいところだが、口下手な父さんなのでこれ以上の贅沢は言えない。
「い、いや、しかしだな……」
常に正しいことを言うレットの言葉は強い。
娘をイジメっ子から守るような顔をしていたナスルさんの語気はすっかり弱くなっている。
そうです――イジメっ子は娘さんです!
自分に追い風が吹いていることを察したのか、当のマカも調子に乗り出す。
僕の頭に乗り『断固抗議するニャン!』とばかりに頭をバンバン叩き出した。
僕にはマカの行動の真意が分かる。
マカのこれは抗議ではなく、挑発行為に他ならない。
僕の頭を叩けばジーレたちが不快感を示すことを分かっている上で、嬉しそうな鳴き声を上げながらドラミングしているのだ……!
セレンにも睨まれているが、マカに自重する気配は感じられない。
むしろ興が乗ったようにリズミカルに叩いている有様だ。
誰に似たのか、この仔猫ちゃんはすぐに調子に乗ってしまうのである。
だが今回のマカは純然たる被害者だ。
たとえドラマーニャンコになっていたとしても僕には責められない。
ジーレやセレンも、この程度の憂さ晴らしは許してくれるはずだろう。
そう思ってマカの行動を放置していた僕だったが……その考えは甘かった。
我慢という概念が無いジーレに、マカの挑発を放置出来るはずがなかったのだ。
「――えいっ!!」
重術は放たれてしまった。
カッとなったジーレは、僕の頭に座っているマカへ重術ビームを放ったのだ。
そう――僕もろともマカを始末しようとしたのだ!
直撃すればマカばかりか僕もが『開眼!』してしまうことは必定の一撃。
しかし、術の発動は早いが前兆はある。
回避に自信のある僕に躱せないはずがない。
「おっと」
僕は余裕を持って死のビームを回避することに成功する。
だが、事前に重術ビームを見てなかったら回避を怠っていた可能性もある。
そう考えると実に恐ろしいところだ。
しかし、さすがにこのジーレの攻撃はやり過ぎた。
マカへの攻撃には寛大な女性陣であっても、僕への殺人未遂となると別だ。
今や場の空気は一変している。
「――ジーレさん?」
「ひっっ……」
冷たく心を掴むようなセレンの声にジーレが怯えている。
兄が目の前で殺害されそうになったわけである。
兄思いの可愛い妹が静かに激怒しているのも無理はない。
我儘王女のジーレが「……ご、ごめんなさいセレンちゃん」と謝罪の言葉を口にしているくらいなのだから相当なものだ。
ジーレが素直に謝ることなど早々あるものではない。
謝罪すべき対象はマカだと思うのだが、そんな事を口に出来る雰囲気ではない。
当のマカは「ここなら安全ニャ!」と思っていたはずの場所に攻撃が飛んできた事実に愕然として、信頼と実績のあるフードの中に逃げ込んでいる。
このマカの様子からすると謝罪を要求するどころではないだろう。
そして、この件に怒っているのはセレンだけではない。
他の女性陣たちもジーレに厳しい空気を発している。
親バカ王のナスルさんとて口を出せないほどの重々しい空気だ。
そしてもちろん、シーレイさんも例外ではない。
もとより王女と軍団長という立場の差を気に掛ける人でもないのである。
シーレイさんは強い抗議を示すように――バキッと机を叩き割る!
「坊ちゃんに危害を加えようとするとは……!」
目を充血させて危険極まる状態となっているシーレイさん。
ちなみに〔アイス殺害未遂ランキング〕はシーレイさんが不動の一位である。
むしろ低ランカーであるジーレの方が良心的な存在だと言える……!
しかし気になるのがジーレの反応だ。
明らかに怒りの矛先を向けてきているシーレイさんよりも、静かなセレンの方に向けてチラチラと視線を送っている。
なぜこの子はシーレイさんよりセレンを恐れている様子なのだろうか……?
机を叩き割った人より警戒されているとは相当なものだぞ……。
とにかく、仲間から集中砲火を受けているともなれば間に入らざるを得ない。
「僕なら問題ありませんよ。それにジーレだってわざとやったわけでも無いですから。……もうマカを殺そうとしたりしないよね?」
シーレイさんを宥めつつ、さりげなくマカへの手出し禁止を約束させようとしてしまう僕。
この機会を利用して今後の安全を確保しようというわけである。
「……うん。おにぃちゃんにはもうやらない」
殊勝な態度からすると本気で反省しているようなのだが、マカを殺傷対象から除外することには至っていないようだ。
それでも、目に涙を浮かべているジーレをこれ以上責められるわけがない。
僕がよしよしと頭を撫でてあげると、ジーレは心地良さそうな顔で目を細めているのでこれで解決したと考えるべきだ。
セレンが憎々しげに見ているので、後からこちらもフォローしておくとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、二四話〔疑惑の挨拶回り〕




