二二話 進化する殺害計画
僕に何かを見せるのが楽しみそうなジーレ。
まだジーレは何もしていないのに褒めちぎりそうな顔をしているナスルさん。
そんなよく分からない空気の中、ジーレは声を躍らせた。
「見ててね〜」
自信を隠そうともしないジーレの声を聞いた瞬間、僕の脳裏に警鐘が鳴る。
このままではまずい、そう思考するよりも先に僕の身体は動いていた。
僕が視界に捉えたのは、テーブルに座って大福を食べているマカ。
僕は半ば無意識の内に――――マカを手で打ち払う!
「――っにゃぁぁ!?」
悲鳴を置いて叩き飛ばされるマカ。
もぐもぐしていたところからの不意打ちなので抗う術はない。
熱いお茶を飲んでいたタイミングでなかったことは幸運だ。
「――えいっ!!」
そして同じタイミングでジーレの重術が発動する。
そう、これは紛れもなく重術だ。
その結果を目の当たりにして、僕は自分の行動が正しかったことを確信した。
マカが座っていたテーブルには、小さな穴が開いている。
重術の行使にも関わらず、対象には小さな穴が開いているだけという結果。
これが意味するところは一つしかない。
ジーレは重術を一点に集束することで――貫通力に特化させている。
たしかにジーレが得意になるだけのことはある。
重術は発動が早い反面、神持ちが相手では即殺性に欠けるという欠点とも言えない欠点があったが、この〔重術ビーム〕はその短所をカバーしている。
なにしろジーレが開けた穴は、テーブルどころか階下にまで及んでいる。
こんな攻撃が直撃していたら、マカと言えどもひとたまりもなかったはずだ。
それでなくとも強力だった重術を更に昇華させるとは恐ろしい子である。
何よりも恐ろしいのが――こんな術を迷わずマカに放っていることだ……!
本当に、なぜこの子は前振れもなくマカを殺害しようとしているのか……。
叩き飛ばされたマカは壁に着地を決めているが、信じられないようなモノを見る目で穴の開いたテーブルとジーレを見比べている。
うむ、マカの顔には「マジキチにゃん!」とハッキリ書いてある……!
なにしろ殺気すら感じられなかった即死攻撃だ。
おそらくジーレにとっては新技を見せることだけが重要で、マカの生死はどうでも良かったのだろう……仔猫ちゃんが戦慄しているのも無理はない。
それでもマカが大福を手放していないのは見上げた食いしん坊魂だ。
大福を喉に詰まらせることも心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
だが、ここは言葉を発せないマカの代わりに僕が言ってやらなくてはいけない。
「駄目じゃないかジーレ! マカに穴が開いちゃうところだったじゃないか!」
重術ビームの軌道はマカの頭があった場所を通過している。
僕の行動が一瞬でも遅ければ『開眼ニャン!』と脳天に直撃していたはずだ。
そう、危うくマカに第三の眼が開くところだったのだ……!
軽い流れでマカを亡き者にしようとしたのだから僕が怒るのも当然だ。
しかし僕の叱責を受けたジーレの反応は予想外のものだった。
「えへへ~っ」
くっっ、なんて可愛い笑顔なんだ!
これだけの蛮行をやった人間の笑顔とは思えない……!
というか、なぜ怒られたのに嬉しそうにしているのだろう……?
ま、まさか――『マカに穴が開いちゃうところだった』という発言を褒め言葉として受け取っているのではないだろうか。
つまり『マカに穴を開けるなんて凄いね!』とプラス思考で受け止めてしまったということだ……いくらなんでもポジティブ過ぎる!
「腕を上げましたねジーレさん」
「すごいじゃんジーレちゃん!」
うっっ、仲間たちがこぞってジーレを褒め称えている。
特にセレンは聖母のような笑みを浮かべて満足げだ。
これはきっと、重術の技量もさることながら迷わずマカを殺害しようとした行動力を認めているのだろう。
口々に称賛の言葉を掛けられたジーレは溶けそうな笑みを浮かべている。
なんだろう……まるで僕だけが空気を読めていないみたいな雰囲気だ。
いや、ここで挫けてはいけない。
しっかり叱っておかないと、今度こそマカが殺害されてしまう可能性がある。
「ジーレ……無闇に他者を傷付けようとしてはいけないよ」
僕が真面目に諭したのが伝わったのか、ジーレは一転して悲しそうな顔になる。
心が痛くなるところではあるが、これはマカの為でもありジーレの為でもある。
こんな蛮行を日常的に繰り返していたら、ジーレの周囲に誰もいなくなってしまう可能性だってある。……既にジーレは王城の人たちから距離を取られているのだから尚更だ。
そこで――ようやく、本来ジーレを諭すべき立場のナスルさんが動く気配だ。
今回ばかりは娘に甘いナスルさんも口を出すようだ。
「アイス君、ジーレを苛めるのは止めてくれたまえ」
なっっ!?
ば、ばかな……僕が怒られている!?
僕が加害者にされているが、イジメをしているのはお宅の娘さんですよ……!
ジーレが仔猫をイジメ――いや、殺害しようとしたんじゃないか!
理不尽な叱責に呆然としていると、弱っている僕を見過ごさないあの人も動く。
「ジーレちゃんをイジメるなんて酷いよ。この、神殺し!」
ルピィがどさくさに紛れて僕の加護をディスっている……!
僕の加護を皆に伝えたばかりなのに早速印象が悪くなってしまう!
そしてジーレの味方をしているのはルピィだけではない。
嘆かわしいことに、女性陣は全てジーレ派に属している。
まだジーレと会ったばかりのアイファも「たゆまず精進するがいい」などと、まるで自分の教え子であるかのように振る舞っている有様だ。
……考えてみれば、女性陣はジーレ派と言うよりはマカ敵対派と言った方が良いのかも知れない。
フェニィはマカに良い印象を持っていないし、シーレイさんは良い印象を持っていないどころか明確にマカを嫌っている。
もちろん――セレンは言うまでも無い!
明日も夜に投稿予定。
次回、二三話〔仔猫の逆襲〕