二一話 正常な友人
僕らは応接室へと部屋を移動していた。
帝国旅行の土産話をするにしても、玉座の間では落ち着かない。
余人には聞かせられない話もあるので場所替えは当然の判断だ。
そもそも、なぜナスルさんは玉座の間にいたのか? という話ではある。
執務室で仕事をしていたのなら話も分かるが、本来なら玉座は特別な時にしか使わないような場所だ。
僕たちが帰ってきたことはナスルさんに伏せられていたので、帰還を歓迎する為に玉座の間で待ち構えていたという可能性もない。
やはりジーレの我儘に付き合っていただけ、という線が有力だろうか。
……ご機嫌で玉座に座っていたジーレの姿からするとその可能性は高い。
僕の父さんがあの場にいた理由に関しては想像がつく。
おそらく護衛をしていたわけではなく、友人として一緒にいただけだろう。
父さんとナスルさんはあれで意外に馬が合っている。
しかもナスルさんが父さんに気を許しているだけではなく、愛娘のジーレも父さんに懐いているのだ。
父さんは自身が非常識な人であるせいか普通の人間には避けられがちだが、エキセントリックな人間とは相性が良い傾向がある。
これぞまさに〔類は友を呼ぶ〕というやつだろう。
んん……おや?
考えてみれば僕の周囲も変人ばかりが集まっているような気が……?
いや、僕にはレットという正常な友人も存在する。
『オレモイルゼ!』――そう、僕にはロブさんという友人もいる。
どこからどう見てもロブさんは正常……!
――――。
「神、か。そんな存在が実在したとはな」
旅の目的達成を告げると、ナスルさんからは驚きの声が返ってきた。
結果的には〔神〕を打倒することになったのだから、驚愕しているのも当然だ。
神の存在や、僕らの世界に関する話。
これらの事柄を語るべきか否かは迷うところではあった。
だが呪神の次の管理者が現れた際、一国の王が事情を知らないままでは不都合が生じる可能性がある。
あの呪神は、権力者を利用する形で世界の混乱を制御していた。
次の管理者も同じように権力者へ接触を目論む可能性がある以上、ナスルさんに事情を説明しないわけにはいかないのだ。
もっとも、僕はいつまでも後手に回るつもりはない。
「いずれ僕は魔大陸に向かうつもりです。またちょっかいを出されても煩わしいですからね」
呪神は、魔大陸から自分の後任がやって来る可能性を示唆していた。
魔大陸に何があるのかは分からないが、行ってみるだけの価値はある。
もちろん全く当てが無いわけでもない。
僕には魔力が視える目があるので、魔大陸に〔神〕がいるのならばその正体を看破することが可能なのだ。
セレンのように神よりも魔力量が多い例外的存在もいるが、僕の妹のような至高の存在が他にいるとは思えないので考慮する必要も無いだろう。
「事情が事情なのですぐにでも旅立ちたいところなんですが、僕を訪ねて友人たちが軍国に来る予定ですからね。早くとも、半年は先の話になります」
そう、各国で作った友人たちが訪ねてくる予定になっている。
教国のロールダム兄妹、帝国からは調神のレオーゼさん。
そればかりか、研究所に囚われていた人たちも軍国への移住を希望すると言っていたくらいだ。
続々と友人たちがやってくる予定なのだから、彼らを放って置いて旅に出てしまうような薄情な真似が出来るはずもない。
彼らの軍国での生活が落ち着くまでの期間、僕は全力で友人のサポートをするつもりなのだ。……さすがに誰一人として来訪しないなんてことは無いはずだ。
これだけ大見得を切っておきながら――『いつ、その友人とやらは来るのかね?』なんて状況になってしまったら恥ずかしすぎる……!
呪神の話をする過程で、僕たち家族が狙われた理由についても語っている。
僕のせいで呪神に目を付けられた、という事をだ。
ナスルさんはともかくとして父さんには知る権利がある。
僕のせいで父さんを巻き込んでしまったのだから、話さないわけにはいかない。
それでも僕は、父さんやセレンに謝ったりはしない。
仮に逆の立場になったとして、家族から謝罪を受けてしまったら悲しくなる。
家族には僕に甘えてほしいと思うし、僕も家族には甘えたい。
だから、こんな事で謝るような水臭い真似はしない。
話を聞いた父さんの方も、「よくやった」と一言感想を漏らしただけだ。
当然の事ながら、僕を責める言葉など出てくるはずもない。
父さんは呪神に強い恨みを抱いていたわけではないが、呪神と遭遇するような事態になれば迷わず成敗していたはずだ。
だから、自分の仕事を息子が代わりにやってくれたぐらいの感覚なのだろう。
……父さんは感情を面に出さないので分かりづらいのだが。
新しい仲間であるアイファが『よ、よろしく頼むぞ』などと緊張しながら偉そうな態度を取るという器用な挨拶をしても、父さんは『アイスを頼む』と冷静沈着そのものだ。
どちらかと言えば僕がアイファをお世話しているのが現状なので、むしろ僕の方が冷静ではいられない気持ちに駆られたくらいである。
――――。
僕が父さんたちと真面目な話をしていても、仲間たちが気を使うことなど無い。
同じ部屋にいながら別世界にいるかのように菓子を食べながら騒いでいたが――不意に、ニコニコした顔のジーレが話し掛けてくる。
「ジーレはね、すごいことが出来るようになったんだよ!」
ナスルさんと他国の神持ちの受け入れについて協議していたのだが、娘に甘いナスルさんは話を中断して顔を緩めている。
ふむ……お菓子を与えておけば邪魔をしないと踏んでいたが、王城の菓子に慣れているジーレでは効果時間に限界があったようだ。
だがジーレの得意げな様子も気になるので、僕も笑顔で話の先を促す。
「なにかなジーレ? ふふ……僕はちょっとやそっとの事では驚かないよ?」
甘やかさない大人である僕はしっかりとジーレに釘を刺す。
自分で『すごいことが出来る』などとハードルを上げてしまうのは問題だ。
事前に『これから面白い話をするよ!』と聞かされて、実際に面白い話だったケースは少ない。
フラットな感情で聞けば面白い話であっても、変に期待させられてしまうと厳しい目で見てしまうからだ。
今回ジーレがやってしまったのはそれと同じ事だ。
だから僕は、ジーレの成長の為にも厳正な判断をしてあげるつもりでいる。
僕の牽制の言葉に対して「ふふふ~~ん!」と挑戦的な笑顔をしているが、たとえその笑顔を曇らせることになったとしても僕はやり遂げてみせる……!
明日も夜に投稿予定。
次回、二二話〔進化する殺害計画〕