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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 再会に次ぐ再会
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二十話 ズレている感性

 僕は本来の目的を忘れて迷走していた。

 ジーレを楽しませることが目的だったはずなのに、いつのまにか高速スピンで床に穴を開けることしか考えていなかったのだ。

 きっとそんな僕に罰が当たったのだろう――その悲劇は起きてしまった。 


 かつて僕の父さんは、玉座の間でマカ殺害未遂事件を起こしたことがある。

 その時の斬撃により、石造りの床に大きな亀裂が発生するという事態となった。

 また同じ事が起きてはいけないと考えたのか、亀裂の補修後には床の上に〔鉄板〕を敷き、その上に毛足の長い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めるという形にしている。


 そんな場所で、鉄板を仕込んだ靴を履いて高速回転をしていたわけだ。

 そう――火花で絨毯に着火することは必然だったのだ……!


 一度点火してしまうと火の回りは早い。

 なにしろフワフワの絨毯が敷かれているので、毛先を伝ってあっという間に燃え広がってしまうのである。

 部屋は一瞬の内に炎に包まれていた――――玉座の間、炎上!!


 突然の炎に玉座の間は大パニックだ。

 実際のところ、見た目は派手だが騒ぐほどのことではない。

 絨毯の表面だけが燃えていることもあって火力は弱い。

 この部屋にいる人間がすぐに大火傷をするというわけではないのだ。


 しかし、突然に視界一面が炎に染まっているわけである。

 部屋に控えていた兵士さんが大混乱となっているのも無理からぬことだ。


「おにぃちゃんすごーい!!」


 部屋が燃え上がっているにも関わらず、怖いもの知らずなジーレは大喜びだ。

 慌てて高速回転を停止した直後から大はしゃぎである。

 なぜこの状況を楽しむことが出来るのだろうか……?

 なにより、僕が意図的に炎上させたみたいな言い方は止めてほしい……!


 そんな大混乱の中、静かな声が部屋に響く。


「――――伏せろ」


 声の主は武神――そう、僕の父さんだ!

 部屋の片隅に父さんがいたことは分かっていた。

 僕は心中密かに再会の挨拶を楽しみにしていたのだ。


 父さんはこの緊迫した局面で圧倒的な存在感を示している。

 大きな声では無かったが、父さんの声は部屋の全ての人間に届いたはずだ。


 武神という人物を知っている人々の反応は顕著(けんちょ)だ。

 部屋のほとんどの人間が慌てたように床へと身を伏せる。

 絨毯が燃えているにも関わらず、人々が床に伏せる動作には迷いが無い。


 だが、例外となる人間はいた。

 まずい――若い兵士さんがキョトンとした顔で立ったままだ!

 まだ入軍したばかりなのか、僕の父さんの危険性を理解していないのだろう。


 父さんが意味も無く『伏せろ』などと言うはずがない。

 僕は全力で兵士さんの元へと駆け寄り、そのままの勢いで床へと引き倒す!


 その直後――室内に突風が吹いた。

 突風を身体に感じた次の瞬間には、部屋の中は静寂を取り戻していた。

 壁に〔大きな斬撃痕〕が残っていなければ、何が起きたのか理解できないほどの一瞬の出来事だ。


 そう、これは――父さんが魔力を乗せた斬撃を放ったのだ。

 これは〔斬撃を飛ばして風圧で炎を消し去る〕という常人離れした芸当だ。

 もはや剣技というよりは魔術の類に近い現象だろう。


 既に父さんは剣を(さや)に戻しているので、最初から何事も起きていなかったかのような雰囲気すらある。

 絨毯の表面だけが燃えていたこともあって、部屋の中には焼け焦げた跡すらほとんど残っていない。

 壁に残された斬撃痕だけが、先の混乱を物語っている――


「――お、俺の指がぁぁ!?」


 おっと、そんな事は無かった。

 咄嗟に僕が引き倒した兵士さんが無傷ではない。

 これはいけない、兵士さんは狂乱しているので声を掛けてあげなくては。


「大丈夫ですよ、()()()()()()()()()()()。いやぁ、兵士さんが無事で良かったですよ!」


 身体が上下に分断されることは回避出来たものの、飛来する斬撃によって指が数本切り飛ばされているのだ。

 だが首を落とされたならともかく、指を綺麗に切り落とされただけだ。

 優れた治癒術士なら元通りに繋げることも難しくはないだろう。

 これはもう、兵士さんは無傷で乗り切ったと言っても過言ではない……!


 しかし相変わらず父さんは無茶苦茶が過ぎる。

 消火活動をするにせよ、全員が伏せたことを確実に確認してからやるべきだ。

 これは父さんに物申してあげなくては。


「父さん、ちゃんと確認してからやらなくちゃ駄目じゃないか!」 


 父さんに苦言を(てい)するような人間は誰もいないので、息子として僕が注意をしてあげるというわけだ。

 誰からも注意されなくなるということは、不幸であり悲しいことでもある。

 父さんの為にも、ここで僕が見過ごすわけにはいかない。


 だが父さんは、文句を言われている理由が分からないような顔をしている。

 父さんのこの反応は、フェニィとよく似ている。

 二人とも善人ではあるのだが、常人と比べて感覚がズレているのが玉に瑕だ。


「本当に父さんは非常識で困るなぁ…………でも、また会えて嬉しいよ!」

「――ああ」


 クレームを入れている最中に、懐かしい気持ちを抑えられなくなってしまった。

 父さんも穏やかな顔で再会を喜んでくれているので嬉しい限りだ。

 僕と父さんが再会を喜び合っていると、可愛い妹もこちらに近付いてきた。


「お久し振りです、父さま」


 家族思いなセレンは柔らかい雰囲気を(かも)し出している。

 無言で頷く父さんからも温かい空気が感じ取れる。

 言葉は少ない二人だが、むしろ僕よりも分かりあっているような関係性だ。


 家族仲が良好であることは嬉しいので、僕の精神はいつも以上に高揚していた。

 強引に家族の手を取って円を描きながら回っていると――忘れかけていたあの人が僕に声を掛けてくる。


「アイス君、変わりが無いようだな」


 軍国王ことナスルさんだ。

 どこか疲れているような顔をしているのは、王の職務が激務だからだろうか。

 そして、まるで僕に変っていてほしかったかのような言い方にも聞こえたが……いや、きっと気のせいだろう。


「こんにちはナスルさん。僕としたことが挨拶が遅れてしまいましたね、これは失敬失敬」


 本来なら真っ先に王様へ挨拶をすべきだったのだろうが、ボヤ騒ぎがあったり斬撃騒ぎがあったりで非礼にも挨拶が遅れてしまった。

 これは常識を重んじる僕らしからぬ失態だ。

 しかし、これだけはナスルさんに言っておかなければならない。


「でもナスルさん、玉座の間に敷かれている絨毯が燃えやすいのはいただけませんよ? 難燃性、或いは耐火性の素材にすべきでしょう」


 一瞬の内に燃え広がるような絨毯では、簡単に王の身を危険に曝すことになる。

 今回は未遂で終結したから良いようなものの、これでは安全管理がなっていないと言わざるを得ないだろう。


「――元凶が偉そうに言ってんじゃねぇよ! アイスが火をつけたからこんな事になったんだろうが!」


 すかさずレットの鋭いツッコミが飛んできた。

 うむ……言われてみれば僕が〔火付け人〕だと言えなくもない。


 これは危ないところだった。

 当たり前のような顔をして父さんやナスルさんに指摘してしまっていたが、放火犯から『火の用心!』などと言われても説得力に欠けることだろう。

 やはり注意をしてくれる人間というのは貴重である。


「い、いや、構わんよレット君。……アイス君が変わっていないようで安心したくらいだ」


 ナスルさんはこの状況で安心感を得ていたのか……。

 玉座の間が炎上していたわけなので、常人ならば不安しか感じないはずである。

 以前から危惧してはいたが……ナスルさんは少し頭がおかしいのかも知れない。


 考えてみれば、娘であるジーレもまた炎上に大喜びしていた。

 やはりこの親娘の感性はかなり危ういと考えるべきだろう。

 せっかく帝王が良識人であることが判明したというのに、自国の王がこの有様では先が思いやられるものがある。


明日も夜に投稿予定。

次回、二一話〔正常な友人〕

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