二三話 戦慄
本日は三話投稿予定です。
翌日、僕とレットとルピィさんの三人は、街外れにある領主の邸宅近くに身を潜めていた。
街の外れに位置しているとはいえ、想像より遥かに広大な邸宅だった。邸宅の庭も含めれば、僕とレットの育った山奥の村を呑みこめるぐらいの大きさだ。
「ちょうど今、この屋敷に軍の先遣の使者が訪れているんですよね?」
「そうだよ。中でどんな話をしてるのかは分からないけど……」
たまたま第三軍団が近くを訪れただけで、街には食糧の供給願いをしているだけ、とかならいいが、それはあまりに楽観的な推察だろう。
人命が懸っている以上は常に最悪を想定して動くべきだ。
希望的観測はただの現実逃避に過ぎない。
この場合の最悪は、ルピィさんを捕える為に第三軍団が派兵されてきたというケースだ。
――その場合は、本当に窃盗を働いたものとして捕えにくるのか、もしくは人身御供であることを領主も軍も承知の上で捕えにくるのか、その点も知っておきたかった。
前者であれば、万事上手く事が運んで姉妹を街から脱出させた後も、国ぐるみで執拗に追ってくる可能性があるからだ。
もしも後者であれば、代わりのスケープゴートを立てて、あっさり姉妹はお役御免となることも――可能性としては有り得るのだ。
「……とにかく、軍と領主の話の流れは掴んでおきたいですね。いっそのこと、屋敷から出てきた使者を襲撃して尋問してみますか?」
僕は半ば本気で、乱暴とも言える意見を提案した。
どの道このままでは埒が明かないのだ。レットの推測では、もうタイムリミットまで三日を切ってしまっている。このまま何もしないでいるよりは、いちかばちか思い切った手を打つのも悪くない。
――ルピィさんは少しだけ考えてから僕らに言った。
「……それならボクに任せてよ。軍の使者なら領主様からの返書の書状を持ってるはずだから、それを気付かれないように盗ってくるよ」
気付かれないように取ってくる?
仮にも軍の使者が、大事な書状を盗まれて気付かないなんてことがあるのだろうか?
いくらルピィさんが盗神持ちとはいえ、才能は磨かなければ意味が無い。
ルピィさんが、積極的に〔盗術〕の技量を高めているようには見えないのだ。
或いは酒に酔わせてその隙に拝借するのかもしれない。軍の使者が前後不覚になるまで酔い潰れるとは思えないが、睡眠薬や麻痺薬を使えば可能であろう。
――もっとも、屋敷を出た後はまっすぐ軍に合流するだけであろう使者を相手に、どうやってそんな状況に持ち込むのかは想像も出来ないが……。
とりあえずルピィさんに任せてみて、失敗したら使者を襲撃しよう――僕はそう結論付けた。
――――。
それから二時間ほどが経過し、先遣の使者と思われる五人の男たちが邸宅を後にした。
彼らは街には寄らずに、そのまま街道へと歩みを進めている。
――これはよくない。
街に寄って食事でもしてくれれば、自然に書状を奪取する機会もあったかもしれないが……こうなれば強行手段しかあるまい、と僕が心中で腹を据えていると――ルピィさんがさり気無く使者達に近付いていった。
周囲の空気に溶け込むかのように音も無く、ルピィさんが発する気配にも違和感が無い。
気配が強すぎても弱すぎても、或いは完全に消したとしても、姿が見えてしまうことから違和感となるが、絶妙なバランスで空気に溶け込むように風の流れのように――対象へと近付いて行く。
そして、すれ違う瞬間に微細な動きをしたかのように見えた――
――ぞくり、と僕の背筋に痺れが走る。
僕は観察眼に自信があったが、その僕をして、事前に盗むと聞いていて油断なく注視していたにも関わらず、『何かをしたような気がする』程度にしか知覚出来なかったのだ。
正面から僕とルピィさんが対峙すれば、僕が引けを取ることは無いだろう。
だが、僕が油断しているときにルピィさんがナイフを持って暗殺に及んだとしたら、為すすべなく命を奪われているはずだ。
幼い時分、僕は一度見た技術を再現するのが得意だったので、周囲から『神童』などと呼ばれ、天狗になっていた時期もあったが、ルピィさんの技術は、僕がどれ程努力しても到達出来ない域にいることが、一目見て分かった。
――王都から早々に撤退して正解だった。
おそらくだが諜報系の神持ちである第五軍団の軍団長であれば、これぐらいの芸当はやってのけるだろう。
つくづくセレンを連れて来なくてよかったと思う――やはり僕には、まだ力が足りない。




