十四話 混沌との再会
ついに僕らは王都へと辿り着いた。
排斥の森を出てからの僕たちの足は速い。
森から王都までは、単純な距離だけを測ればそれなりの距離はある。
だが王都までの道程は、道の無い森の中を走り抜けるわけでもなく、途中で神獣に襲われることもないような街道だ。
僕たちが整備された街道を走るともなれば時間が掛かるはずもない。
「――あれっ? アイス君じゃないか、どこかに出掛けてたのかい?」
「はい、ちょっと帝国まで旅行に行ってたんですよ」
王都に足を踏み入れるなり、土産物屋のおじさんに声を掛けられた。
おじさんばかりか通行人の人たちも「久し振りだね」と声を掛けてくれる。
この街では、僕たちが道を歩けばこんな光景は珍しくもないことだ。
半年ぶりの王都になるが、街の人々は変わりないようで嬉しい限りである。
初めて王都を訪れたはずのアイファも『うむ、帰ったぞ!』という堂々とした顔をしているので一安心だ。
順応性が高いのですぐに馴染んでくれるとは思っていたが、さすがにアイファは期待を裏切らない。
集まってきた人から『またアイス君が女の子増やしてる』なんて囁き声が聞こえてくるのは引っ掛かるが……事実ではあるので甘んじて受け入れよう。
上機嫌な僕が無意味に人々とハイタッチを交わしていると、人混みを掻き分けるように懐かしい人もやって来た。
どうやら街の騒ぎを聞きつけたらしい。
喜びと驚きで興奮しているその人は――――ロブさんだ!
「アイスジャネカ!? イカテキオマヒブカ!!」
うむ、相変わらず何を言っているのか分からない……!
久し振りの再会に喜んでくれていることは分かるのだが、ロブさんは興奮状態になると言語が怪しくなるのだ。
だが、僕はこれしきの事では動揺しない。
もうロブさんとの付き合いも長いので、こんな時の対処方法は確立済みだ。
「お久し振りですロブさん! 半年振りになりますがお元気そうでなによりですよ。おっと、こんなところで立ち話もなんですからそこのお店で休憩していきましょう!」
僕は一気呵成に捲し立てた。
そう、相手の言葉が聞き取れないなら喋らせなければいいのだ。
会話の主導権を常にキープしていればこちらのものだ。
こちらの問い掛けに対する答えならば、多少言葉が聞き取りづらくても返答におおよその見当がつけられる。
これぞ攻撃は最大の防御というやつだ。
言葉が通じない他大陸の人間にも応用可能という万能会話術である。
そして僕が一方的に喋り続けていれば、次第に興奮していたロブさんも落ち着いてくるという寸法だ。
しかし、勢いに乗ってロブさんと再会のハグを交わしていると――空気の読めない声が聞こえてきてしまった。
「一体この男は何を言っているのだ?」
誰もが口に出さなかったモヤモヤにアイファが切り込んでしまった……!
アイファめ……言ってはならない事を平然と口にしてしまうとは。
ロブさんの言語障害事件に関与しているからだろう、あの厚顔なルピィですら遠慮してツッコまない事柄なのに。
これは放って置くわけにもいかない。
なにしろロブさんが『ナニイッテンダ、コイツ』という不思議そうな顔だ。
そう、ロブさんには謎言語を発している自覚が無いのだ……!
ここはロブさんを傷付けない為にも上手く誤魔化す必要がある。
「すみませんロブさん。彼女は教国の出身ですので軍国の言葉が苦手なんですよ」
言葉が聞き取れないのは聞き手の問題だと決めつけてしまおうというわけだ。
実際には教国も軍国も全く同じ言語を使っているわけだが、多少のイントネーションの違いくらいは存在する。
軍国出身の僕にもロブさんの発言内容が分からないことなど些細な事だ。
おっと、いけない。
一方的に田舎者扱いされたアイファが顔を赤くして反論しようとしている。
「おいっ、私が悪いみたいに言うんじゃ……もごっ!?」
みなまで言わせず物理的に反論を防いでしまう僕。
僕が口を手で押さえているせいか、ますます顔を赤くしてモゴモゴしている。
しかしこのアイファ、以前に口を押さえた時にも思ったのだが……ちょっと唾液の分泌が多過ぎるんじゃないだろうか?
あっという間に僕の手がアイファのヨダレ塗れだ。
『きみのヨダレでベトベトになったじゃないか、もう少し気を付けてくれよ!』と言いたくもなるが、しかし僕はそんな事を口にはしない。
僕は良識ある人間なので、デリカシーに欠けるような発言はしないのだ。
とりあえずそのままアイファの耳元で「本人にも改善できないことを指摘したらいけないよ」と諭すと、アイファは赤い顔をしたままコクコク頷いてくれたのでこの問題は解決だ。
そう、僕だってアイファの唾液量の多さを指摘したりはしない。
これがテーブルマナーなどであれば、本人の努力次第で改善出来ることなので指摘しても問題は無い。
むしろ積極的に注意してあげるべきところだろう。
しかしこれが、本人の意思では改善できないような類の内容――身体的特徴といった内容ならば話は変わる。
『きみ、頭髪が薄いね』などと指摘されても本人にも対処しようがないのだ。
その類の発言となると、忠告や指摘などではなく悪口でしかない。
だがアイファの唾液量の多さはともかく、他に気になる点を見つけてしまった。
これだけは指摘してあげなくてはならない。
「アイファ、食後の歯磨きを忘れてないかな? ――きみの唾液からリンゴの匂いがするじゃないか!」
「きっ、貴様ぁぁっ!!」
僕が親切に指摘をしてあげると――槍の乱れ突きが返ってきた!
善良な指摘者の口を永久に閉ざそうという勢いだ。
失態を演じてしまったことが恥ずかしいのか、アイファは熟れたリンゴのように真っ赤な顔をしたまま槍を使っている。
いやはや、せっかくの指摘であっても本人に受け入れる度量が無いのは問題だなぁ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、十五話〔開かれた男子会〕




