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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 

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十二話 天空の調停者

 照れているのか、僕に抱きつくことを葛藤しているセレン。

 しばらく待ってあげると決断したような表情になったので、『お兄ちゃん!』と飛びついてくるかと思いきや、セレンの口からは予想外の言葉が出てきた。


「……私は一人で空に上がります」


 一人で空に上がる……?

 魔力板で階段を創りながら上昇していくということだろうか?

 理論的には可能だが、そんな悠長なやり方では狙い撃ちにされてしまうはずだ。


 しかし、僕がセレンを止める間も無かった。


 セレンは軽やかな動作でその場から跳躍する。

 そのまま数メートル飛び上がり、跳躍が最高到達点に達する前には魔力板を中空に創り出し――流れるようにそのまま魔力板に着地した。


 セレンの動きはそこで終わらない。

 最初の跳躍と同様、飛び上がる度に魔力板を創り出しては空へと上昇していく。


「なにあれ!? 恰好いいじゃん!」


 ルピィが感嘆の声を上げているのも当然だ。

 これは悠長なやり方どころか、僕が空術を行使するより上昇速度が速い。


 恐るべきは魔力板の生成速度だろう。

 跳躍途中に生成してそのまま足場にするというのは尋常な速度ではない。

 実戦で〔絶対防御の盾〕として使うこともセレンには造作もないはずだ。

 ……そろそろ模擬戦でセレンに勝利することが厳しくなってきた気がする。


 いや、兄の威厳を気にしている場合ではない。

 このままではセレンが一人で神獣を討伐してしまいそうだ。

 そう、僕はルピィを無意味におんぶしただけになってしまう……!


 慌てて空術で追いかけるが、既にセレンは雲の上だ。

 どうやら上昇途中の僕とルピィが攻撃を受けないように、鷹の注意を一身に引きつけてくれているらしい。

 セレンは一歩も動くこともなく、顔色一つ変えずに風の砲弾を防いでいる。


 セレンの方から攻撃をしていないのは、迂闊に手を出して逃げられてしまうことを危惧しているからだろう。……結果的に可愛い妹に囮役をやらせてしまったことになるので申し訳ない気持ちだ。  


 だがその甲斐あって、僕とルピィは充分に近付くことが出来た。

 リンゴ園を荒らす害獣にはここで退場してもらうとしよう。


「ふふっ、()()が役に立つ時が来たようだね」


 不敵に笑うルピィが手の上で転がしているのは〔鉄球〕だ。

 投擲用として、ルピィが王都の鍛冶屋に作らせていたものだ。

 ルピィなら小石を投げるだけでも充分な殺傷能力があるはずだが、ここぞとばかりに鉄球を使用するつもりらしい。


 そしてルピィは「セレンちゃん、いくよ」と声を掛けたかと思えば、セレンの返事も待たずに手首のスナップだけで鉄球を投げ放つ。

 地表から天空に投げているのではない、今の僕たちは標的と同高度にいる。

 ルピィの何気ない仕草から放たれた鉄球は、たとえ神獣とて容易に回避出来るようなものではない。……しかもそこから刻術による急加速だ。


 神獣に回避動作を取らせることもなく――鉄球は神獣の頭を貫いた。


 考えてみれば、ルピィが鉄球を敵に投げるところを見るのはこれが初めてだ。

 僕自身は何度か投げつけられたことがあるのだが、こうして改めて見ると恐ろしい破壊力である。


 風の防壁を破り神獣の頭を貫通した後も、鉄球の勢いは衰えることなく地平線の向こうに消えている。……僕はこんなに恐ろしい攻撃を受けていたのか。


 ――――。

 

 地上に戻ってきた僕らは仲間たちに温かく歓迎された。


「うむ、でかしたぞ!」


 討伐指示を出した上司のような顔で賞賛してくれるアイファを筆頭に、フェニィやレットも言葉は少ないながらも満足そうだ。

 皆もそれぞれリンゴ園が襲われたことに憤っていたからだろう。


 そんな祝勝の空気の中でも、仔猫ちゃんだけは木陰でお昼寝中だ。

 おやつの後は寝る習慣がついているので仕方がないところだ。

 セレンがマカを永眠させそうな眼で見ているが……責めてはいけないのだ!


 もちろん、セレンの気持ちも分からなくはない。

 今回は空を飛び回る〔風神〕が敵だったので、パーティーの戦闘適性的にはマカが最も優れていたのだ。


 そのマカちゃんが僕らの後詰に控えるわけでもなく、呑気に日陰でスヤスヤしていたのが気に食わないのだろう。

 セレンは自分にも他人にも厳しい子なので、怠惰な存在を嫌う傾向があるのだ。


 しかし、誤解してはいけない。

 マカのお昼寝は僕たちへの信頼の証でもあるのだ。

 むしろ『信頼してくれてありがとう』――いや、『寝ててくれてありがとう』と伝えても良いくらいだ!

 うむ、住人が在宅中の家に空き巣に入った泥棒のセリフのようだ……!


 僕とセレンが真逆の感情でマカの寝姿を見守っていると、マカとは別の意味で野生を感じさないコザルさんが近付いてきた。


「驚いたな、アイス少年たちは空が飛べるのか」


 驚きの表情が読み取れないコザルさんが感嘆の言葉を送ってくれた。

 無表情なフェニィの感情を察知することには慣れてきた僕だが、コザルさんのそれは人間離れしているのでさすがにお手上げだ。


 コザルさんは神獣を撃破したことよりも空を飛んだことの方に驚いているようだが、考えてみれば当然のことなのかも知れない。

 空術の使い手は基本的には〔空神〕のみなので、普通に生きていて直接空術を見る機会などほぼあり得ない。

 しかも森で生活しているとなれば尚更だ。


 そしてコザルさんは、僕とセレンの二人が空を飛べると誤解しているようだが、それも無理はない。

 セレンが華麗に飛び跳ねていた姿は飛んでいるようにしか見えなかったのだ。

 僕より上昇速度が速いので――むしろこちらの方が飛べてない感がある!


 またしても兄の威厳がグラついてしまうところだが、セレンは自分の手柄を誇ることはあっても僕を蔑んだりはしない子なので心配は無用だ。

 ここは素直に天空兄妹としてお揃いであることを喜ぶべきところだろう。


「ええ、そうなんですよ。僕は軍国では〔天空の調停者〕と呼ばれたりもしています」


 ついつい通り名を捏造してしまう僕。

 しかもジェイさんの〔天空の王〕という通り名を若干パクってしまっている。

 調停者と言うわりには神獣を問答無用で討伐してしまっているのだが、リンゴ園を襲うような輩は死刑もやむを得ない……!


「それより、この鷹はどうしますか? 晩御飯のオカズにしちゃいますか?」

「俺は肉を食わないんでな。アイス少年の好きにすればいいさ」


 なんと、この立派な体格でベジタリアン……!

 ……いや、考えてみれば原種であるゴリラも草食寄りの雑食性だ。

 何も不自然な事などない、人を見た目で判断してはいけないのだ。


 しかし、問題はこの鷹肉だ。

 討伐したら食べてあげるのが礼儀ではあるが、肉食の動物の肉は総じて美味しくないという問題がある。


 もう一両日中には軍国に着く予定なので、焼却処分とするのが妥当だろう。

 これは、好き嫌いをしているわけではない。

 大荷物を抱えて帰国するのは手間であるし、しかもそれが美味しくない神獣肉ともなれば誰も幸せになれないのだ。


明日の投稿で第一部は終了となります。

次回、十三話〔陸のエメラルド〕

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