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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 
224/309

十一話 招かれざる客

 昼下がりの平穏なひと時。

 僕たちがリンゴ園を立ち去り難い気持ちからズルズルと休息を取っていると――不意に、空高くから荒々しい気配を感知した。


「ギャッギャッギャッ」


 気配の主は、()()()()だ。

 その巨体からして、〔鷹の神獣〕であることは間違いない。


 距離があるので加護の種類までは分からないが、その飛行速度は極めて速い。

 だみ声で笑う鷹は、地表にいる僕たちを挑発するように大空を旋回している。

 身体の質量からすると自在に飛べるようにも思えないが、おそらく何らかの魔術を行使しているのだろう。


「チッ、また来やがったか」


 コザルさんが舌打ちをしながら大地に手をつける。

 その手に応えるように――土を固めて成形された土団子が何十個も現れた。

 これは、〔土神〕のコザルさんによる土術だ。


 土神は戦闘系ではないが、建築・土木関係で重宝される魔術系の神持ちだ。

 おそらくリンゴ園を造園する際にも、土術が遺憾なく発揮されたことだろう。


 そしてコザルさんのこの様子からすると、どうやらあの鷹は敵のようだ。

 コザルさんは固めた土団子を投げて鷹を追い払おうとしているらしい。

 だが……土術は攻撃向きの魔術ではない上に、相手は空を飛ぶ神獣だ。

 このように間接的に魔術を利用することしかできないので、コザルさんと鷹との相性は最悪だと言わざるを得ないだろう。


 しかし、あの鷹は何なのだろうか?

 リンゴ園近所の神獣とは友好的な関係だと聞いているが、あの鷹とは明らかに敵対関係のように見える。


「コザルさん、あの鷹は?」

「あいつは面白半分に俺のリンゴ園を荒らしている野郎よ。何度追い払ってもまた来やがるのさ」


 どうやら森の遠くに住んでいる神獣の一匹らしいが、コザルさんのリンゴ園を見つけて以来、頻繁にちょっかいを掛けてくるようになったらしい。

 縄張り荒らしということになるが、相手は空を飛び回っているのでコザルさんは手を焼いているようだ。


 それにしても、ゴリラのコザルさんが農作物を守る為に害獣を追い払うのか…………いや、何もおかしくない、何もおかしくなんかないぞ!


 ともかく、コザルさんが困っているなら黙って見ている手はない。

 森の縄張り争いに介入してしまうことになるが、放って置けるわけがないのだ。


「水臭いなぁコザルさん。そういう事なら僕たちを頼って下さいよ!」

「アイス少年、手伝ってくれるのか? だがな、相手は空の上だぜ?」


 その懸念は当然なのだが、僕たちにとっては問題にならない。

 投擲術には自信があるのでコザルさんと一緒に土団子を投げても良いし、空術で近付いて直接攻撃するという手もある。

 ……しかし、僕の楽観はすぐに否定されることになった。


 ヒュッ、と砲弾が風を切るような鋭い音が僕の耳に届く。 

 そして風切り音のすぐ後――大きな衝撃音が響き渡り、めきめきと音をたてながらリンゴの木は倒れてしまった。

 だがリンゴの木には、衝突したらしき固形物は見受けられない。


 しばらく観察に徹していると、先ほどと同じような風切り音が僕の耳を突く。

 そしてまた、人の眼には見えない何かがリンゴ園の大地を抉った。

 だが、常人には見えずとも僕の眼にはハッキリと視えた。


 飛んできたのは()()()()だ。

 そう、これは〔風術による狙撃〕に他ならない。


 風の砲弾を攻撃力だけで判断するならば、一撃や二撃ではこの場の誰にも致命傷を与えることはできない攻撃だろう。


 しかし、この攻撃は〔風〕だ。

 僕やセレン以外には視認出来ないので、攻撃を回避することは容易ではない。

 術者との距離があるせいか照準は甘いものの、安全圏から一方的に攻撃出来るというメリットは大きい。


「ギャッギャッギャッ!」


 僕の推測を肯定するように、遥か上空にいる鷹が下品な笑い声を上げている。

 あの距離からこれだけの威力の風術を放つことが出来るということは、十中八九あの鷹は〔風神持ち〕なのだろう。


 風神はジェイさんの空神に似ているが、空神よりも戦闘に特化した加護だ。

 おそらくあの鷹も、ジェイさんのような竜巻での広範囲攻撃も可能なはずだ。

 だが、攻撃の威力よりも安全性を重視して、射程距離の長い〔風の砲弾〕での攻撃を選んでいるに違いない。


 現にコザルさんが土団子を鷹に投げているが、上空に届く頃には速度が減衰してしまっている。

 それでも、普通の鷹なら撃墜出来そうなほどの見事なコントールの剛速球だ。

 神獣を仕留めるには至らないものの、嫌がらせにはなりそうだと思っていると――土団子は鷹に接触する直前に弾き飛ばされた。


 なるほど……どうやら風の防壁を形成しているようだ。

 風の砲弾での遠距離攻撃もそうだが、向こう見ずな個体が多い神獣には珍しいほどに慎重だ。


 さすがに生存競争の厳しい排斥の森で生きているだけはある。

 安全圏を維持しながら風の砲弾を打ち続けて、時間を掛けて安全に獲物を仕留めるのがあの鷹のやり方なのだろう。


「なんかアイツ腹立つなぁ……」


 遥か上空からの挑発に、ルピィが苛立ちの声を上げている。

 しかし強肩のコザルさんの投擲が通じないくらいなので、おそらくルピィの投擲でも一撃で致命傷を与えることは難しいはずだ。


 セレンの刻術で投擲を加速すればいけるのかな? とは思うが、仕留めきれずに取り逃がしてしまうと面倒なことになる。

 僕たちがリンゴ園から立ち去った後に、鷹が再来する可能性があるのだ。


 やはり対象との距離がネックだ。

 よく土団子を届かせることが出来たものだ、と感心するほどに遠い距離だ。


 こんな時には、フェニィの炎術で広範囲に焼き尽くしてもらいたいところだが、今日は広大な研究所を焼いてもらったばかりなのでタイミングが悪い。

 魔力量の多いフェニィであっても大規模の炎術を連発するのは難しいのだ。


「…………」


 フェニィ自身もそれを自覚しているのか、心なしか悔しそうな様子だ。

 リンゴ園が襲われているのに、自分で反撃できないのがもどかしいのだろう。

 ここはフェニィの為にも、仲間の僕たちがスマートに解決してあげるしかない。


 ちなみに強力な遠距離攻撃となるとマカの雷術もあるのだが、今回ばかりはマカにお願いするわけにはいかない。

 マカの生み出す巨雷ならば、発動速度も早ければ威力も申し分ないが……雷の特性上、攻撃が地表に落ちてしまうのが大きな問題だ。

 そう、敵を倒してもリンゴ園を炎上させてしまったら意味がない……!


 それにこの程度、猫の手を借りるまでもない。

 僕の脳裏では、既に完璧な討伐プランが完成している。


「セレン、ルピィ。僕の身体に掴まってくれるかな? 空に上がってから敵を狙い撃とう!」


 地表での投擲が攻撃力に欠けるのならば、標的に近付いてから投擲してやればいいだけの話だ。

 セレンかルピィの一人だけでも充分なのかも知れないが、念には念を入れて二人に協力してもらおうというわけだ。

 以前〔速神持ち〕の神獣と闘った際、初撃で仕留めきれなかったせいで面倒なことになった経験もあるので油断はしない。


 しかもあの鷹は、逃げ足の速そうな〔風神持ち〕の神獣だ。

 手負いで逃がすと厄介なので、確実に一撃必殺で討伐する必要性がある。


 もちろん、セレンとルピィは僕の協力要請に快く応じてくれた。

 素直なのか素直じゃないのか分からないルピィは「仕方ないなぁ~」と言いつつ、嬉しそうに僕の背中におぶさったのだが…………しかしなぜか、快諾してくれたはずのセレンが動かない。


「どうしたのかなセレン? ――ヘイ、カモンシスター!」


 決戦を前にしてテンションが上がっている僕。

 だがセレンは、戸惑っているように無言で僕を見ている。


 おかしいな……? 

 僕は両腕を広げて待ち構えているのに、なぜ抱きついてこないのだろう?

 セレンとルピィを同時に運ぶべく、今回は〔おんぶ〕と〔抱っこ〕を併用しようというわけなのだ。


 ひょっとして……前回セレンを抱っこして飛空した際、不慮の事故で墜落してしまったことを警戒しているのだろうか?

 あの時は僕が調子に乗ってセレンを怒らせてしまったのが失敗だったが、僕は同じ轍を踏むような真似はしない。

 そう、今回は胃に穴が開くようなことはない……!


 もしかしたら、セレンとルピィで僕を挟むわけなので、僕に掛かる負担を心配してくれているのかも知れない。

 それでなくとも、僕がチキンカツサンドのチキンカツのようになってしまうことから、レットに『こいつはとんだチキンカツ野郎だぜ!』と暴言を吐かれる可能性は否定できないだろう。


 だが、僕には覚悟が出来ている――チキンカツアイスと呼ばれても構わない!

 語感の良さに屈したりなんかしないぞ……!


あと二話で第一部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、十二話〔天空の調停者〕

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