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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 
223/309

十話 思い出のアップルパイ

 コザルさんに僕たちのことを語る前に話しておくべきことがある。

 それは、フェニィの過去の事情についてだ。

 洗脳されて森での生活を強制されていた、ということを説明しておくべきだ。


 フェニィの境遇について語ることには意味がある。

 それは他でもない――もし過去のフェニィが多大な迷惑を掛けていたとしても、今のフェニィを責めないであげてほしいという気持ちがあるのだ。

 

 ――――。


 コザルさんは黙って僕の話を聞いていた。

 そして全てを聞き終えた後、どこか哀しみを宿した目で口を開いた。


「洗脳か……人間とは業が深い生き物だな」


 コザルさんを危険に巻き込むわけにはいかないので〔呪神〕の詳細は伏せたのだが、人間に対するイメージがダウンしてしまったようだ。


 これは仕方がないところではある。

 神の存在を知ることで神に目をつけられるリスクが否定できないのだ。

 当事者ならともかく、平和に暮らしているコザルさんに無用なリスクを負わせるわけにはいかない。


 だが、少し場の空気が重くなってしまった感がある。

 ここは得意の軽いジョークで場を和ませるべきだろうか――『人間は業が深いですがコザルさんは毛深いですね!』


 いや、さすがに身体的特徴を揶揄(やゆ)するのは失礼かも知れない。

 コザルさんとて好き好んで剛毛な身体で生まれたわけでもないのだ。


 しかし、生まれたと言えばコザルさんの素性も気になるところだ。

 森に住んでいながらも円転自在な言語能力。

 さらに加えて、人間顔負けの優れた農業技術ときたものだ。

 いくら神獣とはいえ、あまりにもゴリラ離れしすぎである。


「大丈夫ですよ、悪い奴はもう僕たちが退治しましたから。それより……コザルさんのリンゴ園は実に見事なものですが、どこでこれほどの技術を覚えられたのですか?」

「フッ、分かるかアイス少年。俺はリンゴ園を営む人間に育てられたからな。リンゴに掛けては早々遅れを取らんよ」


 うむ、会話を交わせば交わすほどツッコミポイントが増えていく人である。

 果たしてリンゴで遅れを取るとはどんな状況なのだろうか?


 そして、薄っすらと想像はしていたが、やはりコザルさんは人間と関わりがあったゴリラさんだったようだ。

 続けて語られた半生は…………聞くも涙語るも涙のドラマチックなものだった。


 コザルさんは生を受けてすぐに自我に目覚めたが、異質な子供を扱いかねた親に捨てられたらしい。

 森の入り口で捨てられていた子ゴリラを拾ったのが、リンゴ園を営む老夫婦だ。

 子供のいない老夫婦は子ゴリラにコザルと名を与え、実の子供のように育てるが……残念ながらコザルさんは神獣だ。


 日を追うごとに巨大化していく自分の存在に悩みつつ、結局はコザルさん自身の意思で老夫婦の元を離れる事を決断したとのことだ。

 そして排斥の森に入って土地を切り開き、餞別代わりに貰ったリンゴを植えて試行錯誤しながら数十年――今では立派なリンゴ園の主となったわけである。


 かつて国の政策で、神獣を戦力として利用しようとした試みは失敗に終わったと聞いているが、家族として共に生きるという前例は存在していたということだ。


「男が容易く涙を見せるもんじゃねぇぜ少年。……だが、ありがとよ」


 僕は泣いてしまっていた。

 離れ離れにならざるを得なかった老夫婦とコザルさんの心情を想うと、落涙を抑えきれなかった。


 コザルさんを見れば、彼が老夫婦に愛されて育ったことはよく分かる。

 さらりと語ってはいたが、老夫婦が彼の出立を引き留めたことは間違いない。

 それでもコザルさんは、家族に迷惑を掛けることを嫌って別れる選択をしたのだろう。


 そして、この話は他人事ではない。

 人間と神獣の共存という問題は、僕とマカの問題でもあるのだ。

 マカは語る術を持たないので詳細は不明だが、この仔猫も生まれてすぐ親に捨てられたのではないかと推察している。


 だが、それは珍しいことでもない。

 生まれて間もない段階でも、同族より高い知性と能力を持っている神獣だ。

 知識を持たない獣からすれば、自分の子供を不気味に感じてしまってもおかしくはない。


 しかも神持ちは、通常種の何倍もの食事を必要とする大食漢が多い。

 それらの事情を考慮すれば、普通の獣が我が子を持て余してしまうのも責められないものはある。……当のマカはコザルさんの話には興味がないらしく、リンゴの木を見ながら鼻をヒクヒクさせているのだが。


 仔猫ちゃんばかりか、フェニィやアイファも露骨にリンゴを凝視しているので、そろそろ本懐を果たすべき時だろう。


 ――――。


「今の俺にはちと甘過ぎるが……懐かしい味だ」


 コザルさんの感想は否定的かと思いきや、昔を懐かしんでいる穏やかな声だ。


 そう、僕はコザルさんにアップルパイを振る舞っていた。

 リンゴを頂戴したい旨を伝えると二つ返事で了承してくれたので、お礼の気持ちを込めてコザルさんにもご馳走している次第である。


 ちなみにこのリンゴ、アップルパイにするのも惜しいほどの高品質なリンゴだ。

 ひと口齧れば口の中いっぱいに甘みが広がるという、軍国の王都でも中々お目にかかれないような一級品である。


 普段は、自分で食べたり近所の神獣との物々交換に利用しているらしい。

 個人的には森の神獣コミュニティにも興味があるところだが、フェニィに悪感情を抱いている神獣も多いようなので刺激しない方が良いだろう。


 昔のフェニィは――定期的にリンゴ園を訪れて、黙々とリンゴを食べて帰っていったそうだ。

 森の神獣界隈では、アンタッチャブルな存在として有名な〔女王〕。

 そんな女王が現れた時にはコザルさんも驚いたようだが、こちらから手出ししない限りは無害ということで放置していたらしい。


 本当に、コザルさんには申し訳ないやら有り難いやら複雑な気持ちだ。

 フェニィが森に来た時からの付き合いらしいので、十年間リンゴをフェニィに提供し続けてくれたことになる。


 珍しくフェニィが他人に友好的な雰囲気を感じさせるのも納得だ。

 アップルパイを頬張ったかと思えば、僕とコザルさんにそれぞれ視線を送って「ん」と満足そうな声を上げて頷いているのだ。


 食材提供者にまでこんな態度を取るフェニィは見たことがない。

 フェニィの短い言葉の中には――『リンゴもアップルパイも超美味しいよ、ありがとう!!』という言葉が込められていたことは間違いない……!


 もちろん他の仲間たちにもアップルパイは大好評だ。

 セレンとルピィは、優雅にティーカップを傾けながらパイを摘んでいる。


「人の役に立つ神獣が存在するとは思いませんでした」

「そうだよね~。うん、このリンゴなら王都でも高値が付くよ」


 おやおや……セレンたちはマカが神獣であることを失念しているのかな?

 もうマカは当たり前の存在になりつつあるので、彼女たちの意識から除外してしまっているのだろう。


 激甘批評家のアイファは、食べることに夢中で批評を忘れるという批評家らしからぬ失態を犯している。

 口の周りをべとべとにしてパイをぼろぼろ零しているという、失態に失態を重ねた姿である。……猫のマカの方が上品に食べている!


 しかし、アイファは好物を食べる時にはマナーが悪くなる傾向があるので、この有様は光栄であるとも言えるだろう。

 そう、食べ終わった後に手をペロペロするのも確定的に明らかである……!


 仲間内ではレットだけが複雑そうな顔でアップルしているが、もちろん親友の僕にはその理由はお見通しだ。

 レットが困惑していることも当然だ。

 なにしろ軍国への帰国途中にも関わらず――ゴリラであるコザルさんのリンゴ園でアップルパイを食べているのだから!

 うむ、言葉にすると僕の方も混乱してきたぞ……!


 それもこれもダンディーなゴリラであるコザルさんの影響だろう。

 ある意味では、ロブさん以上にカオスな存在であると言えよう。


あと三話で第一部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、十一話〔招かれざる客〕

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