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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 
222/309

九話 上からの知人

 セレンの新しい可能性に触れた僕たちではあったが、この場で感動してばかりもいられない。

 初志貫徹。目的を忘れてはいけない。

 そう、お昼のおやつにアップルパイが待っている……!


 僕たちはリンゴの群生地を目指して休息の地を跡にする。

 前半で距離を稼いだこともあって、目的地までそれほど時間は掛からなかった。

 またアイファが体力の限界を迎えてしまう前には、僕たち一行は旅の目的地へと辿り着いたのだ。


「う~ん、どういうことだろう?」

「ええ、妙ですねにぃさま」


 僕が思わず漏らした困惑の声に、セレンが合いの手を返してくれた。

 何事にも動じないセレンですら不審感を抱いているのも当然だ。

 リンゴの群生地にやってきたのはいいが、眼前に広がる光景は事前の予想を遥かに越えていた。


 ここが排斥の森であることを失念してしまうような景色。

 草木が生い茂る森の中にぽっかりと現れた空間。

 整地されたとしか思えないような空間だ。

 そこには、リンゴの木が等間隔に整然と植えられていたのだ。


 そう――()()()()()()()

 これが自然に出来たものであるはずがない。

 不自然なのは、測ったように等間隔に植えられていることだけではないのだ。


 僕の知るリンゴの木より小さいにも関わらず、沢山のリンゴが実っている。

 おそらく小さな台木に接ぎ木して栽培されているのだろう。

 しかし、こんな森の中で誰がこんな事をしたのだろう……?


 そんな僕の疑問の答えは――――木の上からやってきた。


「……生きていたか、女王」


 フェニィを見て『女王』と呼んだ男は、森の木を足場にして近付いてきた。

 その体躯は巨大だ。五メートル近くはあるだろう。

 だがそんな巨体にも関わらず動きは軽やかだ。


 木の上から僕たちの前に飛び降りてきたが、大地を揺らすようなこともなく流れるような着地だ。

 僕はフェニィに問い掛ける。


「フェニィ、お知り合いかな……?」

「……ああ、サルだ」


 フェニィから返ってきたのは簡潔明瞭な答えだ。

 そう、目の前にいる彼は――ゴリラだ!


 毛深い身体に、常人を凌駕する体躯。

 考えるまでもなく、彼は〔ゴリラの神獣〕なのだろう。


 もちろん神獣と言っても、ゴリラ氏が敵対的な存在ではないのは明らかだ。

 悪意のない純粋な瞳からは、底知れない優しさを感じてしまうくらいである。


 しかし、フェニィには『猿だ』と言われたが……そんな事は見れば分かるのだ!

 フェニィにはこのゴリラ氏との関係性を聞きたかったのである。

 死滅の女王時代の顔見知りではあるようだが、当時のフェニィは会話もできない状態だったはずなので、一体どうやって意思疎通を図っていたというのか?


 しかもこのゴリラ氏、フェニィのことを『女王』と呼称している。

 自分に襲いかかる神獣は全て血祭りに上げていたとはフェニィの談だが、森の神獣にまで女王と呼ばれていたようだ。

 僕が様々な疑問について思考していると、ゴリラ氏が口を開く。


「驚いたな……口がきけたのか」


 どうやらフェニィが言葉を発している事実に驚いているらしい。


 フェニィが排斥の森に縛られていた十年間。

 その間、一度も言葉を喋ったことは無いはずなので、ゴリラ氏が瞠目しているのも無理はない。……僕にはゴリラ氏が喋っていることの方が驚きなのだが。


 しかし、実際どこで言葉を学んだのだろう?

 排斥の森で人間の言葉を勉強する機会があるとは思えない。

 それもただ単語を発しているだけではなく、相当に流暢な発音だ。

『ヤルジャネカ!』――そう、ロブさんより流暢だ!


 おっと、ゴリラ氏に感心している場合ではない。

 フェニィに会話の意思が見られない以上、僕がゴリラ氏とコミュニケーションを取らなくてはならない。


「初めまして、僕はアイス=クーデルン。大陸一の平和主義者として有名な人間です。ゴリラさんのお名前も伺っていいですか?」


 人間社会に疎そうなところにつけ込んで〔大陸一〕などと盛ってしまう僕。

 だが、帝国の一件も平和的に解決出来たことであるし、それほど誇張しているとも言えないはずだ。

 ゴリラ氏は僕の自己紹介を受けて、その大きな口を静かに開いた。


「フッ、こんな所に来るだけあって珍しい人間だな…………俺の名はコザル。リンゴを育てることだけが取り柄のしがない神獣さ」


 どうしよう……ツッコミどころが多すぎるぞ!

 どう見ても〔コザル〕というよりは〔大猿〕だろうという名前も気になるし、取り柄が農業だけと言っているが――とても暴力に適正がありそうなボディじゃないか!


 僕の内心の葛藤に気付いたわけではないだろうが、アイファが僕の心中を代弁してくれる。


「コザル……? 何を言っている、オオザルの間違いだろう!」

「そう言ってくれるな少女。大事な人から貰った大切な名前よ」

「むっ……そうか。それはすまなかった」


 コザルさんに(とが)められたアイファは素直に謝っている。

 この子は高慢にも見えるが、自分の非を認めることが出来る良い子なのだ。

 相手が人間でなくとも、こうして謝罪が出来ることは実に立派だ。


 よし、アイファには後でアップルパイを多く分けて……いや、それは駄目だ。

 失敗して上手くリカバーしたからといって贔屓するのは違うだろう。

 それでは最初から失敗をしていないセレンたちに申し訳が立たない。


 しかし、危うく僕もアイファのようにツッコむところだった。

 礼節を重んじているこの僕が、大切な名前をからかうような不作法を犯すところだったのだ。

 特別に贔屓することは出来ないが、先に地雷を踏んでくれたアイファには後でお礼を言っておこう。


「分かってくれれば構わんさ。少年たちは女王の家族なのか?」


 種族的な問題でコザルさんの表情は全く読めないものの、どうやら爽やかに非礼を許してくれたようだ。

 どう見ても血縁関係に見えない僕たちを『家族なのか?』と聞いてきているが、おそらくコザルさんの方も人間の容姿は判別しづらいに違いない。


明日も夜に投稿予定。

次回、十話〔思い出のアップルパイ〕

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