二二話 判明
進展があったのは、僕とレットが滞在するようになってから三日目の朝だ。
レットが観ている予知夢の内容が、更に鮮明になったのだ。
――僕らが姉妹の家に滞在を始めてからというもの、レットは目に見えてやつれていた。
共に暮らしている二人が死ぬ姿を為すすべなく見続けている、そんなレットの憂苦を想察させる姿だった。……僕は二人の姉妹も心配だが、レットのことも憂慮していた。
レットが夜もなかなか寝つけずに、布団の中で起きている気配を発しているのを知っている。眠れば必ず悪夢を観るのだから、寝付けないのも当然だ。
それでいて、予知夢を観ることで姉妹を救う手掛かりを得なければならないのだから、寝ないわけにはいかないのだ。……レットの心労は察するに余りある。
そんなレットは、やつれた顔で血走った眼をしながら、僕らに夢の内容を告げた。
「ルピィさんが磔になっている広場で、周りの群集の声がはっきりと聞こえてきました――それは〔盗神の加護持ち〕が領主の家宝を盗んだという話でした」
「「ええっ!!」」
二人の姉妹は目を見張って驚いている。
――だが僕には驚きが少なかった。ある程度予想はしていたのである。
公開処刑になるぐらいだから、権力者が絡んでいる案件なのは予想の範囲内であったし、領主と友好的とは聞いてはいても――僕は過去のこともあって、権力者である領主を微塵も信用していなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 領主様の家宝ってことならボクも知ってるけど、少し前に、他の領主との賭けに負けて取られたから、もう手元に無いはずだよ」
――ならば答えは一つしかない。
「……冤罪ですね。盗神持ちのルピィさんを犯人に仕立て上げて、公開処刑にするのではないですか?」
「そ、そんな……たしかに領主様の家宝は、将軍様から下賜された宝剣で、賭けの対象にしていいようなものじゃなかったけど……」
「では、なんらかの形でそれを知った将軍から問責を受けた領主が、ルピィさんに盗まれた、ということにしたのでしょう。……『盗神持ちに盗まれたなら仕方がない』という名分で」
「…………」
ルピィさんは言葉に詰まっている。
しかし、あり得ることだと思っているのだろう。反論の言葉は無かった。
僕でなくとも、〔盗神の加護持ち〕と聞けば大盗賊団の頭のような人物をイメージする人間は多いことだろう――『それほどの大物に狙われたのなら仕方がない』とも思えてしまうほどに。
恐らくだが、ルピィさんが盗神持ちであることを、領主自身も知らなかったという事にするのではないだろうか。ルピィさんを雇った時からこのようなことを企んでいたのか分からないが、予知夢が示す以上、領主がルピィさんを切り捨てるつもりなのは瞭然だ。
「とにかく、領主の近辺について調べてみましょう。事実確認をする必要があります」
まだ戸惑いの最中にいるルピィさんに声を掛けると、しばらく躊躇した様子だったが、やがて意を決したように頷いた。
「――ボクに任せておいて」
そう言ったルピィさんが戻ってきたのは、ルピィさんが家を出てから一時間も経過していない時だった。いくらなんでも早すぎるのではないかと思ったが、ルピィさんは有益な情報をしっかり手に入れてきていた。
……僕は、この人の情報収集能力を過小評価していたのかもしれない。
「気になる話があったよ。王都から第三軍団がこの街に向かってきてるって噂。
どうも明日くらいには、軍からの先遣の使者がこの街に着くんじゃないか、って話だね」
どうすれば軍からの使者が届くタイミングまで知り得ることが出来るのか、甚だ疑問ではあったが、ちょうどこの時機に第三軍団の来訪となると〔裁定神の予知夢〕の内容と無関係とは思えない。
第三軍団が団員単独で動くはずがないので、間違いなく軍団長である〔ネイズ=ルージェス〕が来ているはずだ。
〔剣神の加護〕持ちであるネイズさんは、父さん繋がりで僕とも面識がある。
決して悪人ではないが、孤児であった頃に軍に拾われたことを恩義に感じ、軍に絶対の忠誠を誓っている人だ。
このタイミングで剣神が出てきたことに、僕はひっそりと眉を顰めた。
最終手段として、僕とレットによる力押しの解決も視野に入れていたのが、かなり困難になったからだ。
ネイズさんは、軍国の法に反する存在には決して容赦しない人なのだ。
顔見知りだからと言って手心を加えてくれる人でもない。
しかも〔剣神持ち〕でありながら鍛錬も欠かさない人なので、かなり腕も立つ――僕とレットの二人がかりでも勝てる保証は無いほどに。
そして同時に、第三軍団の来訪を聞いて、予知夢の中で〔神持ち〕であるルピィさんが処刑台に捕らえられたことへの疑問も解消された気がした。
そこらの軍人ではルピィさんの相手にはなるまいが、軍団長が出張ってきているとなればルピィさんでも対応は困難なはずだからだ。




