六話 鉄壁の糧食
糧食を昼食のメニューに加えるとはいえ、全てを放出するわけにはいかない。
非売品の限定品とも言えるものなので、取り扱いには慎重を期すべきだろう。
「帝国の糧食はお土産にしたいから、お昼に食べるのは少しだけだよ? 今日のところは狩った魔獣をメインにしよう」
帝国軍の糧食ともなれば、帝国土産としてはうってつけの代物だ。
軍国の兵士さんも興味を持ちそうな気がするので、帰り道で全て平らげてしまうには惜しい。
この場では試食程度に留めておいて、今日のところは魔獣をメインに食べておいた方が今後の為だ。
「どんな魔獣でも美味しく調理してあげるから大丈夫だよ。――それじゃあフェニィ、魔力を抑えてもらってもいいかな?」
森に足を踏み入れてからというもの、フェニィに魔力を放出してもらっていた。
その理由は他でもない、フェニィの魔力で魔獣を寄せ付けないようにする為だ。
僕らは急ぎの旅をしているのだから、わざわざ森に住む魔獣たちの相手などしていられないのだ。
フェニィの魔力は街中では他人に迷惑を掛けてしまうものだが、この森ならば他の人間と遭遇する可能性は低いので問題はない。
考えてみると――フェニィが排斥の森に送られた背景には、彼女の膨大な魔力も要因としてあったのかも知れない。
成長に伴い肥大化していったと思われるフェニィの魔力だ。
研究所の一般職員では近付くことも難しくなっていたのは想像に難くない。
フェニィを森の番人として置いておけば、軍国への抑止力になる上に、研究所からの厄介払いも出来るので一石二鳥というわけだ。
だが現状においては、フェニィの攻撃的な魔力は実にありがたい。
マカもフェニィと魔力の質が似ているが、今回に限ってはフェニィの魔力の方が効果的であるはずだ。
排斥の森に入ってから魔獣とほとんど接敵していないのは当然として、神獣にも襲われていないのがその証左になる。
フェニィが排斥の森に送られる以前、人間が森を通過する際にはルート選択が重要だと言われていた。
そう、〔神獣の縄張り〕を慎重に避けることが必須だったのだ。
しかし、僕たちは神獣の縄張りを把握していないので、幾度となく神獣の縄張りに踏み入っているはずなのだが……これまでのところ、神獣側からのアクションは全く無い。
これは〔神獣がフェニィの魔力を覚えている〕ことが要因にあると思っている。
十年もの長きに渡って森に君臨していたフェニィだ。
少なくとも、知性の高い神獣がフェニィの存在を知らないはずがない。
実際にフェニィは、襲ってきた神獣を何匹も返り討ちにした経験があるらしいので、賢明で知られる神獣ならフェニィを警戒していたと考えるのが自然だ。
それに、フェニィが森を離れてからまだ一年も経過していない。
ここまでの道程で神獣からの干渉が無かった事実も考えれば、神獣がフェニィの魔力を覚えているという可能性は高いだろう。
ちなみにフェニィが神獣の縄張りを知悉していれば、そもそもなんの問題も無かったのだが、自己防衛という形でしか神獣と関わりが無かっただけあって、神獣の縄張りについてはほとんど知らないらしい。
……リンゴの群生地だけはしっかりと記憶しているようなので、フェニィらしいと言えばらしいのだが。
今は軍国に向かいつつリンゴの群生地を目指しているところだが……いつものように当初の目的を忘れることがないように気を付けなくてはならない。
油断していると、〔排斥の森へはリンゴ狩りの為に訪れた〕なんてことになりかねないのだ。
「ここからリンゴの木は近いのか?」
「……もうすぐだ」
少なくとも、もうこの食いしん坊たちにはリンゴしか見えていない。
川で魔獣を狩りながら、フェニィとアイファは上機嫌そのものだ。
以前の山でのキャンプの時もそうだったが、自然が多いところだとテンションが上がって口数が多くなるらしい。
最近は二人とも魔獣肉に慣れてきているせいか、魔獣の外見だけで味の良し悪しが分かるようになってきたらしく、二人であれこれ言いながら美味しそうな魔獣を厳選して狩っている。
この二人は、話さない時には全く会話が無いので心配になるのだが、食事絡みの話題になると堰を切ったように喋り出すのだ。
――――。
「ふん、帝国と言っても大したことはないな。七十点といったところだ」
魔獣肉と帝国軍糧食をお腹に収めた僕たち。
そしてアイファは糧食を物欲しそうにしていたわりには、念願の糧食に過去最低点を披露してしまっている。
しかし、それも無理はない。
譲り受けた干し肉や魚の干物は、硬度をとことんまで追求したとしか思えない代物だった。
スープに投入してみても、『俺のガードは崩せないぜ?』とばかりにまだ固い。
水に漬けてもまだ固いとは、食べる人間に対して挑戦的過ぎである。
一晩水に漬けて食べるのが正しい食べ方なのかな? とも考えたが、軍の糧食でそこまでの手間を要求するとも思えないので違うはずだ。
軍の携帯食に美味しさを求めるのが間違いなのだが、ただただ固いだけで味気ない乾物にはアイファでなくとも文句の一つも言いたくなる。
干す前の段階で、肉や魚を漬ける塩水に少量の酒を加えるだけでも柔らかく仕上がるのだが……いや、味よりも実利を追求している軍の糧食には難しいのかも知れない。
むしろ、これでアイファに七十点も付けられている事実に戦慄を禁じ得ない。
なにしろ――僕の料理と点数的にはそれほど変わらない……!
だが、お世辞にも美味しいものとは言えなくとも、タダで貰っておいて文句を言うのも失礼な話ではある。
個人的に複雑な思いはあるが、彼女の高得点判断は正しいとも言えるだろう。
「お土産を途中で食べちゃうのは良くないからね、ボクたちはこれくらいにしておこうよ!」
調子の良いことを言って糧食を片付け始めているルピィだが、もし糧食が美味しかったら真逆の意見を出していたことは間違いないだろう。
美味しくないと判明した物をお土産にすることには抵抗感があるものの、この糧食を軍国の人間に食べてもらえば『帝国の連中、こんなもん食べてたのか……』と同情的になるかも知れない。
将来の世界平和に繋がる可能性がある以上、やはり糧食は全てお持ち帰りにするべきだろう。……決して、僕も食べたくないからという理由ではない。
明日も夜に投稿予定。
次回、七話〔凝縮された力〕




