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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 
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五話 帝国土産

 帝国で出会った皆に大きく手を振りつつ、僕たちは研究所跡地を去った。

 じいやさんや帝国兵士たちはここに来るまで強行軍だったらしいので、一休みしてから帝都に帰還するとのことだ。


 一国の王子が単身で敵地に向かっていたともなれば、彼らが焦って行動するのも無理からぬことだろう。

 そして彼らのことは他人事ではない、今度は僕たちが強行軍をする番だ。


 急いで軍国に帰るべく、一直線に排斥の森を駆け抜ける必要がある。

 しかも、途中でリンゴを収穫してアップルパイを作らなければいけないのだ。

 うむ、尚のこと急がなければならない……!


 ちなみに、排斥の森を通過する際にはいくつかの障害があると言われている。

 まず、単純なところとしては、道に迷うという点が挙げられるだろう。

 特に目印のない広大な森を進むわけなのだから、当然と言えば当然だ。

 だが一般人ならいざ知らず、僕たちにとっては問題にならない。


 方向感覚が優れているルピィもいるし、いざとなったら僕が空術で空に上がって現在地を確かめるという手段もある。……ルピィは嫌がらせで間違った道を教えてくる可能性があるので、定期的に空へ上がって道を確認することは必須だ。


 しかし、排斥の森における最大の障害は道に迷って遭難することではない。

 一般の人々は、森を通過するどころか森に近付くことすら避けているのだが、その理由は明確だ。


 排斥の森における最大の問題は、森の中が〔魔獣の巣窟(そうくつ)〕になっているということにある。

 より厳密に言えば、魔獣自体は一般の人々でも対処は可能だが、森に存在するのは有象無象の魔獣だけではないことが問題だ。


 小さな国と呼んでも過言では無いほどの広大な森だが、実際に森の中では各国が勢力を競い合っているような状態になっている。

 そう、森では数多くの〔神獣〕があちこちに縄張りを形成しているのだ。


 もちろん僕たちにとっては、神獣であろうとも敵としては問題にならない。

 しかし、森から人里に出て暴れ回るような神獣はともかく、森の中で大人しく生きている神獣を無益に殺傷するわけにはいかない。


 神獣の多くは人間に敵対的だが、中には人語を解する理知的な個体も存在する。

 友好的な個体がいる以上、全ての神獣を問答無用で殲滅していくことは論外だ。

 

 さすがに、我らがニャンコのように人間社会に溶け込んでいる神獣は他に見たことがないが、人間と敵対することなく山奥などで暮らしている神獣はそれなりに存在するのだ。

 誰にも迷惑を掛けていないのなら、お互いの為にもそっとしておくべきだろう。

 

 しかし、僕の仲間たちは狩猟本能が強い。

 放っておくと、趣味で森の神獣を根こそぎ殲滅してしまう恐れがある。


 そんな事態にならない為にも、仲間が神獣に襲いかかる隙も与えずに排斥の森を走り去る予定でいるのだ。

 どのみち僕たちは急ぎの旅であるし、しかも森に住む神獣の身の安全も守られるというわけだ。


 だが……冷静に考えてみれば、なぜ僕は仲間よりも森の神獣たちを心配しているのだろう……?

 カザード君が言っていた『心配するところが違う』という言葉を想起してしまうものがあるな……。


 ――――。


 深く(しげ)った暗く黒い森。

 まだ昼間にも関わらず、大地には僅かな木漏れ日が差し込んでいるだけだ。

 そんな暗い排他的な森の中を、むしろ僕らは普段以上の速度で疾走していた。


 獣道どころか獣が通った痕跡すら無いような悪路だったが、僕たちならば苦もなく進むことが可能だ。


「――距離も稼げたと思うし、そろそろお昼ご飯にしようか」


 数時間は休まずに森を駆けていたことになる。

 そろそろ休憩するには頃合いだろう。

 ここには小川が流れているので、森での休憩場所としてはもってこいだ。


 そう、小川だ。

 広大な森の中にある数少ない水場に行き当たったわけなので、この貴重な機会を逃すことは勿体無い。


 僕は水術が使えるので水不足に困るようなことは無いが、如何せん僕の水術は出力が弱いのだ。

 料理にしても、使用水量が少ないと無駄に時間が掛かってしまうことになる。

 自然の水が近くにあるのなら、それを利用しない手はないだろう。

 

「おいアイス、この川には普通の魚がいないぞ」


 お門違いのクレームを入れてきたのは、真っ先に川へ向かったアイファだ。


 しかしそんな事を僕に言われてもどうしようもない。

 いかにも生存競争の激しそうな森なので、魔獣によって普通の獣や魚は淘汰されてしまっているのだろう。


 もちろん魔獣の肉も食べられるのだが……アイファが不満げなのを見ても分かるように、魔獣肉は味的に〔外れ〕である割合の方が高いのだ。

 中には美味な個体もあるが、安定して食べられる通常種の方が望ましいことは間違いない。


 ちなみに、道なき森を走っていたにも関わらずアイファが元気溌剌であることには理由がある。

 このアイファさん、自分の足で辿り着いたような顔をしているが実は違う。

 訓練により戦闘技術こそ向上しているものの、まだまだ体力が不足しているアイファなので、途中で音を上げてフェニィにおぶってもらっていたのだ。


 当初は僕がアイファをおぶってあげようとしたのだが、フェニィが『私がやる』と言って、まるで僕に背負わせたくないかのようにアイファをおぶったのだ。

 ……きっと仲間の為に何かしてあげたくて堪らなかったのだろう。

 他の仲間たちも満足そうだったので微笑ましいことである。


 そんなアイファは、川に魔獣しかいないことが判明するとチラチラと僕の背中に視線を送っている。

 もちろんフードに潜むマカをお昼ご飯にしようとしているわけではない。

 食いしん坊アイファのお目当ては、僕の背中のマカでもなければ天穿ちでもない――僕の背負うバッグの中にある。


 彼女の注意を引きつけているのは、僕のバッグに入っている〔帝国軍から譲り受けた糧食〕だ。

 帝国軍と合流した際に、せっかくの機会ということで帝国兵士御用達の糧食を譲り受けていたのだ。


 一応代金を支払う意思は示したのだが、太っ腹なカザード君に『構わん』と言われてしまったので無償で貰った経緯がある。

 五歳児に奢ってもらうのはどうなのか? と思いつつも、好意に甘えた次第だ。


 もっとも糧食と言っても、干し肉や魚の干物などの簡素な物でしかないので、糧食の味に過大な期待をするのは禁物だろう。

 それでも怪しい魔獣肉よりは味の保証が出来ると言えるので、こうしてアイファが無言の期待を送ってきているのだ。


 思えばアイファも舌が肥えてきた。

 昔の彼女なら『魔獣肉だ! いぇぇぃい!』と不満も見せずに大喜びしていたはずなのに……!


 まぁ、食べ始めてしまえばすぐにご機嫌になるので、結局は何を食べさせても似たような……いや、それはさすがに失礼か。

 ほぼ高得点を出してくるとはいえ、そこには微妙な点差があるのだ。

 僕の自信作には満点をつけてくれるし、ちょっと自信に欠ける時には九十点くらいに下げてくるのだから一概には侮れない。


 しかし、アイファばかりかフェニィも糧食のご登場に期待しているような気配なので、ここは出さざるを得ないところだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、六話〔鉄壁の糧食〕

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