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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
最終章 第一部 排斥の森 

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四話 別れの握手会

 宿願であった研究所の壊滅を果たし、呪神の成敗にも成功した。

 更にその上、被害者たちの今後の生活まで見通しが立ったことになる。


 僕らが帝国で成すべきことは全て終わらせたと言っても良いはずだ。

 被害者のケアを丸投げしている形なのが心残りだが、こればかりは仕方がない。


「――見ておれよアイス=クーデルン。余の身体が成長した暁にはお主に遅れを取ることなどないぞ」


 別れの挨拶が挑発的なカザード君。

 模擬戦であしらったことを根に持っているようだが、どちらかと言えばフェニィに言うべき内容ではないだろうか?

 いや、きっとこの子はフェニィと再戦をしたくないのだろう……トラウマになるのも無理はない内容だったのだ。


 だがこのカザード君、強気な発言内容のわりには眼に力が欠けている。

 察するところ、素直に再会の約束をする事を照れているに違いない。


 つまりカザード君の言葉を翻訳すれば――『また会おうね、お兄ちゃん!』

 うむうむ、可愛い子ではないか。


「うん、また会おうねカザード君! 落ち着いたら軍国の王城にもおいでよ」

「ば、馬鹿者っ! 余の頭を撫でるでない!!」


 つい頭を撫でたら勢いよくはねのけられてしまった。

 子供扱いされるのが嫌な年頃なのだろう。

 本人の拒絶はそれほど強く感じないのだが、これ以上のスキンシップは控えておいた方が良さそうだ。 


 なにしろカザード君を弟扱いしてしまったせいか、本家妹のセレンちゃんが物理的にカザード君を廃嫡しそうな眼で見ているのだ……。

 じいやさんも顔を真っ赤にして浅い呼吸を繰り返しているようなので、刺激するような真似は避けておくのが無難である。

 僕もトラウマが発動すると呼吸が荒くなってしまうのだが、『僕と同じ過呼吸仲間ですね!』などと言える雰囲気ではないのだ。


「――アイス様、私は……」


 おっと、被害者の方が僕との別れを辛そうにしているではないか。

 もちろん放っておけるはずもないので、僕は笑顔で「またお会いしましょう!」と握手を交わす。

 しかし一人と握手をすれば、他の人たちとも握手を交わさずにはいられない。


 そして唐突に始まる――――握手会!

 一緒に帰国するはずの仲間たちまで行列に並んでいる謎の握手会だ。


「会いに来てくれてありがとう!」「いつも応援してくれてありがとう!」


 適当なことを言いながら握手をしていけば、僕の精神状態もうなぎのぼりだ。

 調子に乗って帝国兵士にも手を差し出すと――「ひぃぃ!?」と怯えられた!

 まるで僕に触れるとミンチになるかのようなリアクション……!


 深く心を抉られた僕は一気にダウナー化してしまう。

 ……帰ろう、早く僕をチヤホヤしてくれる軍国に帰ろう。

 僕の気分は著しく下降してしまったので、人垣に囲まれているレットやルピィよりも、孤独仲間であるフェニィやアイファの方へと近付いていく。


「森の中には果物が()っていたりするのか?」

「……ああ」


 どうやらアイファが排斥の森についてフェニィに聞いているらしい。

 そしてその話題は、安定の――食べ物絡み!


 なんだろう、幸福な結末を約束された物語を読んでいるような安心感だ。

 この予定調和には僕の荒んだ心も癒されるものがある。


 しかしアイファは、誰に対しても対等な口調を崩さないから大したものだ。

 謙虚という単語を知らないルピィですら『フェニィさん』と呼んでいるのに、アイファは年長者のフェニィにも普通に呼び捨てだ。……僕もそうなのだが。


 フェニィはそんな些事を気にしないのでどちらでも良いとも言えるが、この二人が対等に仲良くやっている姿を見ると心が温かくなる。


「――排斥の森にはどんな果物が自生しているのかな?」


 さりげなく二人の会話に混じる僕。

 この二人ならば、帝国兵士のように僕に引いたりはしないはずだ。


 思い返してみれば、僕はナスル軍の兵士さんたちにも距離を置かれていたので軍人とは相性が悪いのかも知れない。

 軍国でも、今のように自然な形で兵士さんたちの会話に入り込んだりしようものなら――『あっ、はい』と突然に会話が止まってしまうのだ!


 そんな時の名状しがたい気まずさは相当なものである……。

 まだ教国のケアリィのように『わたくしとレット様の会話に入らないでください! すぐに死んでください!!』と言われた方がマシだ……!


 もちろん、フェニィたちが僕を邪険にするはずもない。

 僕が会話に混じっても、意外な顔もせず質問にすんなり答えてくれる。


「……リンゴがあった」


 なるほどリンゴか、それは珍しい。

 農家が栽培しているものならともかく、自生のリンゴは見たことがない。


 森の番人時代のフェニィは、栄養補給も自分の意思とは無関係に行っていたらしいのだが、時には森に自生する果物を食べることもあったらしい。

 フェニィの過酷な森の生活においてリンゴの存在が慰めになっていたかと思うと、リンゴに感謝したいものがある。


 せっかくなので、森でリンゴを収穫して食べてみるのも良いかも知れない。

 暗い記憶を幸せな記憶で上書きするちょうどいい機会だ。

 自生のリンゴは甘味が少なかったり酸っぱかったりするとも聞くが、アップルパイにでもすれば美味しくいただけることだろう。


 うん、これは名案だ。

 間違いなくフェニィも喜んでくれるはずなので、森に行くのが楽しみになってきたというものだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、五話〔帝国土産〕

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