三話 無差別精神
バーベキューは大盛況の内に終幕を迎えた。
そして、参加者たちの親睦も深まったところで祭りの後の片付けをしていると、ようやく待ちに待った一団が僕らの前に現れてくれた。
「坊ちゃまっ! ご無事ですか!?」
そう、カザード君のお迎えの人たちだ。
正直に言えばお迎え待ちだったことを忘れかけていたが、こうして無事に来てくれたことには安堵する思いがある。
研究所跡地で待っていても誰も現れなかったら、僕たちがカザード君を送っていかなくてはいけなかったのだ。
「カッカッカッ! カザード様を攫うとは大それた事をしたものだな。儂が誘拐犯に仕置きをしてやろうぞ!」
じいやさんや槌神のおじさんが部下を率いてのお出迎えだ。
ちなみに、槌神のおじさんは『誘拐犯』などと理解不能な発言をしているが、このおじさんが僕と闘う口実を欲しがっているだけなのは明白である。
鎖鎌神のランクさんも一緒に来ているが、こちらはこちらで今度はレットと闘いたがっている様相だ。
どうやらこの戦闘狂師弟は、対戦相手を交換しての再戦を望んでいるらしい。
帝王と情報交換を行った際――この師弟には呪神絡みの案件に関わらせないようにしていた、と帝王が言っていたのだが、それも納得せざるを得ない。
脳にまで筋肉が侵食していそうな二人なので、複雑な案件に関わらせれば、状況が悪化することはありそうだが好転するビジョンが見えないのだ。
決して悪い人たちではないのだが、この空気の読めなさは相当なものである。
なにしろ周囲には、刺々しい空気の被害者たちが勢揃いしている。
彼らからすれば、恩人である僕たちが帝国軍人から喧嘩を売られているわけなので、心中の不快感を隠せないでいるらしい。
槌神のおじさんが帝国兵士を大勢連れてきているのも悪条件だ。
過去の経緯から帝国に少なからず敵意を持っている人たちなので、被害者感情を刺激してしまっているのだ。
ここは僕が上手くとりなすしかないだろう、と秀逸な交渉術を披露しようとすると――カザード君に先を越される。
「馬鹿者! 時と場所を考えぬかっ!!」
カザード君の一喝を受けて、むむぅと口を閉ざす戦闘狂の師弟たち。
五歳児に正論で怒られている二人の在り方には疑問を覚えるが、これはもう全面的に彼が正しい……!
ついでに僕も口を挟んでおくとしよう。
「嫌だなぁ、カザード君を誘拐なんてするわけないじゃないですか。彼と一緒にハイキングにやって来て、仲良くバーベキューを楽しんでいただけですよ。肉を焼くついでに――研究所も焼いちゃいましたけどね!」
「かぁぁぁっつ! おのれはぁ……坊ちゃまを危険に巻き込むとは何事じゃぁっ!!」
むっ、これはいかん。
場の空気を軽くする為に冗談めかして伝えてみたが、まるで僕の意思でカザード君を危地に誘い入れたかのように誤解されている。
カザード君からの同行希望を拒みきれなかった面はあるものの、僕たちの近くにいるのが最も安全という判断だったのに……。
――――。
「なんと、オーグ様を倒したというのか!?」
カザード君が仲裁に入ってくれてじいやさんも心を静めてくれたので、改めて事情説明だ。
オーグこと呪神の存在を知らなかった槌神のおじさんたちはともかくとして、帝国の歴史に長く携わってきたじいやさんには呪神の死が中々信じられないらしい。
過去には呪神に挑んで返り討ちにあった神持ちも多かったようなので、僕たちの無傷での快勝には疑心を抱いてしまうのだろう。
そこですかさず、ルピィが僕の言葉を補強する。
「おじいちゃん、アイス君を舐めちゃあいけないよ。このミンチ王子と目が合ったらそれが最後。老若男女どんな相手だろうとミンチにしちゃうんだから――そう、ミンチ王子は差別なんかしないよ!」
おのれルピィめ……。
またしても僕を貶めようとするとは。
しかも最後の『差別なんかしない』という発言だけが真実なのも腹立たしい。
ひと握りの事実を混ぜることにより、僕が『彼女の言葉は完全なデタラメです!』と否定しにくくなってしまうのだ。
だがしかし、これを否定しないわけにはいかない。
……じいやさんや帝国兵士が僕から距離を取っているのだ。
「じいやさん、誤解してはいけませんよ。僕は平等な人間ではありますが、無差別殺人を行うような所業はしません――そうだよね、カザード君?」
さりげなく発言力の高い王子君に同調を迫る僕。
カザード君の言葉なら、人々の心に真実が届くだろうと見込んでのことだ。
「うむ、そうだな。オーグなる男をミンチに変えたのは事実だが、これでこの男は存外に正常なところもあるぞ」
うっっ……カザード君の悪意なきフォローが微妙に僕を追い詰めている。
帝国兵士たちから「やっぱりミンチ王子だ」などと恐ろしい囁きが聞こえてきているのだ……。
しかも『正常なところもある』という言い回しが気になる。
それでは〔異常なところもある〕と言っているようなものである。
おそらく、まだ幼い子供なので言語に不自由しているところがあるのだろう。
――――。
「左様ですか……この者たちが研究所にいた人間ですか」
被害者の人たちはカザード君の口から紹介してもらったが、じいやさんは自責の念に駆られているような顔で研究所に囚われていた人々を見回している。
帝国の暗部であった研究所は灰燼となった。
だが、それで全てが終わったわけではない。
残された被害者たちへの救済は帝国が果たすべき義務だ。……彼らの中には自分の足で立つことも難しいくらいに弱った人もいるのだ。
被害者たちの多くは、僕たちと一緒に軍国へ行くことを希望していたのだが、残念ながらお断りさせてもらっている。
というのも、軍国への帰国予定日がもう三日後に迫っているからだ。
僕らの足をもってしてもギリギリのところだと言えるだろう。
しかもギリギリというのは、この場所からの最短ルートである〔排斥の森〕を通過するルートを選ぶことが前提の上での話だ。
神持ちが多いとはいえ、病み上がりに等しい人たちを連れていくのは難しい。
それに僕は……彼らに帝国という国に禍根を残したまま旅立ってほしくはない。
帝国が抱えていた闇の中で生きてきた彼らだが、この帝国にも善良な人間が大勢いることを知ってほしいのだ。
僕の身勝手な願望に過ぎないが、帝王や王子君なら彼らの心を少なからず癒やしてくれるだろうと確信している。
もちろん、帝国の庇護下で生活した後に改めて軍国への移住を希望するならば、あらゆる手を尽くして力になるつもりではいる。
唯一の懸念があるとすれば、被害者には神持ちが多い上に帝国を恨んでいる人が多いので、彼らを粗略に扱えば国家転覆を実行しかねないということだろう。
帝国側にせよ被害者たちにせよ、善良な人が多いので杞憂に過ぎないはずだが。
明日も夜に投稿予定。
次回、四話〔別れの握手会〕




