九四話 天を穿つ剣
そしてようやく、呪神は準備を終えて戦闘態勢に入った気配だ。
ある程度情報は聞けたが、まだ最後の確認をする必要がある。
この男を戦闘不能にしてから再度尋問させてもらうつもりではあるが、戦闘時に勢い余って処断してしまったら取り返しがつかないのだ。
「管理者、ということでしたが……ここで貴方を殺したら、別の神が管理者を代行することになるのですか?」
ここで呪神を抹殺しても、代わりの管理者が同じことを始めたら意味が無い。
僕たちの生きる世界に、これ以上干渉されるのはごめんだ。
「そうですよ。万が一にも私の身に何かがあれば、代わりの神が魔大陸からやって来ることになるでしょうね。もっとも、箱人の力では私に傷一つ付けられませんけどねぇ」
魔大陸……?
管理者の本部みたいなものが魔大陸に存在するのだろうか?
それとも、魔大陸自体が神たちが住んでいる大陸なのか?
いや、それは違う気がする。
神が存在する世界があるような口ぶりだったので、おそらく魔大陸からその世界に繋がっているのではないだろうか。
もしかしたら神の世界に繋がっている〔門〕のような物があるのかも知れない。
……その門を壊すだけで世界への干渉が防げるという事なら話は楽なのだが。
そして――機密のような情報を呪神がペラペラと喋っているのは、この場で僕たち全員を始末出来るだけの自信があるからだろう。
そろそろ僕も動いておいた方が良さそうだ。
マカにフードから出てもらい、僕は背中の大剣を――天穿ちを抜く。
僕が剣を抜いたことで、仲間たちの空気が変わる。
僕にとって天穿ちが特別な意味を持つことを仲間たちは知っている。
この天穿ちは、家族のような存在だった人から受け継いだ大事な剣だ。
天穿ちを抜くに値しない相手では、この大剣を使うような事はしていない。
そして、僕が天穿ちを抜くのは今回の旅において初めてのことになる。
仲間たちは、呪神がそれほどの強敵だという事実に驚いているのだろう。
しかし、厳密に言えばその解釈は少し違う。
たしかに呪神は難敵だが、天穿ちを抜いた事には明確な意味がある。
僕は――――何も無い中空に向けて天穿ちを振るった。
仲間たちは不思議そうな様子ではあるが、この一見すると無意味にも見える行動には大きな意味がある。
僕の取った行動を誰よりも理解しているのが、他ならぬ呪神だ。
「……何を、したのですか?」
呪神の顔色は変わっていた。
神は感情が薄くなっていると言っていたが、その顔には間違いなく驚愕がある。
呪神の疑問に答えてあげる義理は無いが、仲間たちに知らせる意味でも説明しておいた方が良いだろう。
「邪魔な糸を断ち切っただけですよ」
フェニィの過去を体感した時から気になっていた事があった。
フェニィの父親は火神持ち――そう、魔力量の多い魔術系の神持ちだ。
だが過去の記憶の中で、呪神は指一本触れることなく行動の自由を奪っていた。
仮に〔麻痺神持ち〕であれば、遠距離からの麻痺術も可能とするかも知れない。
だが、その相手が魔術系の神持ちともなれば話は別だ。
一体どれほどの魔力を有していれば、魔術系の神持ちを相手に非接触での魔術干渉を可能とするのか?
そして今日、実際に呪神を視て思ったことがある。
それは――『この程度なのか?』という感想だ。
たしかに呪神は、僕と比べても桁違いに魔力が多い。
だが、指一本触れずに拘束するほどの魔力差となると、対象と十倍程度の魔力差があっても難しいはずだ。
その疑問は、この男が長話を始めてからすぐに解消されている。
呪神が時間を稼ぎながら密かに取っていた行動が、僕には視えた。
この男の身体から〔細い魔力の糸〕が放出されていくのが視えたのだ。
さながら蜘蛛が巣を構築するかのように、部屋全体を包み込もうと少しずつ魔力糸を張り巡らせていく光景が、僕の眼にはハッキリと視えていた。
元々この部屋には呪神の魔力が満ち溢れていた。
だから魔力を視認できない仲間たちが気付かないのも無理はない。
セレンには僕に近いモノが視えているようなのだが、僕よりも大雑把な見え方をしているらしいので今回は気付かなかったようだ。
……おそらく何の対策も打たずに呪神の懐に飛び込んでいたら、呪神へ触れる前には魔力糸の手中に落ちていたはずだ。
そして、今回の魔力糸は防壁を作るかのように放っていたが、フェニィの父親に対しては直接魔力糸を飛ばしていたと僕は推察している。
常人には見えない魔力糸を利用して、毒を少しずつ流し込むように魔力を少しずつ流し込み、時間を掛けて遠距離からの麻痺術を実現していたのだろう。
これはフェニィの父親の話だけではない。
きっと僕の父さんも同様のやり方で絡め取られていたはずだ。
元々は武神に毒を盛ったという話ではあったが、そもそもあの父さんが毒物で身動きが取れなくなるということが不自然だ。
軍国王である将軍に近付いた呪神は、武神との会席の場に同席していた。
武神の父さんであろうとも魔力の糸を察知するのは難しいので、会席の場で少しずつ魔力を流し込まれていたのではないかと考えられる。
呪神は自分の手の内を隠す為に毒を使ったと欺瞞していたのだろう。
ちなみに、魔力の糸を断ち切ったというのは正確な表現ではない。
厳密には、〔魔力の糸を根から消し飛ばした〕と形容するのが正しい。
これは僕だけの力ではない。
普通の武器に魔力を通しても魔力糸を切断することは可能だが、根元からとなると本来ならば不可能だ。
それを可能としているのがこの大剣――天穿ちだ。
鍛冶神持ちが打ったと言われているこの大剣。
その優れている点は頑丈さでも切れ味でもない。
この天穿ちは魔力を喰らう。
対象に接触しただけで根こそぎ魔力を奪ってしまうという反則的な武器、それがこの天穿ちという大剣の真骨頂だ。
空間に漂う魔力となると吸収に時間が掛かるのだが、対象が密度の濃い魔力ともなると触れるだけで魔力を喰らい尽くす。
密度の濃い魔力――魔術そのものや生物本体のことだ。
そう、一般人が相手であれば、軽く天穿ちを掠らせるだけでも魔力を奪って昏倒させることが可能だ。
魔晶石と違って長期間魔力を貯めておくことはできないが、それでも充分過ぎるほどに破格の性能である。
しかしこの天穿ち……天を穿つという名称といい、魔力を奪うという性質といい、まるで〔神を討つ為に打たれた剣〕のような気がしてならない。
剣神のネイズさんの手に渡るまでの来歴は分からないが、かつての鍛冶神持ちが悪しき神を打倒する為に打った剣である気がするのだ。
そう考えれば、僕の手にこの剣があるのは不思議な巡り合わせと言えるだろう。
明日の投稿で二章は完結となります。
次回、最終話〔神殺し〕




