九三話 神に届く者
人間を道具のように扱うこの男をすぐにでも抹消してやりたいが、これだけは聞いておかなくてはならない。
「……なぜ、僕たち兄妹を狙うのですか?」
過去に観た記憶によれば、呪神が父さんに洗脳術を施したことも僕たちを始末する為だと言っていた。
そればかりか、僕たちを害する為に他国へ神持ち部隊まで送り込んできている。
なぜ神などという存在が僕たちに執着するのか、その理由が分からない。
こちらの質問を受けて、男は存在を思い出したかのように僕に視線を向けた。
そして男は、億劫そうな態度で口を開く。
「我々は倦厭しているんですよ」
倦厭……?
飽きている、ということだろうか?
それに『我々』とは、この男の同族――神々の存在を指しているのか?
「寿命の存在しない永遠に続く生。外的要因以外では死ぬことのない世界。想像出来ますか? 退屈しているんですよ、我々は」
呪神は長くなりそうな話を始めている。
だが、これは気紛れや善意によるものではない。
これは――――時間稼ぎだ。
この場で男の意図を明確に理解しているのは、仲間内では僕だけだろう。
呪神がやろうとしている事は、僕の眼にはハッキリと視えている。
だがそれでも、僕は呪神の企みに干渉はしない。
この男の動機を確認しておきたいという理由はあるが、呪神の企みを妨害しない理由の最たるところは、このまま放置しても問題が無いからだ。
「――感情を失っていくだけの日々に、我々は一計を案じました。今の世界に刺激が無いのなら、刺激に満ちた世界を作れば良いのではないか、と。そうして創り出されたのがこの世界――我々が〔箱〕と呼んでいる世界です」
なにやら世界創生を語っているが、話のスケールが大き過ぎて現実感がない。
余人が口にしたら誇大妄想の類にしか聞こえない話だが、僕はこの男を呪神――神だと断定しているので、呪神は真実を語っているのだろうとは思う。
「そして我々は〔箱〕を観察することで無聊を慰めるようになったのですが、次第に観るだけでは飽き足らなくなっていきました」
箱を観察して気晴らしをしているということは、僕らの生活を覗き見ることを娯楽にしているということになるのか。
それは少し……いや、かなり面白くない話だ。
「我々の中で、箱の人間に力を与える者が現れましてね。ええ、貴方たちが言うところの〔加護〕のことです。鳥にエサを撒くように加護を与えるだけなら良かったのですが、中には家でペットを飼うように直接大きな力を与える者も現れましてね――この大きな力を与えられた存在が〔神持ち〕です」
神視点での感覚は、気軽に動物へエサを与えるのが通常の加護で、家で動物を飼うのが神付きの加護ということか。
分かりやすいといえば分かりやすいのだが、不愉快な例えではあるな……。
知らない間に観察対象になっているというのは、常時ストーキングされているようなものだ。
「私の仕事は箱の管理。主な仕事は、自然発生して増え過ぎた神持ちの間引きと――世界の安定を防ぐことです。刺激を求める為に創り出した世界が安定してしまっては意味が無いですからね」
世界の安定を防ぐ。
薄々感じてはいたが、やはりこの男の目的は世界の混乱だったようだ。
手前勝手な理屈で災いを振り撒くとは、存在自体が悪と言っても過言ではない。
やはりこの男は、神と呼ぶよりは悪魔と呼ぶ方が似つかわしい。
しかし、自然発生した神持ちとは新種の神持ちのことだろうか?
だが新種の神持ちというのは僕やセレンに限った話でもない。
フェニィの炎神なども新種の神持ちに分類されるはずなので、僕ら兄妹への執着ぶりは特別異常と言わざるを得ない。
というか、一体いつになったら僕とセレンの話になるのだろう……?
これが時間稼ぎであることは承知の上なのだが、僕とセレンを狙う理由を聞いただけで世界の話から始まるとは思わなかった……。
そんな僕の心境を見透かしたわけではないだろうが、ようやく呪神の話は核心へと入った。
「ですが、ある時を境に私のところに苦情が入るようになりましてね。神々曰く、軍国の王都全域が観えなくなった、と。原因の調査は難航を極めましたが、ようやくある存在に行き当たりました――そう、貴方ですよ」
僕だけ、なのか……?
呪神の話ぶりからすると、僕のせいでセレンを……いや、家族を巻き込んでしまった可能性が高そうだ。
なんといっても僕には心当たりがある――そう、神殺しの加護だ。
いかにも神の天敵のような加護なので、神の視線を妨害するジャミングの性質を持っていたとしても不思議ではない。
つまり僕は、生まれながらにストーカー対策意識が完璧だったということか。
たしかに僕は〔意識高い系男子〕の自負はある。
『僕は無職じゃない、夢を追っているんだ!』などと耳当たりの良い言葉で誤魔化すのも得意なのだ。
しかし王都全域にまでその範囲が及んでいるとは只事ではない。
逆に考えれば、よく僕を特定出来たものだと言えるくらいだ。
そして、先に言及していた『教国での異常』とは、僕が教国を訪れていたことにより教国の情報が得られなくなっていたという事なのだろう。
過去に山奥で暮らしていた時期はともかくとして、僕が仲間集めの旅をしている最中にも各所で〔観察不良〕が起きていたに違いない。
そう考えると、本名を伏せて旅をしていたのは正解だった。
「我々の世界にもルールがありましてね。私が直接〔箱人〕に危害を加える行為は禁止されているのですよ。しかし、自分の身を守る時だけは例外です――こうして私の元にやって来てくれたことを感謝しますよ」
直接の危害を加えることは禁止か。
……だから、洗脳術なんてものを利用して間接的に人を殺していたのか。
この研究所を運営していた目的についても察しはつく。
自分の手駒に強力な戦力があれば、思いのままに世界を調整出来るからだろう。
自然発生した神持ちを間引きすることも仕事だと言っていたが、それは世界の混乱を呪神の意思で制御する為なのかも知れない。
――そもそも自然発生した神持ちというのが謎だ。
神が直接力を与えた存在が神持ちであるならば、自然に生まれてくるというのは不可解な話になる。
そうなると、僕やフェニィのような存在は便宜上〔神持ち〕と呼んでいるだけで、正確には〔神持ちに近い存在〕と呼ぶべきなのかも知れない。
なにより、世界の混乱を望む者からすれば神持ちが増えるのは都合が良いことのようにも思えるが、それでも間引きをしているのは何故なのか……?
世界の安定を自分の意思でコントロールする為?
いや、神に届く者が現れることを恐れていたからではないだろうか。
今、この時のように。
あと二話で二章は完結となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、九四話〔天を穿つ剣〕