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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 滅すべき存在
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九二話 視えた敵

 その屋舎は孤立していた。

 広大な敷地の外れにある、堅牢そうな建物だ。

 特有の造りのせいなのか、建物の外からでは人の気配も魔力も感じ取れない。


 だが、僕の直感が伝えている。

 ここに間違いなく――滅すべき存在がいる、と。


 手っ取り早くフェニィの炎術で建物ごと焼き払ってもらうことも考えたが……まだ罪無き人が屋舎にいる可能性が捨て切れない。

 その懸念は、本舎で役職付の人間には〔洗脳術を受けた神持ち〕が護衛に付いていたという事実に起因している。

 胸が悪くなる話だが、神持ちを扱う研究所としては理にかなった防衛手段だと言わざるを得ないだろう。


 本舎の人間と同様に、悪魔にも護衛が付いている可能性はゼロではない。

 あの悪魔の強大な力から判断すると、単独で行動している可能性の方が高いのだが、それは絶対ではない。

 万が一にも他人を巻き込みかねない手法は避けるべきだ。


 そしてなにより、あの悪魔からは聞き出したい事柄が多い。

 悪魔の得体の知れない能力を考慮すると長く生かしておくのは危険だが、あの男の目的が不透明なままでは心にわだかまりが残る。


 いや、それはただの理由付けなのかも知れない。

 悪魔を炎術で葬ることを良しとしない大きな理由は、この眼で悪魔の最期を見届けないと安心できないし、僕の気持ちが収まらないからだ。


 ――――。


 目の前の屋舎には堅固な扉がある。

 専用の鍵がなければ解錠は難しいのかも知れないが、僕らはわざわざ本舎から鍵を持ってきたりはしていない。


「フェニィ、お願い出来るかな?」


 フェニィはお願いの詳細を聞くまでもなく、無言でドゴッと扉を蹴り開ける。

 扉を吹き飛ばした蹴りが鬱憤を晴らすようなものだった気がしたのは、僕の気のせいではないだろう。


 フェニィは何も言わないが、研究所で行われていたことに相当腹を立てている。

 過去の自分を思い出して復讐心に囚われているわけではなく、虐げられていた人たちの為に怒っていることが僕には分かる。


 もちろん憤っているのはフェニィだけではない。

 他の仲間たちもまた、導火線に火が点いた爆弾のように爆発寸前の状態だ。


 そしておそらく、この場で誰よりも感情を昂ぶらせているのは、この僕だ。

 この研究所では、あまりにも非道な所業の数々を目の当たりにしてしまった。


「――――騒々しいですねぇ」


 だがその男の声を聞き、その姿を()()僕は――思わず笑いそうになっていた。

 僕らが室内に足を踏み入れるのと同時に、その男は部屋の奥から顔を出した。


 その陰気な男――悪魔は、フェニィたちの記憶で観た時と変わっていない姿だ。

 二十年以上前から容姿に変化がないことになるが、帝王の話でも聞いていて予想はしていたので意外な感はない。


 悪魔を視た僕が笑いそうになったのは、長年の仇敵と出会えたからではない。


「……アイス君、この男は?」


 ルピィが聞いているのはこの悪魔の加護のことだ。

 未知の強敵と遭遇した際には、僕が敵の加護を判別することがいつものパターンになっている。

 まともに闘えば敵無しの仲間たちだが、毒神持ちなどの搦手を使う敵がいないとも限らないので念の為だ。


 もちろん調神のレオーゼさんとは違い、僕には初見の加護となると大体の見当をつけることぐらいしかできない。

 だが、今回は問題ない。


「この男は――()()だよ」


 僕の言葉に仲間たちは(いぶか)しげな様子だ。

 だがこれは僕の言葉不足だった。

 呪神の加護持ちと直接面識があるフェニィとルピィは特に混乱している。


 かつてジーレに呪術を行使していた侍女、あの女が呪神持ちであった以上、この男が同じ神持ちであることはあり得ないからだ。

 同一種の神持ちが同時に存在した例はないのだ。


「言葉が足りなかったね。この男は呪神の加護持ちではなく――()()()()()()だ」

「えっ!?」


 仲間たちは自分の耳を疑っているかのような反応だ。

 悪魔――いや、〔呪神〕も息を呑んでから、僕へ無感情な瞳を向けた。


 呪神の反応は薄いが、僕は自分の推察に強い確信を持っている。

 僕は〔呪の加護持ち〕も〔呪神の加護持ち〕も視たことがある。


 悪魔の魔力は、それらと全く同質の魔力。

 唯一の違いが桁違いの魔力量となれば、もう呪神そのものだとしか思えない。

 その魔力量は、神持ちでも上位の魔力量であるフェニィと比べても桁違いだ。


 つまりこの男は、悪魔ではなく――〔()〕だったという事になる。

 僕がこの男を見て笑いそうになった理由はそこにある。

 僕の持つ神殺しの加護は、神持ちを殺すことに特化しているのではないかと気に病んでいたが、実際はそうではなかった。


 加護の名の通り――()()()()()()に特化した加護だったのだ。

 この男を一目視ただけで、僕の中にある回路が全て繋がったかのようにそれが理解出来てしまった。


「『アイス』……そうですか、貴方がアイス=クーデルンですね? やはりイレギュラーな存在ということですか。あの豚の言葉を信じて生死確認を怠ったのは失敗でしたねぇ…………いかにも、私は貴方たちが神と呼ぶ存在です」


 ルピィが呼んだ僕の名を聞いて、男はこちらの素性を察したようだ。

 そしてこの男が言う『豚』とは、おそらく軍国の先王である将軍のことだ。

 あの当時、公式上では僕やセレンは死亡したことになっていたので、その事を言っているのだろう。


 僕の迷いのない断定にあっさりと自分が神であることを認めているが、正体を看破されたことへの驚きは少ないようだ。

 それはおそらく、僕らの口を封じることを容易いことだと考えているからだ。

 仲間たちから殺気をぶつけられていても、男からは全く危機感を感じないのだ。


 陰気な男は気怠そうに話を続ける。


「軍国の政権交代で名を聞いた時から、もしかしたらとは思っていましたが……それにしても、教国での異常を耳にしてから人を送ったはずなんですがねぇ。貴方、マジードという男に会いませんでしたか?」


 教国での異常……?

 たしかに僕は教国で名前を伏せずに活動していたが、異常と呼べるようなことをした覚えはない。


 一体この男は何をもって異常と言っているのだろうか……?

 そして男は、僕へ質問をしておきながら答えを待たずに話を続ける。


「マジードが私に離反するとは思えませんし、充分な戦力を与えておいたので返り討ちに遭ったとも思えないですしねぇ……」


 男は会話を成り立たせる気はないらしく、ぶつぶつと独り言を呟き続けている。

 そして――この男が『戦力を与えておいた』と言った言葉の中には、自由意志を失っていたロールダム兄妹が含まれているであろうことを思うと、僕の心が波打つのは止められなかった。


あと三話で二章は完結となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、九三話〔神に届く者〕


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