二一話 焦燥
「レット、他になにか、少しでも手掛かりになるような情報は無かったかな?」
僕は微かな期待を込めて、ずっと沈黙して話を聞いていたレットに尋ねた。
「日を追うごとに夢の内容は鮮明になってはいるが、まだこれ以上のことは分からない。あと二、三日も経てばもっと詳しく分かるはずだ。ただ……」
レットは言いづらそうに先を続けた。
「……おそらく時間がもうあまり無い。感覚的なものになるが、これから一週間以内に起きる出来事だと思う」
レットの発言を受けて場の空気は重くなった。
予想以上に時間が無かったのだ。
急に僕は、目の前の二人が命を落とすことに現実感を覚えた。
裁定神の予知夢のことは重々承知していた。
だが、それこそ夢の中だけの話のようで、実際には何とかなるんじゃないかと、どこか楽観的に考えていたのだ。
――僕の心が急速に焦燥感に襲われる。
この仲の良い姉妹が死んでしまうなんて認めない、認められるわけがない。
「そっかぁ。思ったより時間が無いねぇ……その夢の内容だと、ルピィちゃんだけをどうやったら助けられるか分かんないのが困ったよ」
そうなのだ。
最悪、フゥさんだけなら助けるのは容易だろうが、ルピィさんの場合は根本の原因が分からないと対策が打てない。
二人を連れてこの街から逃げ出すことも思索したが、裁定神の予知夢に関する過去の例を考えれば、それは悪手だ。
予想もつかない形で二人とも死んでしまう可能性が高い。
それよりは予知夢を利用することで、ぎりぎりのところで死の運命から逃れることを検討した方が対策しやすいというものだ。
だがそれはそれとして、フゥさんの言葉で気になった点を指摘しておく。
「誤解の無いように伝えておきますと、僕とレットは、お二人両方を救う為に行動するつもりです。どちらかを見捨てる心積もりはありませんので」
裁定神の特性を考えれば合理的では無いのだが、最初から諦めて行動するつもりは無いことを念押ししておいた。
「あやぁー、私のことは良いんだよー! 実のところ、私は放っておいても病気で長くないんだよね。周期的に痛みの発作がやってきてねー。強い痛み止めと睡眠薬を飲んで寝たりして、騙し騙しやってきたんだけど、そろそろ限界近そうなんだよ、これが。だから君たちが来てくれたのは、渡りに船だったよ。グッジョブだよ、君たち!」
フゥさんはかなり重いことをさらりと言った。
「お姉ちゃんっ!」
ルピィさんが目くじらを立てて怒っている。
自分の姉がその命を軽視するようなことを言っているのが、許せなかったのだろう。
「……それでも、僕たちのやることは変わりませんので。それと、簡単な治癒術しか出来ませんが、よければフゥさんのお体を診せて頂いてもよろしいですか?」
折角なので、僕はフゥさんに治癒術を行使する提案をした。
治癒術では怪我は治せても、病気は治せない。
せいぜい病気の痛みを軽減するぐらいが関の山なのだが、少しでも何か力になりたいと思ったのだ。
「いいのっ? いやぁー薬代も馬鹿にならなくてねー、ルピィちゃんには迷惑かけっぱなしだよ。足を向けて寝れないとはこのことだよ、ホント。
あ、でも治療費とかそんなに払えないけど大丈夫? 私のせいでこの家、いつも金欠なんだよね――っていうか、〔裁定神の予知夢〕のことを教えてくれたお礼もしなきゃだね。君たちからすれば、嫌な思いをするだけで一銀貨の得にもならないもんね。……う~ん、私の体くらいしか返せるものが無いんだけど、どうかなぁ?」
流れるようにとんでもない提案をしてきたが、当然のことながら辞退する。
「い、いえ、お金の為にやってることでもないですし……知っていながら何もしないというのが嫌なだけなので、気にしないで下さい」
レットの方を横目で見やると、当然のように大きく頷いている。
さすがに僕の知るレットは『では遠慮なく』などと言って、服を脱ぎだすような男ではない。
僕が治癒術をフゥさんに使っていると、レットが姉妹へと提案した。
「俺とアイスをしばらくこの家に置いて頂けませんか? 予知夢を観た後に、すぐにでも対応したいと考えていますので」
この男も無骨な顔をして中々すごい提案をするものだ。
若い女性二人暮らしの家に、今日会ったばかりの男二人を滞在させてくれと頼むわけなのだから。
……これはレットに下心が微塵も無いがゆえに、こうした提案をすることになんのてらいも無いのだろうと思う。
「いいよー。こっちからお願いしたいくらいだよ。ルピィちゃんもいいよね?」
「うん、もちろんだよ」
二人の返答もまた迷いがなく――こうして、僕ら四人の共同生活が始まった。
2018/5/10 800字ほど削っていますが大筋に変更はありません。




