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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 滅すべき存在
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九一話 帝国の闇

 僕たちは意気軒昂(いきけんこう)と施設の入り口へと向かう。

 高い塀に囲まれた施設における、唯一の出入り口だ。


 出入り口にある守衛所に近付いていくと、中にいる男の一人と眼が合う。

 その男の眼が警戒の色を見せたのは一瞬だけだ。

 容姿に優れている女性陣を見て、舐め回すような下卑た眼へと変化したのだ。

 ……気分の悪くなる視線だが、人品を決めつけて判断してしまうには早過ぎる。


 まずは会話を交わしてみるのが先決だ。

 ここから先は時間との勝負でもある。

 仲間たちへ暴走する隙を与えずに降伏勧告をしなくてはならない。


「こんにち……」

「――きぇぇぃいっ!」


 それは突然の出来事だった。

 僕が一単語も発音しない内から――アイファの猛槍が男の首を貫いたのだ!


 な、なにをやっているんだ、この残念ガールは……!

 十秒どころか五秒も我慢できないなんて、堪え性がないにも程がある。


 過去の経験則からフェニィの動向には気を配っていたが、パーティー内平均ではマシな部類に入っているアイファなので油断していた。

 パーティー平均で普通であっても世間一般では非常識に該当するということを、なぜ僕は失念していたのか。


 ともあれ、突然男の首が〔通気性抜群〕になったわけである。

 守衛所では悲鳴が上がっているが、大きな反応は敵側だけではない。

 味方側の方でも、死体を見慣れていないらしいカザード君の動揺は著しい。


「く、狂っとるのか、この女は……」


 うむ、(おおむ)ね僕も同意見だ!

 挨拶も交わさずに問答無用で突き殺すとは、もはや正気の沙汰とは思えない。

『きぇぇぃい!』だか『いぇぇぃい!』だか知らないが、ちょっとノリノリ過ぎるだろう……!


 そして、外見だけはキッチリとして清廉(せいれん)そうなアイファが凶行に及んだわけなので、カザード君はすっかり人間不信に陥っている。

 そう、同じく真面目そうに見えるレットの事まで不審の目で見ている……!


 おっと、とばっちりを受けている親友の心配をしている場合ではない。

 守衛所にはまだ三人の生存者がいるが、仲間たちが平等主義を発揮して全員を死亡させようとしているのだ。

 しかし僕が間に割って入ろうとすると――不意に、服の袖を掴まれた。


「にぃさま。これらを生かしておく価値などありません」


 むむっ、男たちは〔セレンチェック〕に引っ掛かってしまったらしい。

 非道な研究所の職員ということで善良な人間は少ないだろうと思っていたが、優しいセレンからこれほど厳しい言葉が出てくるのはよっぽどのことだ。


 セレンが毛嫌いしているマカでさえ『処分すべきでしょう』という提案に留まっているのに、今回の男たちは初対面にも関わらず『処刑!』という断定の評価を獲得してしまっている。

 悪事を働いていないマカが処分対象に仕分けされているような恣意的な判断も時々あるのだが、これは異例の事態だ。


 そう考えると、アイファが一突きにした男も悪人であった可能性がある。

 いや、僕の精神安定の為にもそういう事にしておこう……。

 まったく、なんて極悪非道な男だったんだ……!


 ――だがそれはそれとして、この一連の流れには引っ掛かるところがある。

 他でもない、アイファの奇行に対して女性陣の動揺が全くないのだ。

 スムーズに殲滅態勢に移行しているところを見る限りでも、この一連の行動は事前に示し合わせていた可能性が高い。

 もちろん、リーダーである僕は一言も聞いていない!


 これぞ名ばかりリーダーの本領発揮というところだろう……。

 責任だけは取らされてしまうのでリーダーの座をレットに譲りたいものだ。

 ……僕がぼんやりと悩んでいる間にも状況は進行している。

 ルピィは手早く尋問を済ませて、最後の一人を処断していた。


 聞き出すだけ聞き出しておいて抜かりなく処断してしまうあたり、気持ちがいいほどに容赦がない。

 果たして、幼いカザード君にこんな光景を見せても良いのだろうか?


「アイス君。あの悪魔――オーグって奴は一人だけ離れた屋舎にいるらしいから、先に本舎の方を片付けちゃう?」


 なるほど、それは願ってもないことだ。

 いかにも協調性の無さそうな男だったが、この人里離れた研究所内ですら〔はぐれ者〕だったとは好都合だ。


 しかも話によると――悪魔の常駐している屋舎は本舎から離れているだけではなく、防音設備も整っているらしい。

 これならば、悪魔に悟られずに本舎を制圧することも難しくはなさそうだ。


「うん、そうだね。悪魔が出張ってくる前に本舎を片付けておこうか」


 もちろん悪魔がいなくとも油断するわけにはいかない。

 本舎を制圧している途中で悪魔に感付かれる可能性もある。

 それでなくとも、この研究所に神持ちがいることは間違いないのだ。


 研究所にいる神持ちにはいくつかのタイプが考えられる。

 フェニィやロールダム兄妹のように、自分の意思に反して研究所への帰属を強制されている者……洗脳術に囚われた神持ちだ。


 これらの神持ちは制圧過程で敵対したとしても傷付けるわけにはいかない。

 必然的に、全て僕が相手をすることになるだろう。

 洗脳術下にいる神持ちが自分の意思で僕たちに敵対するとは思えないので、潜在的には〔味方側〕の神持ちと言えるはずだ。


 そして数は少ないと思われるが、他にも味方側の神持ちがいる可能性がある。

 帝国の命令で研究所へ協力することを要請された人間であり、研究所の実情を知ったことにより内心で反発心を抱いている者だ。


 実はフェニィの父親がこれに該当する。

 フェニィの父親は〔火神の加護〕を持つ魔術系の神持ちだったらしいのだ。

 どこの国でも喉から手が出るほどに欲しがる、攻撃系魔術の神持ちだ。


 だが、彼は貴重な神持ちでありながら争いを好まない人柄だったことから、戦場に送られる代わりに研究所への協力を帝国から要請された経緯があるそうだ。

 そしてこれまで得た情報からすると、国の命令で配属された彼の役割は〔子種を提供すること〕だったと僕は推測している。


 火神持ちとはいえ魔術系の神持ちの子供が生まれる保証は無いが、結果的に炎神持ちのフェニィが誕生しているので研究所の思惑は叶ったということなのだろう。

 ……気分の良い話ではないが、フェニィが生きて今この場にいることだけには感謝したいので複雑な思いがある。 


 最終的にフェニィの父親は耐えきれなくなって、幼いフェニィを連れて研究所からの脱走を図るという選択をすることになるが……今この時も、忸怩たる思いを抱えたまま研究所に所属している神持ちがいる可能性はある。


 つまるところ所内の神持ちでも――洗脳術下にいる神持ちと、フェニィの父親のように研究所に反発心を持っている神持ちとは争う必要性はないということだ。


 そしてこれらとは逆に、完全に〔敵側〕にいる神持ちも研究所には存在する。

 研究所育ちの神持ちで、倫理観に乏しく悪行に抵抗が無い人間。

 砕神のマジードとその部下がこれに該当すると言えるだろう。


 ――だが今の僕らには、味方か敵かを判別していくだけの時間的猶予が無い。

 今回の制圧では、洗脳術下の人間以外は片っ端から無力化していく予定だ。

 内心で研究所に反発心を持っている人間も無力化対象となってしまうが、そこは仕方が無いところだ。

 戦力的には余裕があるので、極力非殺傷で本舎を制圧するしかないだろう。


 ――――。


 研究所の実情は酷いものだった。

 ここの職員は可能な限り生け捕りにしようと考えていた。

 だが、ここには救いようのない人間が多過ぎた。


 仲間たちが物も言わずに処理していくことすら止める気にならない。

 保護対象か否かをセレンに判別してもらうまでもない。


 この研究所にいる人間は二種類しかいない。

 道具のように扱われている人間か、それ以外か、それだけだ。

 五体が満足でない人間や……子供を産む道具にされている人間も、存在した。


 そしてやはり、洗脳術に囚われていた人間も多かった。

 洗脳術下の人たちの方が身体に損傷がなかったのは皮肉な話だ。

 洗脳術下の人間には自己防衛が働いているので、研究所の職員も迂闊に手出しが出来なかったのだろう。


 だが、彼らは身体に傷はなくとも精神に深い傷を負ってしまっている。

 いずれにせよ悲惨な状態ということには変わりがないだろう。


 …………僕は幼いカザード君を連れてきてしまったことを後悔していた。

 絶望を顔に張り付けている彼の姿は見るに堪えない。


 彼は帝国が――自分の国が、非道な所業に加担していたことに絶望している。

 職員の中には『帝国の命令でやっている事だから自分は悪くない』などと弁明するものもいたのだ。

 そして残念ながら、その言葉は一定の真実を含んでいると言える。

 職員の感覚では、祖国の命令に従っただけという意識なのだろう。


「大丈夫だよカザード君。こんな事は……もう、今日で終わりだ」

「そんな顔で何を言っておる…………馬鹿者」


 カザード君を励ますつもりが、逆に心配を掛けてしまったらしい。

 今の僕がどんな顔をしてしまっているのかは分からない。

 情けない話だが……十人を超える人間に解術を行使した代償として、僕が精神的にかなり疲弊した状態であることは否定できないだろう。


 だが、これぐらいで泣き言は言っていられない。

 絶望の一欠片を体感した程度で弱音を吐くことなど許されない。


 そして、僕がカザード君を連れてきたことを悔いているように、仲間たちも僕の身を案じてくれている気がしている。

 だから僕は、ここで弱い姿を見せるわけにはいかない。


「本舎にもう敵はいない。皆で屋舎に行こう。そして……全部終わらせよう」


 研究所の本舎では、生きている人間よりも死人の方が多い有様だ。

 物理的に拘束されていた人も、洗脳術により精神的に縛られていた人も、僕らの手によって自由の身になっている。


 その中には感謝の言葉を告げて研究所を去っていった人もいた。

 だが囚われていた人たちの多くは、解放されたことを喜ぶというよりは、これからどうすればいいのか途方に暮れている様子だ。


 生まれて一度も研究所を出たことがない人だっているようなので、自分の意思で自由に生きていくという発想に困惑しているのだろう。

 帝国の王子君が彼らの今後については力強く保証してくれたが、とりあえず悪魔を倒すまでは、彼らには本舎に待機してもらうことにしている。


 もちろん、万が一にも僕たちが敗北するようなことがあれば、彼らには即座に逃亡するように言い含めてはある。

 しかし僕たちが研究所の神持ちを一方的に蹂躙する姿を見ているせいなのか、彼らは僕たちが敗北する可能性など考えてもいないようだ。

 ……彼らが自発的に逃げてくれるようには到底見えないので、ますます負けるわけにはいかなくなったと言えるだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、九二話〔視えた敵〕

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