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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 滅すべき存在

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八八話 小さな義侠心

 聞きたいことを聞き終えた僕たちは、それからすぐに帝城を発った。

 研究所の場所は、帝王に聞き出すまでもなく知っていることだ。

 これ以上長居をする必要性はないだろう。


 旅の刻限は間近に迫っているので、もう寄り道にかまけている余裕はないのだ。

 ……帝城の調度品の数々を破壊してしまっているので、弁償費用を請求されることを危惧していたという事情もある。


 ちなみに帝王からは悪魔退治を考え直すようにと熱心な説得を受けている。

 帝王という立場からすれば、僕らが悪魔に返り討ちになったところで軍国の戦力が減るだけなので悪い話でもないはずだ。


 だが、あの人は本気で僕たちのことを心配してくれていた。

 事前に聞いていた通り、本来の帝王は善良な人間であるようだ。

 帝王が争いを好まない性質であるならば、この一件が片付けば大陸に恒久的な平和が訪れる可能性は高いことだろう。


 そして王子のカザード君は父親とは逆の反応だ。

『帝国を蝕む悪逆の徒は余が直々に成敗してくれるわ!』と意気込んで、僕たちへの同行を希望していたのだ。

 言うまでもなく、彼の同行希望については丁重にお断りしている。

 ……いくら闘神持ちとはいえ、今のカザード君ではまだまだ幼過ぎる。


 ――――。


 それよりも、そろそろ対処しておくべき問題がある。

 帝都を出て以来、ずっと僕たちの後をついてきている気配があるのだ。

 事の顛末を見届ける為に帝王が諜報員を送り込んできたのかと思っていたが、そのわりには不自然な点が多い。


 そもそも、帝王が密かに僕たちを探るような真似をするとは思えない。

 ――ちなみに僕たちには、帝国側からの同行者の打診を断った経緯はある。

 カザード君は別として、他の誰かを付けるように帝王から提案されたのだ。

 だから、帝王が調査の為に強引な手段を選んだ可能性は否定できないだろう。


 だが帝王は、僕たちの仲間に〔盗神〕がいることを把握している。

 あちこちで活躍したせいか、明かすまでもなく僕らの情報を持っていたのだ。

 諜報に優れた盗神の存在を知っていながら、すぐに露見することが分かりきっているような行動を選択するとは考えにくい。

 となると、この追跡者の正体はある程度見当がつく。


「ルピィ、()()ってカザード君かな?」

「ふふっ、そうだよ〜。一人で追ってくるなんて面白い子じゃないの」


 やはりそうだったか……。

 カザード君は僕たちだけが研究所に向かうことに不満を露わにしていたのだ。

 王子でありながら単身で追ってくるとは想定外の行動力だ。

 常に帝城から動かない父親と違って、カザード君のフットワークは軽いようだ。


 しかし実は、帝王は好きで引きこもりをやっているわけではないらしい。

 あの悪魔によって、帝城での待機命令を受けているらしいのだ。

 時々あの悪魔は帝城を訪れているようなのだが、その際に入れ違いにならないようにする為とのことだ。


 そしてあの男は、帝城に顔を出す度に意図の読めない命令を出していくらしい。

 戦争開戦や休戦のような対外的な命令もあれば、帝国内の問題――カザの領主による山賊騒ぎの件でも、なぜか悪魔から不干渉の命令が出されたようだ。


 たしかにそれらの命令には一貫性もなければ合理性もない。

 帝国や諸外国に不利益を与えたいにしても、やっていることが中途半端だ。

 その気になれば国を滅ぼせるだけの戦力を保有しておきながら、〔平和を搔き乱すこと〕だけが目的のように思えてしまう。


 ――とにかく、こっそりついてきているカザード君をどうするかだ。

 さすがは闘神持ちと言うべきなのか、アイファなどは言われなければ小さな追跡者の存在に気が付かなかったほどの隠密性だ。

 彼の年齢を鑑みれば驚嘆すべき隠密能力だと言えるだろう。


 ちなみにルピィは、最初からカザード君が追ってきているのを把握していたらしいが、面白そうという理由で放置していたようだ……。

 だがさすがに、このまま研究所に着くまで放置しておくわけにもいかない。

 ルピィは声が掛かるのを待っている様相なので、期待に応えるとしよう。


「ルピィ先生、カザード君を連れてきてもらってもいいですか?」

「しょうがないなぁ~、ほんとアイス君はボクがいないと駄目だねぇ~」


 偉そうなことを言われてしまったが、いつもの事なので気にしない。

 実際のところ、カザード君はわざわざ隠れてついてきているくらいなので、下手に近付くと逃げられてしまう恐れがある。

 ここはルピィに任せるのが最善の手段だろう。


 ――――。


「ええい、離さぬか無礼者! 余を誰だと思っておる!!」


 僕の眼前には両腕をロープで拘束されている少年がいた。

 まだルピィが出動してから五分も経過していない。

 ……しかし、連れてきてほしいとお願いしたのは僕なのだが、この絵面は色々とまずいのではないだろうか?


 なにしろ、ロープで縛られた少年を大勢で囲んでいるわけである。

 身動きの取れない五歳児を取り囲む僕たち。

 うむ、そこはかとなく犯罪の香りがする。

 これではまるで――――児童虐待!


 しかも、カザード君は帝国の王子でもあるのだ。

 こんなところを誰かに目撃されてしまったら一大事だ。

 そう、僕たちが〔王子誘拐グループ〕だと指摘されても反論が難しい……!


 そういえば、僕の悪評の一つに奴隷商人というものがあったような気が……いや、本件とは無関係なので考えないようにしよう。

 とにかく、すぐに拘束を解いてあげなくては。


「おやおや、誰かと思えばカザード君じゃないか。どうしたんだいこんな所で?」


 僕は白々しくトボけながらロープを解いていく。

 僕たちは謎の追跡者を捕らえただけであって、帝国の王子が相手だとは知らなかったのだ……!


 カザード君は「まったく、なんて連中だ」などと文句を言っているが、その声にはいつもの語気がない。

 おそらく、隠れて追跡してきたことに後ろめたさがあるのだろう。


「その様子だとお父さんたちにも内緒でついてきたのかな? 今頃は心配しているだろうから戻った方が良いよ」

「……これは帝国の問題じゃ。他国の人間に丸投げするような真似が許されるはずがなかろう」


 すごいな……この幼さでなんという責任感だろうか。

 しかし、僕たちが帝国側からの同行者を断ったのは悪意からではない。

 むしろ善意から断ったと言っても過言ではない。

 そう、戦闘に巻き込むことを心配したが故に断っているのだ。


 あの悪魔はかなりの難敵だと僕は予想している。

 ……言い方は悪いが、足手まといはいらないという話でもある。

 半端な実力者を連れていって敵の洗脳術に囚われるようなことがあれば、却って僕の手間が増えてしまうことになるのだ。


 闘神持ちのカザード君なら、洗脳術に時間が掛かるので問題は少ないのかも知れないが、帝国の王子を連れていくことには問題が多過ぎるだろう。


「なぁに、案ずるな。余の部屋に手紙を置いてきてある。余の身に何があろうとも貴様らに責任は負わせぬ」


 責任問題について子供に心配されてしまった。

 もし王子が死去するようなことになれば、手紙があろうとも僕らが槍玉に挙げられるのは間違いないのだが……それを言うのは無粋というものだろう。


 そしてカザード君は、思い詰めた顔で言葉を続ける。


「……それに、余は許せぬのだ」


 カザード君が許せないと言っているのは、悪魔の存在なのか、悪魔の存在を容認している帝国のことなのか。

 いずれにせよ、これほど真摯な眼で懇願されてしまっては断るのも難しい。

 僕は人からお願いされてしまうことに弱いのだ。


「うん、じゃあ一緒に行こう。でも、カザード君は無理をしたら駄目だよ?」

「余を誰だと思っておる。これでも槌神と鎖鎌神以外に引けを取ったことはないぞ」


 うむ、戦績が分からないからどう判断して良いのか分からない。

 僕の父さんは子供の頃から普通の神持ちを圧倒出来たらしいので、おそらく闘神のカザード君も普通の神持ちが相手なら問題ないのだろう。

 だが一応、敵地に着く前にカザード君の力量を把握しておくべきかも知れない。


「それじゃあ、お昼ご飯の前に軽く模擬戦でもしようか。大丈夫、ちゃんと手加減するよ!」

「余を馬鹿にするなっ! ……見ておれよアイス=クーデルン、余を侮ったことを骨の髄まで後悔させてくれるわ」


 おっと、プライドを傷付けてしまったらしい。

 槌神のおじさんたちは手加減をするようには見えなかったので、常識人である僕なら大丈夫だと安心させたかっただけなのだが……。


明日も夜に投稿予定。

次回、八九話〔インストラクター〕

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