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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 滅すべき存在

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八六話 直視できない存在

「――ば、ばかばかしい。人を道具扱いするような研究所だと? 父上がそのような研究所の存在を認めるわけがない」


 少しだけじいやさんがクールダウンしたところで、ようやく面会の目的について説明したのだが……半信半疑どころか、僕の言葉は全く信用されていない。


 しかしこれは悪い事ばかりでもない。

 少なくともカザード君は正しい倫理観を持っているようであるし、そのカザード君は父親の人格を信頼しているようなのだ。


 この事実により、帝王と悪魔は協力関係にあるわけではなく、悪魔が帝王のことを直接的ないし間接的に支配している可能性が濃厚になってきたわけだ。

 帝王が息子だけに良い顔を見せている可能性も否定できないが、以前に辺境の領主さんから帝王の話を聞いた時も、その人格については好意的に語っていた。

 王子君と領主さんの見解は一考に値すると言えるだろう。


 だが、実際の帝王が話の分かる好人物だったとしても、カザード君がそんな父親のことを信頼しているとしても――実際に研究所は実在している。


「…………じいやさんは、ご存知のようですね」


 僕の確認の言葉に、カザード君はじいやさんに驚愕の視線を向けた。


 そう――僕の話の途中に、じいやさんの顔色が明らかに変化していた。

 とくに、フェニィの過去について語っている時が顕著だった。


 あまり他人に話したい内容ではないのだが、研究所のことを説明する上ではフェニィの話を避けては通れない。

 信じ難いような……いや、信じたくもないような悲惨な話だ。

 そのせいか、カザード君は意識して信用しないようにしていたようだが、じいやさんの顔には疑念の色は無かった。


「もしかしたら、フェニィのことも知っているのではないですか?」


 排斥の森についての話の最中、じいやさんは真っ青な顔でフェニィを見ていた。


 軍国との境界線上にある排斥の森。

 国防上の問題が関わっている以上、フェニィが排斥の森に配置されていたことを帝国の上層部が知らないはずがない。


 じいやさんの軍籍上の立場は分からないが、王子の付き人をしているくらいなのでフェニィのことを知る機会があったとしてもおかしくはないだろう。

 カザード君は縋るようにじいやさんを見上げているが、じいやさんの口からは否定の言葉は出なかった。


「…………殺戮(さつりく)人形か。当時とは様変わりしておるから分からなんだが、たしかに昔日の面影がある」


 フェニィを直視できないように視線を向けたまま、沈んだ声を漏らした。


 ――殺戮人形。

 かつてのフェニィは軍国で死滅の女王と呼ばれていたが、研究所にいた頃はそう呼ばれていたと言っていた。

 その忌まわしき名称を知っているという事は、じいやさんが大なり小なり研究所に関与していたのは間違いないだろう。


 あっさりとそれを認めてくれたのは、僕の仲間に裁定神持ちがいることを知っているからなのか……いや、この様子からすると〔懺悔〕に近い気がする。


「う、うそだ! じいやは嘘を言っておるのだろう!?」

「儂は研究所の事を知っております。研究所で何が行われていたかは知りませんでしたが……いえ、それは言い訳ですな。儂はこの眼で、虚ろな眼をした少女が森に送られるところを見ておったのですから」


 どうやらフェニィが排斥の森に送られる直前に遭遇していたようだ。

 その頃のフェニィは十代前半。

 そんな少女が明らかに異常な状態で危険な森に送られているのだから、まともな倫理観を持った人間なら疑問に思わないわけがない。

 じいやさんは研究所の異常性を察しつつも見て見ぬフリをしていたのだろう。


 だからこそ、過去の罪悪感からフェニィを真っ直ぐに見ることができないでいるのだ……フェニィは重い空気を気にすることなくドーナツを食べているが。


 過去の恨みに囚われていないのは良いことだ。

 そう、良いことなのだが……この子、ちょっと食べ過ぎではないだろうか?

 友好の印として目一杯買い込んできたのに、もうドーナツが無くなりそうだ。


 ハイペースで食べていたアイファは、油で揚げたドーナツを食べ続けたせいか胃もたれしているようにペースが落ちているのに、フェニィは長距離走を走っているかのように安定したペースで食べ続けている。

 一体彼女はどこを目指しているのだろうか……? 


 ――とにかく、僕はじいやさんを糾弾したいわけではない。

 他の被害者たちはともかくとして、こうしてフェニィは欠片も気にしていない。


 元々、研究所関係者を皆殺しにしようなどと考えていたわけでもないし、そもそもじいやさんは直接の関係者というわけでもない。

 ここで過去の傍観について糾弾したところで意味が無いのだ。

 じいやさんは根っからの悪人でも無さそうなので尚更のことだ。


 僕の目的は、諸悪の根源を消し去ることと、二度とフェニィたちのような悲惨な目に遭う人間が生まれないようにすることだ。

 王族としてカザード君には知っておく義務があると思って、幼い彼にも語って聞かせていたのだが……反応を見る限りでは刺激が強すぎたのかも知れない。


「まぁまぁカザード君、じいやさんを責めても仕方がないよ。多分、止めたくても止められなかった事だろうからね」


 カザード君がじいやさんに詰め寄っていたので(なだ)めておく。

 幼さ故の潔癖さなのか、カザード君は非道な所業を放置していたことに激怒しているのだ。


「じいや……父上も、知っておるのか?」


 一縷(いちる)の望みに賭けるように確認を取るが――当然、じいやさんは首肯する。


 そう、帝王が知らないわけがないのだ。

 それをこの子も理解しているはずだが、父親に関っていてほしくないという願いを込めて聞いたのだろう。

 失望したように項垂れている王子君を見ていると、口を出さずにはいられない。


「桁外れの力を持っている悪魔が相手だからね、君のお父さんにもどうしようも無かったんじゃないかな。――ほら、それよりドーナツ食べるかい?」

「余を子供扱いするでない…………って、食べかけではないか!? 貴様、どこまで余を愚弄するつもりだ!!」


 残りのドーナツが無いので僕の食べているドーナツを譲ってみたが、却って彼を怒らせてしまったようだ……。

 最後の一個を断腸の思いで渡したのだが、善意とは中々伝わらないものである。

 だが結果的には元気になってくれたので良しとしよう……!


明日も夜に投稿予定。

次回、八七話〔叶えられた面会〕

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