八五話 導いてしまう先達者
気軽に少年へ話し掛けただけにも関わらず、付き人のお爺さんの激しい反応。
やはり僕の推測通り、この子は帝国の王子なのだろう。
侵入者がいる場にほぼ単身でやってくるのは危機意識が足りないと言えるが、自身が闘神持ちである上に、この場には帝国でも有数の戦力がいたのだ。
この子が油断してしまうのも無理はないのかも知れない。
その問題の王子君は、帝国が誇る神持ちの現状を見て目を見開いている。
「じ、じいや、それどころではない! 槌神たちが殺されているではないか!?」
「――それは誤解だよ王子君。僕たちは平和的に話し合いに来ただけなんだ。殺すような恐ろしい事をするわけがないよ!」
とんでもない誤解をされていたので王子君たちの話にカットインしてしまう。
レジャーシートで倒れている槌神のおじさんたちは、死んでいるどころか掠り傷すらも治療済みの健康体なのだ。
だが、王子君は的確に僕の弱みを突いてくる。
「これだけ帝城を破壊しておきながら何が話し合いじゃ! 余が子供だからといって馬鹿にしておるのか!!」
むむ…………正論!
たしかにこのエントランスホールは、意図的に破壊活動を行ったとしか思えないほどの惨状となっている。
その全ては意識を失っている戦闘狂たちによるものなのだが、僕たちの存在が彼らをハッスルさせてしまったのは事実なのだ。
この少年、幼いながらも中々の口撃力を持っているな……。
つい『僕が間違ってたよ!』と言い負かされるところだった。
だが、軍国一の交渉人である僕としては遅れを取るわけにはいかない。
これ以上この話題を掘り下げてしまうのは僕に不利だ。
攻撃は最大の防御、ここは攻めの一手を打つしかない。
こちらに都合の悪いことは置いておいて、逆に相手の弱みを突くことで誤魔化してやろうではないか。
「そんなことより王子君。こちらが名乗っているのにそちらは名乗り返さないというのは非常識ではないかな?」
「むっ……そうだな。余は帝国の第一王子、カザード=ジングボルムだ。貴様のことは知っているぞアイス=クーデルン。ミンチ王子、常識のない狂人……数多の話を耳にしたが、どれも事実だったようだな」
存外に王子君――いや、カザード君は素直な子のようだ。
じいやさんが教育不足を恥じるように赤い顔で浅い呼吸を繰り返しているのは気になるが、それよりも僕のデマが帝城にまで広がっていることの方が気掛かりだ。
「カザード君。国を背負って立つべき人間ともあろうものが、根拠のない風聞に躍らされてはいけないよ。大事な事はちゃんと自分の眼で確かめるんだ」
うむ、幼い少年を導くような良いことを言ってしまった。
じいやさんも感動しているのか酸欠状態のような真っ赤な顔になっているが、カザード君の心にもさぞ響いたことだろう。
そのカザード君は、無言で何かを見ている。
はて、少年はその眼に何を映しているのだろう?
視線の先を追ってみた先には――――ホールに飾られていたツボの残骸!
ち、違うぞ、それは僕じゃない!
その粉々に砕け散ったツボは僕の仕業じゃないんだ……!
粉々に砕けたツボが〔ミンチ王子〕の悪名を連想させてしまっているが、犯人はここで寝ているハンマーおじさんなんだ!
無言で精神攻撃を仕掛けてくるとは末恐ろしい子供だ。
大事な事をちゃんと自分の眼で確かめていると言いたいのだろう……。
うむ、分が悪いので次の話題に移るとしよう。
「さて、それはそれとして、僕たちは君のお父さん――帝王に会いにきたんだよ。ちょいと案内してくれるかな?」
「なぜ貴様のような不届き者を父上の元に連れていかねばならぬのじゃ。それに貴様、王子である余に対して気安いぞ。言葉遣いを改めるがよい」
バッサリと断られてしまった。
だが、客観的に考えれば道理が通っている理由とも言えるだろう。
アポなしで突撃面会を果たそうというのだから、カザード君に拒絶されるのも当然なのだ。
しかし――この子が幼いながらも聡明なのは認めるが、まだまだ世間知らずなところはあるようだ。
よしよし、ここは僕が常識を教えてあげようではないか。
「おっとカザード君。生まれた場所が違うというだけで敬意を要求するというのはどうなのかな? ましてや僕は年長者――むしろ君の方が僕に敬語を使うべきではないのかな?」
ここぞとばかりに調子に乗ってしてしまう僕。
たまには年長者風を吹かせたくなってしまうのも仕方がない。
それに僕の言葉に間違いはないのだ。
百歩譲って相手が帝国民ならまだ分からなくもないが、僕は他国の人間だ。
しかも、現状では敵国の人間でもある。
こうなると尚更へりくだった態度を取る必要性はないだろう。
「かぁぁぁっつ! おのれは、おのれはぁぁ……! 儂が黙って聞いておれば図に乗りおってぇぇ……!」
こ、これはいかん……。
じいやさんが見事なまでの大激怒を見せている。
『その怒り、星三つ!』と評価してしまいたくなるほどにカンカンに怒っている!
沸点が低過ぎではないかとも思うが、とりあえず落ち着かせなくてはならない。
興奮のあまり脳卒中でも起こしてしまったら、今回の一件での初の死者が生まれるかも知れないのだ。
「じいやさん落ち着いてください。まずはゆっくりと息を吸って……」
「――かぁぁぁっつ!! 貴様に『じいや』などと呼ばれる筋合いはないわっ!」
「ご、ごめんなさい……」
深呼吸をしてもらおうと思ったのだが、ますます激昂させてしまった。
とてもではないが、じいやさんに名前を教えてもらっていないことを指摘出来るような雰囲気ではない。
しかし、『喝』というのは口癖なのだろうか……?
これは奥さんも大変そうだ……。
さぞ刺激的な日常生活を送っていることだろう。
『今晩の夕食はチキンカツですよ』
『かぁぁぁっつ!』
とか普段から言われているに違いない!
うむ、夕食に怒っているのか喜んでいるのか分からない……!
明日も夜に投稿予定。
次回、八六話〔直視できない存在〕