八三話 誇示すべき武力
僕も周囲の兵士と同じようにレットの勇姿を観戦しなくてはならない。
観戦に専念する為に必要なのは環境作りだ。
心が落ち着く場を確保してから、全身全霊を込めて応援する必要がある。
そう、親友の為にも妥協は許されないのだ……!
そこで僕は、おもむろにバッグからティーセットを取り出そうとするが――
「――ランク。お前はアイス=クーデルンの相手をするがいい」
「はい、師匠!」
勝手に僕もリングに上げられてしまった。
このおじさんは善意で僕に戦闘相手をあてがってくれたようなのだが、誰もがバトル大好き人間でないことを分かってほしいものだ。
しかし戦闘自体は好きではないが……このお弟子さんには個人的に興味がある。
「あの、もしかしてお兄さんは〔鎖鎌神〕の加護をお持ちですか?」
「ああそうだ、アイス=クーデルン。私はランク=ダステイル――鎖鎌神持ちだ」
やっぱり……!
僕の眼で視たところ、ランクさんが武器系の神持ちであることは分かっていた。
しかもランクさんは、使用者をほぼ見かけない武器である鎖鎌を持っていた。
まさかまさかとは思っていたのだが、本当に鎖鎌神持ちだったとは……。
このニッチな武器に〔神付きの加護〕が存在しているとは思いもよらなかった。
鎖鎌好きである僕としては興味を抱かずにはいられない。
「やはりそうでしたか。いやぁ、恥ずかしながら僕にも鎖鎌の心得がありまして。まさか鎖鎌神持ちが存在しているとは知りませんでした」
「そうなのか? それは珍しいな。鎖鎌自体を知らない人間も多いくらいなのに」
僕が鎖鎌愛好家だと判明したおかげなのか、ランクさんの雰囲気が柔らかくなった気がする。
ランクさんは見るからに真面目そうな好青年なので、上手くいけば戦闘を回避出来るかもしれない。
しかし冷静に考えてみれば、〔鎖鎌使い〕の師匠が〔槌使い〕とはどういうわけなのだろう?
槌――ハンマーを馬鹿にするわけではないが、ハンマーは技の技量よりは力が全てという印象なので、多大な技術を要する鎖鎌とは真逆の武器ではないだろうか。
どんな稽古風景が繰り広げられているのか気になるな……。
人知れず想像の翼を広げていた僕だったが、すぐに知りたくもない師弟の明確な共通点を見つけることになった。
「では、始めよう。――背中の剣を抜かなくても良いのか?」
鎖鎌同好の友として仲良くやれそうな気がしていたが、わくわくした顔で分銅を回しているランクさんを見る限り――彼も戦闘狂に間違いない!
しかもこのランクさん、周囲の仲間への配慮というものが全くない。
ここは広いエントランスホールではあるが、ランクさんが鎖を掴んで分銅をぶんぶん振り回し始めたので、兵士たちは巻き込まれては敵わないとばかりに逃げ惑っているのだ。
槌神のおじさんにしてもそうだ。
周囲に気を遣うことなく豪快にハンマーを振るいながらレットに襲いかかっているので、兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ出している。
逆にレットの方が兵士を巻き込まない位置取りを意識しているくらいだ。
――もう兵士にとってはどちらが脅威なのか分からない!
僕が神持ちの唯我独尊を嘆いている最中にも、状況は進行し続けている。
『剣を抜かなくて良いのか?』と聞いてきたはずなのに、僕の返答を待つ間も惜しむように分銅が投げられているのだ。
もちろんサッと躱すが……回避していなければ足が砕かれていたような一撃だ。
しかもそれに加えて分銅の引き戻しも速い。
取り回しが難しい鎖鎌を手足の延長のように扱っている。
この域まで達するには、才能だけでなく相当に修練を積んでいるはずだ。
戦闘狂の師弟コンビなので、狂ったように模擬戦を繰り返していたのだろう。
なにしろ、バトルジャンキーのランクさんは初撃が回避されたにも関わらず、我が意を得たりと言いたげな満足そうな顔をしている。
全力を出せる好敵手が現れたことに高揚しているのは疑う余地もない。
嫌だなぁ……なんて血の気が多いのだろうか。
槌神のおじさんを横目で見れば――大槌の一撃をレットの盾に弾かれたのに、弟子と同じく満足そうな顔をしている。
最大火力らしき一撃をレットに防がれているのに、戦意が衰える素振りもない。
本当に困った人たちだなぁ……。
僕もルピィたちと同じように観戦組に回りたいものである。
人目を気にするという概念がない仲間たちは、ホールの床にレジャーシートを広げてお茶会を始めているのだ。
それ自体は良いのだが、彼女たちが食べている物が問題だ。
あれは間違いなく――帝王へのお土産用に買っておいたドーナツだ!
両手にドーナツを持ってご満悦なアイファを見る限りでは、残さず全て平らげるつもりなのは間違いない。
お土産用に持ってきた物だということを忘れてしまったのだろうか……?
しかもそれを訪問先の玄関で食べているのだから図太いどころの話ではない。
――――。
僕が思考している間にもランクさんの攻撃は続いていた。
頭の上でぐるぐる分銅を回しながら、時々僕に向けて分銅を飛ばしてきている。
これは敵ながら天晴れだ、ほとんど付け入る隙が無い。
物の試しに小石をランクさんに投擲してみると、鎖を掴んで分銅を回したまま――手元の鎌で小石をあっさり弾く。
ランクさんは石を投げられたのに、怒るどころかニッと笑みを浮かべている。
……うむ、恐るべき技量とメンタルである。
帝国戦力としては研究所出身の人間が上位だと思っていたが、ランクさんは明らかに砕神のマジードより手強い。
好きこそ物の上手なれ――と一般に言われているが、戦闘狂の神持ちというのはまったくもって始末に負えない。
しかも石を投げつけられて、ランクさんは今日初めての笑顔を見せているのだ……色んな意味で恐ろしい。
僕が内心で戦々恐々としていると、機嫌の良さそうなランクさんが口を開く。
「武神の息子であり、あの剣神を打倒した男。会ってみたいとは思っていたが……想像以上にやるな」
僕が剣神のネイズさんと闘った事実は帝国でも知られているようだ。
武神の父さんが有名なのは当然として、ネイズさんも過去の戦争で帝国に甚大な被害を与えていたらしいので、帝国から要注意人物扱いを受けていたのだろう。
――だが、ネイズさんの名が出てきた以上、もう遊んでいるわけにはいかない。
僕が苦戦などしていたら、ネイズさんの強さを貶めてしまうことになる。
たしかにランクさんは手強い相手だが、それでもネイズさんほどではない。
鎖鎌を持った相手と相対する場合には、大きく分けて二つの対処法がある。
距離を取ったまま遠距離から仕留めるか、飛んでくる分銅を掻い潜って接近戦に持ち込むかのどちらかだ。
僕の投擲術ではランクさんには通じないようなので、踏み込んで間合いを詰めるのが正攻法となることだろう。
しかし、ランクさんは接近戦での鎌の扱いも優れている。
無手での接近戦となると、勝てることは勝てるが泥臭い勝負になるはずだ。
背中の〔天穿ち〕を抜けば完勝出来る自信はあるが、そのやり方では駄目だ。
天穿ちを使ってしまっては、剣の力で勝ったと誤解される可能性がある。
傲慢な考えではあるのだが、僕はネイズさんの力を誇示したいのだ。
だからここは、天穿ちを抜くことなくスマートな形で勝利を収めたい。
――よし、ここはあの手で行ってみよう。
僕はランクさんを入念に観察しながら機会を待つ。
ランクさんの動作を注視しているうちに、分銅が飛来する軌道が読めるようになってきた――その気になれば懐に飛び込むことも難しくはないだろう。
だが、それは僕の求める勝利の形ではない。
ここは圧勝を目指して〔誘い〕を掛けてみるつもりだ。
自信家の神持ちは、相手の全てを正面から打倒しようとする傾向があるので、見え見えの誘いにも乗ってくれることだろう。
僕が意図的に上半身だけでの回避を続けていると、ようやく待ち望んでいた攻撃が飛んできた。……僕の足元を狙った投擲だ。
あえて上半身だけで回避を続けることで誘った攻撃。
僕はその軌道を狙い澄まして――分銅を踏みつける!
もちろん武器を潰す為の行動ではない。
分銅を押さえると同時に、僕は最後の一手を打っていた。
――この鎖鎌は優れた職人の手による業物であることは間違いない。
しかし、重大な欠陥がある。
外観にも拘っている鎖鎌なのか、鎌の持ち手までもが金属製になっているのだ。
ならば僕の取る手は決まっている――そう、〔雷術〕だ!
「グァァッ!?」
「ニャァッ!?」
しまった……!
勝ち方を意識しすぎて、フードでマカが寝ていたことを忘れていた!
これはいかん、最大出力の雷術がほとんどマカに流れてしまった。
むしろこれでは――マカを狙って攻撃したかのようだ……!
鎖鎌を経由したランクさんでさえ気絶しているのに、雷術の直撃を受けたマカはたまったものではない。
そう、マカが怒って僕の肩に噛みついているのも当然だ……!
「ごめんごめん。ほら、おやつの時間だからマカを起こそうと思ったんだよ」
うっかりマカを忘れていたわけではないとアピールする僕。
〔存在を忘れていた〕と聞かされるよりは、〔おやつタイムだから起こされた〕と聞かされた方が心証に良いだろうというわけである。
僕の言い訳が通じたのか、マカはベシッと僕を蹴飛ばしてルピィたちの方へ駆けていった。……すっかりマカを怒らせてしまったようだ。
マカは現金な子なのでドーナツで機嫌を直してくれることを祈るしかない。
レットたちの決着もそろそろつきそうなので、ドーナツがなくならないうちに僕もお茶会に参加しておくとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八四話〔対となる存在〕