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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
一章 第一部 森の女王
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二話 森の番人

 そして僕は〔排斥の森〕の前へと辿り着いた。

 想定していたより早く到着したので、まだ日は落ちていない。

 だが排斥の森は、鬱蒼と生い茂る木々の影響で日の光が遮られ、薄暗くて視界が悪かった。

 なにより、これまで歩いてきたのは草木の一本も生えていない荒野であったが、ある地点を境にして唐突に巨大な森が出現しているので、まるで別の世界に迷いこんだような印象を受ける。


 予定より早いが、まずは死滅の女王の姿を確認しておこうと思い立ち、森に来る途中で生け捕りにした魔獣を取り出した。

 生け捕りにした魔獣を森に投げ込む事で、女王を安全な形で誘き出すという寸法である。


 このとき注意するのは、魔獣を投げ入れる際に、間違っても女王に〔当ててはならない〕ということだ。

 それが遠距離からの攻撃と見なされたら、容赦無く――女王の〔炎術〕の餌食となるからである。

 女王は、遠距離からの攻撃には〔炎術〕。

 剣や槍などの中距離攻撃に対しては、爪を伸ばして武器にする〔魔爪術〕。

 武器を持たない相手には、女王も素手で相対するという事が分かっている。

 僕は接触の必要がある〔解術〕を扱う関係で武器は持たないので、女王が徒手空拳でいてくれるというのは全くもって好都合な事だ。


 ――そんなことを考えながら、気絶している魔獣を森の中へと投げ入れた。

 落下した衝撃で、その鶏のような魔獣は目を覚ましたが、混乱しているのか辺りを見回しながらその場でじっとしている。

 あとは、女王が本当にやって来るのかどうか、来るとしたらどれぐらいの時間でやってくるのか……と考えを巡らしていると――その時は訪れた。


 注視していたにも関わらず、それは唐突に現れたように見えた。

 髪の色は黒みがかった赤色で、腰まで届く長髪。

 身長は僕よりひと回り以上は大きく、百九十センチくらいだろうか。

 その顔に表情は無く、出来の良い人形のように整っているが、なにより印象的なのが――その身体全体から発している【魔力】だ。

 森で生活しているだけあって風体は綺麗とは言い難いが、そんな些事を問題ともしないような圧倒的な存在感を示している。

 明らかに常人とは――いや、僕の知っている神持ちと比べても桁違いの魔力。 


 正直なところ、僕の魔力量は()()()()()()()()()()()ものなのだが……信じがたい事に、死滅の女王は〔僕と同程度の魔力量〕を保持しているようである。

 しかもその魔力は垂れ流しにされているので、魔力耐性の無い人であれば、近くにいるだけで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる事であろう。


 しかしこれはまずい。

 どう見ても簡単に気絶させられるような相手では無い。

 そもそも解術は、対象との魔力差で難易度が変わるのだ。

 僕と同程度の魔力量となると、どれだけ急いでも数秒はかかることだろう。

 こんなものを相手に数秒間も身体を接触し続けるなんて、即死させられてその生涯を終える未来しか見えない……。


 ――よし。諦めて退こう、と決意して、帰り支度のことを考えていた時――僕は女王の眼を見てしまった。


 その瞳は、目の前にいる僕を見ておらず、ぼんやりと虚空を見つめていた。

 その瞳は、あの時、あの場所で見たものと全く同じものだった。

 母さんの名を呼び、失われていく命を戻そうとするかのように嘆き叫ぶ父さん。

 動かなくなった母さんを見つめながら、その瞳を透明なものへと変貌させていく父さん。

 女王の茫洋とした光のない瞳は、かつて見た瞳と全く同じものだった。


「しょうがない――まったくしょうがない」 


 僕は自分に言い聞かせるように呟いた。

 ……こんな眼を見てしまったら、退くことは出来ない。

 一分一秒とて、こんな眼をした人間が存在し続けるのが……我慢ならないのだ。


 透明な瞳をした女王は、足元にいる魔獣へと無造作に手を伸ばして、ゴキリと、なんの感慨も感じさせずにその首を握り潰した。

 そして何事も無かったかのように、森に戻ろうと僕に背を向けた。


 ――僕が動いたのはその時だ。

 気配を極限まで殺し、刹那の間にその距離を詰める――女王が反撃動作を取る間も与えず、僕は両手足を使って女王の体へと飛びかかった。 

 しがみついているような形なので、不格好ではあるのだが致し方ない――女性に突然抱きつきかかる男の姿は〔変質者〕そのもののような気もしたが、そのような些事は努めて考えないようにする。

 身体の接触面積が多いほど解術の効率は向上するし、貴重な数秒の時間を稼ぐ上でも、女王を拘束しつつ接触面積の大きいこの形はベストなのだ。


 女王の身体にしがみつくと同時に、僕は意識を集中させている。

 解術の感覚は、体の皮膚のような魔力を剥いでから対象に送りこみ、対象の中の澱み――〔洗脳術の核〕となり根付いているものを洗い流すイメージだ。

 それは、配管の詰まりを高い圧力の水で洗い流す事に似ている。 

 高圧の水、この場合は〔魔力量〕が多いほど解術は短時間で済むが、僕と女王の魔力量は同程度なのでどうしても時間がかかってしまう。


 なにより解術を行っている時は、体の皮膚を剥いでその場所に無数の針を刺しているような激痛に襲われる――その激痛の中で、集中を切らす事なく魔力を送り続けなくてはならない。

 何百、何千回と解術を行ってきたが、この苦行に慣れる事は未だに無い。


 ――ぐしゃり。

 どこか遠くで、何かが潰れる音が聞こえた気がした。

 朧気な感覚ではあるが僕の手が折られ、いや、潰された音なのだろう――解術に意識を集中している僕は、他人事のように思った。


 僕は愚かなのだろう。

 出たとこ勝負でこのような愚行に及んでいる自覚はある。

 本来であれば女王の姿を確認した時点で一度撤退し、入念な下準備をしてから挑戦するべきなのだ。

 ここで僕が失敗すれば……僕が死ぬばかりではなく、女王が救われる道も閉ざされてしまう。

 頭では理解していながらも衝動的に行動してしまう僕は、救いがたい愚か者だ。


 ――ぐしゃり ――ぼぎり 

 ――おとがきこえる。いま、ぼくの体はどうなっているのだろう。わからない。たしかなのは、ぜったいにぼくは女王からはなれてはいけないということだ。

 ――――ここではなれたら、女王も、ぼくも、救われない。


 ――急に視界が真っ白になり、何かが僕の中に流れ込んでくる。

 解術で流された澱みだ。魔力と一緒に循環して僕の体へ流れこんでくる。

 これは女王の記憶だ。

 そして、僕が受け止めるべき記憶――

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