八一話 捏造する過去
橋を渡り城門を抜けた僕たちだったが、城壁内は喧騒もなく静かなものだ。
それはきっと……本来騒ぐべき兵士たちが地に倒れ伏しているからだろう。
城門周辺にいた兵士たちは、先行して潜入したルピィが片付けているのだ。
倒れた兵士たちの胸は浅く上下しているので、事前にお願いした通り非殺傷で無力化してくれたようだ。
今回の作戦で気を付けるべき重要なことがある。
それは他でもない、帝国側の損害が少ない状態で帝王との面会を果たすことだ。
そう――帝国兵士の屍を背景に会うわけにはいかないのである。
そんな事をしてしまえば交渉ではなく脅迫になってしまうのだ。
強行突破での面会を目論んでいる時点で既にギリギリなのだが、人的被害さえ出さなければ許されるはずだろう。
そんな事情もあって、手加減を苦手としているフェニィには〔手出し禁止〕を申し伝えてある。
緊急の際は別だが、この面子で追い詰められるような可能性は低いはずだ。
フェニィは不満そうにしているが、今日ばかりは見学要員として大人しくしてもらうしかないのだ。
とりあえず、素晴らしい戦果を挙げたルピィを評価してあげなくてはならない。
「いやぁ、流石はルピィだね! 跳ね橋を落とさせたら右に出る者なし。まさに職人芸――〔跳ね橋職人〕とはルピィのことだよ!」
一周回って〔跳ね橋の施工職人〕のような表現になってしまった。
自分でも疑問を覚えてしまうような褒め文句だったが、褒められ好きなルピィの反応は良好だ。
「ふふん、帝城への侵入なんて散歩に行くようなもんだよ。たとえアイス君が足を引っ張ったとしても、ボクが足に縄を付けて連れてってあげようじゃないの!」
うむ、言いたい事が多過ぎてツッコミが追い付かない。
散歩感覚で犯罪行為を行うのもどうかと思うし……僕が足を引っ張っているとは、ルピィが流した悪評のせいで警戒されたことを言っているのだろう。
まったく……いけしゃあしゃあとよく言えたものだ。
しかも『足に縄を付けて』というのは比喩の一種だろうけど、実際に縄を付けられたことがある僕としては心中穏やかではない。
足どころか、首に縄を付けられて馬車で引っ張られたことだってある……!
僕の人権はどうなっているのかと非難してやりたい気持ちはあるが、ここはぐっと我慢するところだ。
来たるべき復讐の時まで、牙を隠して愛想良く振る舞うのだ。
「るぴぃはすごいなぁー。…………さぁ、それより先を急ごう! どうやら帝国の兵士がお待ちのようだよ」
いけないいけない、積もり積もった恨みのせいで棒読みになってしまった。
……ルピィに容疑者を見る目で見られているではないか。
ちょうど上手い具合に誤魔化せる事柄があったのは幸運であった。
――そう、待ち伏せだ。
帝城の中へと続く、正面玄関の扉。
その大扉の中から大勢の人間の気配がしているのだ。
さすがに城門周辺で大騒ぎになっていたので、城内で気付いていないわけがないと思っていたが、中で迎撃体制を整えて待ち構えているようだ。
しかし、城外には仲間の兵士がいるにも関わらず、誰も仲間を助けにやって来ないのは薄情ではないだろうか……?
彼らにしたところで、侵入者である僕には言われたくないかもしれないが。
――――。
ルピィの追及の視線に背中を押されながら、僕は重い扉を開ける。
開かれた世界では予想に違わず武装集団が出迎えてくれた。
「カッカッカッ、待っていたぞアイス=クーデルン!」
そして早々に歓迎されてしまった。
無法な侵入者である僕たちなわけだが、声を掛けてきた初老のおじさんからは好意的な雰囲気がある。
帝国の軍装に身を包み、身の丈に合わない大槌を背負ったおじさんだ。
武器系の神持ちのようなので――〔槌神持ち〕だと思われる。
広いエントランスホールには、槌神のおじさんだけではなく帝国兵士たちも密集している。
周囲の兵士たちからは敵意や恐怖と言った感情が見受けられるが、不思議にも槌神のおじさんは僕を歓迎してくれているらしい。
想定外ではあるものの、この事実は素直に嬉しい。
思わず――『僕もおじさんに会いたかったです!』と返してしまいそうになったが、さすがに見え透いた嘘を吐くのは気が咎めたので自制しておく。
おじさんとは初対面であり、歓迎されている理由もさっぱり分からないのだ。
本来であれば、周囲の兵士たちのように敵対的な反応の方が自然なのである。
「初めましておじさん。ご存知のようですが僕の名はアイス=クーデルン。ちょっとふらりと近くまで来たので帝王に会いにきました。……ええ、実は帝王とは友人なんですよ!」
帝王がいないのを良いことに適当にデッチあげてしまう僕。
たまたま近くを通りがかったので親しい友人に挨拶に来たという体である。
友人であるはずの帝王の名前を知らないので〔役職〕で呼んでしまっているが、そんな事は大した問題でもない。
これもまた、帝城へ突入した時と同じだ。
堂々と自信を持って接していれば疑われないのだ。
現に、一般の兵士たちからは動揺が広がっている。
『えっ、そうなのか?』『いや聞いたことねぇ』
兵士は小声でやり取りしているが、絶対に違うという確証を持てないでいる。
もちろん、この場に帝王がいたとしても問題はない。
『お久しぶりです帝王さん。あれ、僕のこと覚えてないですか? ほら、あの時の会議で一緒でしたよ。スイカが好物のアイス=クーデルンですよ』
なんてことを言いながら、堂々と立場を曲げずに接してやればいいのだ。
帝王という立場なら会議にも頻繁に出席しているだろうから、『もしかしてあの会議?』と自分の記憶に疑念を持つことは間違いない。
そしてスイカを嫌いな人間はこの世には存在しないので、スイカ好きという特徴は誰にでも当て嵌まってしまうというわけである。
そうなれば――『思い出した、スイカ好きのアイス君だ!』などと記憶の中に僕を創り出してくれることは必定……!
明日も夜に投稿予定。
次回、八二話〔足りていない報連相〕