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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第六部 滅すべき存在
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八十話 白昼の帝城襲撃

 帝都へ到着してから一日が経過していた。

 そう、旅の期限が迫っているにも関わらず、僕たちは焦ることもなく帝都の宿に一泊してしまっている。


 しかも朝からすぐに帝城に向かうわけでもなく、のんびりとオムライス専門店で昼食を取ってから――ようやく帝城の前にやってきたのだ。

 先を急ぎたい気持ちは山々だったが、ここで焦ってはいけないのである。

 仲間たちの精神充足を図ることは何よりも重要な事だ。


 それに優先順位の問題もある。

 僕たちが訪れたオムライス専門店は人気店だ。

 ――そう、訪問が遅いと行列に飲み込まれてしまうのだ。

 いつでも行ける帝城が後回しになるのも必然である……!


「ここが諸悪の根源たる帝王がいる帝城か。ふむ、見るからに邪悪そうな城だな」


 何度たしなめても帝王を悪人だと思い込んでいるアイファ。

 プラシーボ効果により帝城まで邪悪な城だと決めつけているようだ。


 しかもオムライスを食べた後でテンションが上がっているのか、調子に乗って得意の槍をくるくる振り回して帝城前で悪目立ちしている有様だ。

 アイファの槍遣いがますます巧みになっているのは喜ばしいことなのだが、隙あらば技術を誇示しようとしてしまうのは困った悪癖である。


 演舞のような槍回しを終えてシャキーンと槍を構えるアイファ。

 ……そして称賛を期待するような目でチラチラと僕を見ている。

 だが、あえて僕は気が付かないフリだ。


 道行く人を集めて悪目立ちしているようなことを褒めてしまったら、他の仲間たちが真似をして大惨事になる恐れがあるのだ。

 対抗心を燃やしたフェニィが『帝城を燃やしてやる!』なんてことを実行しようものなら、取り返しがつかないことになるのである。


 しかし素知らぬフリをしている僕を尻目に、周囲の人々は盛り上がっている。

 ギャラリーから小さな歓声が上がり〔おひねり〕が飛んでいる始末だ。

 ……仮にも槍神持ちなのに大道芸人のようになっているではないか。


 そんな残念ガールはともかくとして、僕には気になる事があった。


()()()が上がってるね……」


 帝城の周りは広い(ほり)と巨大な(へい)に囲まれており、巨大な城門に辿り着く為には橋を渡る必要がある。

 前回帝都を訪れた時とは違い、今日の帝城は外来客を拒絶するように跳ね橋が上がっているのだ。

 橋が無ければ深い堀を渡ることが出来ないので、僕らは帝城を目前にして立ち尽くしているというわけである。


 僕の困惑の呟きには、ギャラリーの一人が答えを教えてくれた。


「今は帝国にミンチ王子が侵入してるって噂だからね、最近は跳ね橋も上げちゃってるんだよ。早く捕まえてくれないと夜もおちおち眠れないよねぇ」


 ぐぬっ……ルピィが嫌がらせ目的で流布した噂が、実害を持って僕に襲い掛かってきているではないか。

『早く捕まえてくれないと』って、一体僕は何の罪で逮捕されるのだ……!

 僕が下手人を白い眼で見ると、ルピィは悪びれることもなく放言する。


「あらまぁ、アイス君のせいで警戒されちゃってるじゃないの! 仕方ないなぁ……アイス君がどうしてもって言うのなら、ボクが跳ね橋を下ろしてあげてもいいよ?」


 なぁにが『あらまぁ』だ……わざとらしい!

 ことこの期に及べばルピィの狙いは明確だ。

 僕へ責任を負わせつつ、恩着せがましくも僕へ貸しを作る心積もりでいるのだ。


 もしかしたら……最初にミンチ王子などと悪評を広め始めた時点で、ルピィはこの状況を想定していた可能性もある。

 自分で陥れておいて、困った時に手を差し伸べて感謝されようという計略だ。


 うむ、ルピィならやりかねない。

 マッチポンプはルピィの得意技なのだ。

 ……そしてこれは、同時に恐ろしい事でもある。


 忌まわしきミンチ王子計画。

 これを一つの計画だと仮定すれば、数カ月単位の計画ということになる。

 一体どれほどの情熱があればそんな迂遠な策を仕掛けようなどと思うのか。

 しかもその対象が憎い仇敵ならともかく――()()ときたものだ!


 ……これが長期計画の一環ではないことを願うばかりだ。

 面白半分で流布した噂に乗っかっているだけならまだ救いがあるだろう。

 

 ちなみに、城門へ至る手段ということなら僕には空術という術がある。

 だがしかし、その手だけは選ぶわけにはいかない。 

 一般的には〔空術の使い手は民国の空神のみ〕という事で知られているのだ。

 つまり、ここで僕が空を飛んで帝城に侵入しようものなら――ジェイさんに帝城侵入疑惑がかけられかねないのだ……!


 そうなると、ここはルピィの思惑に乗るしかないだろう。


「参ったねこれは、こうなればルピィ先生のお力に(すが)るしかないよ。〔跳ね橋名人〕と呼ばれた力、無力な僕に見せてやってください!」


 本来ならルピィ一人で帝城に侵入させるのは不本意なのだが、跳ね橋を上げるくらいなら構わないだろう。

 悪魔が帝城にいたとしても、入り口である城門付近にいるとは思えないのだ。


「しょうがないなぁ〜、アイス君が撒いた種をボクが刈り取ってあげようじゃないの!」


 ルピィが待ってましたとばかりに〔鉤爪(かぎづめ)付きロープ〕を取り出した。

 この用意周到ぶりといい、全てがルピィの想定通りなのは明らかなのだが、ここでルピィに逆らってはいけない。

 我慢だ……今は雌伏すべき時なのだ。


 なんだなんだ、とアイファが集めてしまった観衆が見守る中、ルピィは鉤爪の付いたロープをくるくる回して――高い城壁の上部に投げつける!

 城壁にガチッと鉤爪が引っ掛かったかと思えば、ルピィは息つく間もなく持っていたロープを近くの柱に結びつけた。

 あまりにも手際が良いのでギャラリーも呆気に取られているほどだ。


 そして――こちら側と対岸の城壁にロープが張られた直後には、早くもルピィはロープの上を走り出している。

 細いロープの上とは思えない速度で駆け上がり、ルピィはあっという間に高い城壁の上に辿り着いてしまった。


 ――白昼堂々の帝城への侵入だ。

 しかし周囲の人々は僕たちを恐れてはいない。

 直前までアイファが大道芸で観客を沸かせていたせいもあってか、ルピィの常人離れした軽業に感嘆の声が上がっているくらいだ。


 そんな群集のざわめきの中、僕にもやるべき事がある。

 この状況下での僕の仕事は決まっている――そう、率先して拍手だ……!


 せっかく〔芸人一座による演目〕が行われているような空気が形成されているのだから、この流れを利用しない手はない。

 犯罪集団と思われるよりは、芸人一座と勘違いされる方が望ましいのだ。


 そして一人が拍手をすればもう止まらない。

 帝城前では拍手と歓声が渦巻く大喝采が起きている。

 やったぞ――今日の興行は大成功だ!


 調子に乗ったルピィも、城壁の上で手を振って群衆の歓声に応えている。

 しかし正直、敵地に入り込んでいるルピィには早く動いてほしいものがある。


 僕がやきもきしているのは他でもない。

 歓声でかき消されているが、城門で大騒ぎになっている気配がしているのだ。

 突然城壁の上に侵入者が現れたわけなので、当然と言えば当然だろう。


 ――――。


 喝采に満足したらしいルピィが、ようやく城壁の内側へと消えていく。

 城壁内へ侵入したルピィに、さすがに観衆の中で「あれ、いいのか?」と不安視するような声も上がっている。

 その質問に答えるならば、『あまりよくありません』となるのだが――そんな事を正直に言えるはずもない!


 固唾を呑んでしばらく待っていると……不意に、跳ね橋がギギギと下りてきた。

 そして跳ね橋が下りた後、閉じられていた城門がゆっくりと開かれていく。

 そこから出てきたのは、もちろん我らがルピィだ。

 首尾よく仕事をやってのけてご機嫌なのだろう、満面の笑みを浮かべている。


 急に城門が開いたことで困惑していた群集だったが、笑顔のルピィを見て人々は安心したような息を漏らした。

 ルピィが堂々と笑顔で登場してくるものだから、不法行為とは無縁な存在に見えてしまうのだろう。


 冷静に考えれば、城門が開かれたのに兵士が一人も出てこないのは不自然だ。

 だがそれでも、人々はこの状況に危機感を覚えていない。


 なにしろ常軌を逸している大胆不敵な犯行だ。

 目の前で犯罪行為が行われているという現実感が無いのか、もしくは一連のパフォーマンスは〔帝城へ許可を取っている〕と思われているのだろう。

 事情を知らない人がそう思っても不思議ではないほどに、厚顔なルピィは平然としているのだ。


 もちろん、僕もこの流れを無駄にはしない。

 ルピィに負けじと爽やかな笑みを浮かべつつ、観衆に手を振りながら――さも当然のような顔をして帝城に入っていく!


 仲間たちも後ろめたさを感じさせることなく堂々と後を付いてくる。

 唯一レットだけが『これでいいのだろうか?』と葛藤している顔をしているが、基本的にレットはいつも悩んでいるような人間なので問題ない。


 果たして観衆たちの中で、僕たちの不法侵入を意識している人間がどれだけいるだろうか?

 この好意的な反応を見る限りでは、ほとんど存在しないはずだ。

 自信を持って堂々と行動している人間が相手では、よほどの確証が無いと追及することは難しいのだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、八一話〔捏造する過去〕

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