七九話 懐かしのハンバーグ
「ぬぬっ……鶏肉を使ったハンバーグとは聞いていたが、豚肉との合い挽き肉か。健康志向の味気無いハンバーグだと思わせておきながら、肉汁もジューシーで非の打ち所が無い。よし、九十八点をやろう!」
すっかり食通気取りのアイファがお約束の高得点を付ける。
そう、僕たちは帝都に着いて早々に――〔ハンバーグ専門店〕を訪れていた。
ここの一番人気は鶏肉と豚肉を使用したハンバーグなのだが、アイファばかりか他の仲間たちも納得の出来であるようだ。
フェニィもアイファの言葉に同意するように軽く頷きつつ、お代わりを頼む為なのか手を上げて店員の注意を引いている。
もちろん、店員が忙しそうなところを強引に呼び止めたりはしていない。
フェニィはお気に入りの飲食店ではとても礼儀正しいのである。
「……お代わりだ」
「はいよ、了解! アイス君のお連れさんはウチの料理を気に入ってくれたようだね」
フェニィの注文を受けたのは店長さんだった。
以前に僕が店を訪れた事を覚えていたようで、気さくに接してくれているのだ。
しかし僕が店長さんに返事を返す前に――突然アイファが割り込んできた。
「貴様がこの店の主か。ここのハンバーグは中々のものだぞ。これからも精進するが良い!」
一体この子はどんな立場からモノを言っているのだろうか……。
ハンバーグが美味しかったので一言気持ちを伝えたかったのだろうが、なぜこんなにも偉そうなのか。
幸い店長さんは心が広いので「ありがとう、精進するよ」などと返しているが、著名な批評家ぶっているアイファには後から注意しておかねばならない。
料理人を称賛するのはとても良いことなのだが、初対面の人間に偉ぶった態度を取るのはいただけない。
アイファは本質的には素直な良い子ではあるものの、その高慢にも見える態度のせいで人格を誤解されてしまいがちなので、仲間として心配でならないのだ。
もっとも、料理が絡むと笑顔で高評価を贈るので悪い印象を与えることは少ないのだが…………大陸でも屈指の激甘批評家であったことは幸いだった。
僕が批評家に掛ける言葉を思索していると――店長さんが世間話を振ってきた。
「そういえばアイス君は軍国出身と言っていたけど、最近軍国のアイス=クーデルンという怪物が帝国を滅ぼす為に潜入しているらしいよ。もうどこかの街の領主がミンチ死体にされたとか……物騒な話だよねぇ」
くぅっ……また僕の噂が悪化している!
カザの街では堂々と名前を名乗っていたので、僕が帝国を訪れていることが噂になっているのは理解出来る。
だがなぜ、帝国を滅ぼす為などと恐ろしいデマが蔓延しているのだ……!
それに僕は、領主どころか人をミンチにした事なんかない!
…………ちなみに店長さんが噂のアイス=クーデルンと僕本人を結び付けていないのは、かつて僕は〔アイス=ガータス〕と偽名を名乗っていたからだろう。
それに加えて店長さんは僕と顔見知りなので、残虐非道な偽アイスのイメージと目の前の僕とが同一人物だと思っていないのだ。
ありのままの僕の人格を肯定してくれているようで嬉しくはあるが、ここは悪い噂を払拭しておかねばなるまい。
「店長さん、それは根も葉もない流言ですよ。なにしろアイス=クーデルンとは、他ならぬこの僕のことですから!」
「ハハハ、それは大変だ。それでは私もミンチにされてしまうじゃないか。ミンチにするのは私の仕事の方なのにね」
なんてことだ、全く信じてもらえていないぞ……。
しかもハンバーグ店の店長としてかなり危ういジョークではないか……!
うぅむ……全く信じてもらえないのは僕の人柄が信頼されているからなのか、僕が冗談ばかり言っている人間だと思われているからなのか判断に迷うところだ。
「そうだよ、嘘吐いちゃダメじゃないのアイス君。アイス=クーデルンと言えば、眼が合った人間を片っ端からミンチにする危険人物なんだよ? 勝手に名前なんか騙ったらミンチにされちゃうよ!」
ルピィの発言を聞いて、僕は全てを悟ってしまった。
僕の悪評を流布しているのは――もう間違いなくルピィだ!
普段であれば嬉々として僕を〔ミンチ王子〕に仕立てあげるくせに、僕の人柄を知悉している店長さんが相手となるとこの有様だ。
店長さんに『この子がミンチ王子なんだよ』と伝えようものなら、巷の噂の方がデマだと判断してくれるはずので、ルピィはそれを逆手に取ったわけだ。
ここぞとばかりに架空の偽アイス像を確立させることにより、今の僕とは無関係な人間とするつもりなのだ。
この処置により店長さんの中では〔アイス=クーデルンはミンチ王子〕という誤った情報が訂正されないまま残ってしまうのである。
九割ぐらいはルピィの仕業だと疑ってはいたが、よりにもよって僕の目の前で犯行に及ぶとは許しがたい暴挙だ。……これは是が非でも復讐をせねばならない。
目には目を葉には葉を。
アイス=クーデルンの近くにいるルピィは――〔男〕だと噂を流してやる!
しかし、もしも僕が噂の発信源だと特定されてしまったら、考えるだけで恐ろしい目に遭わされてしまうのは必至だ。
慎重に慎重を期して、情報源が僕だと露見しないように立ち回る必要がある。
変装して流言を広めていくのはどうだろうか……?
いや、それでは現場を押さえられたら言い逃れができない。
証拠を残さないように、間接的に関与する形が望ましいだろう。
たとえば服を買いに行った時に――『おじさん、これと同じシャツを三枚お願いします。……ええ、仲間とお揃いで着たいんですよ!』などと男物のシャツを三枚購入して、さりげなく店内のレットとルピィに視線を送るようなやり方が良い。
僕は一言もルピィが男だと言及していないにも関わらず、服屋のおじさんに『あの人は男なんだ』と自然に勘違いさせるわけである。
うむ、これは悪くないぞ。
僕がノーリスクというのが特に良い。
よしよし、似たような手法でどんどん〔ルピィ=男〕説を広めていこう。
最終的に本人の耳に入った暁には『勘違いされないように女らしくしなくっちゃ。アイス君を理不尽にイジメるのも止めよう!』と、なってくれるはずだ……!
――――。
そして店長さんは、僕の本人宣言を真に受けることなく厨房に戻ってしまった。
本人であることの証明とは、なんと難しいものなのか……。
ルピィがひと仕事やり終えた顔で満足そうにしているのが腹立たしい……!
そんな悪辣なルピィは、少しだけ雰囲気を切り替えて僕に真面目な提案をする。
「ところでアイス君。やっぱりボク一人で帝城に潜入してあげようか? ことを荒立てたくないんでしょ?」
「――それは駄目だよ」
僕は考えるまでもなくルピィの提案を一蹴した。
たしかに穏便に帝王と接触することだけを考えれば、ルピィに直接手紙でも運んでもらった方が良いのだろう。
だがそれは、あまりにもリスクが高い。
ルピィならば、帝城であろうとも首尾よく潜入を成功させる可能性はある。
しかし、帝王の意向かはともかく帝王と悪魔が繋がっているのは間違いない。
そう――潜入先である帝城に、あの悪魔がいる可能性が否定できないのだ。
並大抵の相手に遅れを取るようなルピィではないが、あの悪魔の力は未知数だ。
もしもルピィの身に何かあったらと思うと…………想像するだけで僕の心は潰れそうになる。
それに、わざわざ危ない橋を渡る必要など無い。
他に最も安全な正攻法があるのだ。
「僕たちには心疚しいことなんか何も無いんだから、全員で堂々と訪問しようよ!」
僕らは話し合いに行くだけだ。
後ろ暗いことなど何も無い。
こそこそ侵入するまでもなく、正門から堂々と訪ねていけばいいのだ。
もちろん、僕たちはアポイントもない不審者だという自覚はある。
そうなると当然、職務を果たすべく門番は僕らを止めようとしてくるはずだ。
そこはもう仕方がない――強引に押し通ってしまうしかない!
純然たる事実として、物理的に僕らを止められる存在などいないのだ。
乱暴狼藉な振る舞いは避けたかったが、他に手段が無ければ贅沢は言えない。
これは表面的には危険な行動のようにも思えるが、実際は最も安全な手段だ。
下手に戦力を分散するよりは、仲間同士で固まって行動した方が安全なのだ。
僕の出した結論に、仲間たちも一様に満足そうにしている。
ルピィなどは笑みを浮かべて僕の頭を撫でているくらいだ。
……僕がルピィの身を案じていたことを見透かしているのだろう。
好戦的な仲間たちは揃って強行突破に賛同してくれているが、予想通りレットだけが悩ましげな表情だ。
しかしレットの懸念は当然の事だろう。
むしろ僕は、一人でも理性的な仲間がいたことに安堵しているくらいだ。
そしてまた同時に、レットが強く反対していない理由も分かっている。
もう賛成多数で決定してしまった以上――自分も参加して仲間に目を光らせておいた方が建設的だからだ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、八十話〔白昼の帝城襲撃〕